漆黒の髪の賢者は静かに我が子を見つめる。
「・・・神に愛された、奇跡の娘か。」
産着に包まれた幼子は、本来なら生まれてくるはずではなかった、死んでしまった器だ。それに命を与えたのは全知の神。しかし神は無意味なことをしない。この世界に特別な力を持った子供を産み落としたのもまた役目を担わせるがためだ。
それは彼が智慧の一部を与えられたのと、同じ。
どれだけこの小さな赤子が重たい運命を背負うことになるのか、賢者は自分も重たい運命を背負ったが故に知っていた。
いつかこの赤子は命を得たことを後悔するほど運命を恨む日が来るかもしれない。
「それでも、」
賢者は顔を上げ、愛しい女を見つめる。寝台の上で身を起こした魔導士の女は白銀の髪を揺らして、賢者の腕の中にいる赤子をのぞき込んだ。
「見て、白銀の髪が私と一緒。」
「・・・」
「翡翠の瞳は貴方と一緒。」
嬉しそうな弾んだ声で言って、彼女は微笑む。
「この子はどんな形であれ、私たちの血を繋ぐ子供よ。未来よ。」
その言葉に、賢者は改めて赤子を見た。
ふわふわとした髪は確かに彼女と同じ色をすべてなくしながらも輝く銀色で、ぱっちりとこちらを見上げている瞳は、まさに鮮やかな翡翠だ。それは自分とよく似ている。
絶望にも似た心を、温もりが満たしていく。
「どんな特別な子供でも、構わないわ。」
賢者から、彼女は幼子と抱き取る。すると幼子は母を望むように、その小さな手をいっぱい彼女に伸ばした。
「だって私と貴方の子供だもの。」
彼女は小さな額にそっと祝福を与えるように口づける。
そう、この赤子は生まれながらにたくさんの祝福を与えられて生まれてきた、世界で一番尊い、特別な子供。けれどそんなことよりも、間違いなく自分たちの血を継いだ、愛し子であることに間違いはない。
「あぁ、そうだな。」
賢者は頷いて、小さな赤子の頬を撫でた。
乳白色の肌は赤子と言うには随分と白かったが健康的な子供はくすぐったかったのか、少しむっとした顔をしてきゅっと賢者の指を握る。その小さな温もりと、自分と同じ翡翠の瞳に見せられて、賢者は動きを止めた。
何も疑っていない、何の穢れも知らない、世界で一番美しい翡翠の瞳が、丸く賢者を写す。
「俺は、」
きっとおまえに会うためにここまで来たんだ、と彼は何の疑いもなくそう思った。
辛い日々も、運命の重みに巻けそうだった日もあった。けれどきっと、自分はこうして愛しい人との間に未来を残し、この幼い命と会うために、ここまで来たのだ。
「、おまえは神に愛された智慧の娘だ。」
賢者は幼子の温もりを感じながら目を細める。
「そして俺の娘だ。」
特別な力を与えられた子供だったとしても、神の娘だったとしてもそんなことは関係ない。何があってもこの赤子は自分の娘だ。自分の人生で得た、最良の存在だ。その事実は変わりない。
にっこりと彼女が笑うのを感じながら、賢者は幼い赤子の額に口づけた。自分たちが、心からこの赤子を望んで作ったという、何よりの証拠に。
智慧の娘