ジュダルは自分の隣に眠っている少女をぼんやりと眺める。

 色素の薄い銀色の柔らかそうだがまっすぐの長い髪に白い肌。なめらかな淡く色づいた頬、同じように長い銀色の睫。未発達の細い体は華奢で、それが毛布の上からでもわかる。ジュダルはそっと手を伸ばして彼女の銀色の髪をかき上げた。

 毛布から除いている細い首筋や胸元には唇で嬲られた赤い痕が見える。

 ふわふわと金色のルフがを包み込むようにして飛んでいる。彼女に吸い込まれたり、離れたりと忙しいそれの一部は、規則的に羽を閉じたり広げたりしている。おそらく彼女本来のルフの流れなのだろう。

 しばらくその容姿を心穏やかに眺めていたジュダルだが、だんだん反応がないことに苛々してきて彼は身を起こした。相変わらず彼女は穏やかに寝息を立てている。





「ほらほら、起きろよ、、」




 ジュダルは無理矢理彼女の長い銀髪を引っ張り、眠っていた彼女を引きずり起こす。





「い、痛っ、」

「おまえとろいんだよ。ばぁか、」





 が何とか体を起こせば、ジュダルは彼女の腕を引っ張り、乱暴にをベッドから下ろし、無理矢理手荒く椅子に座らせた。昨晩行為が終わると気絶するように眠りについたため、は服を着ていない。ジュダルが着せるわけもないので一糸まとわぬ姿の彼女はきょろきょろと辺りを見回して服を探した。





「ふく、服!」

「あー、うるさい。黙れよ。おーい、誰かいんだろ!」






 ジュダルは部屋のドアを開けて女官を呼ぶ。当然すぐに女官が飛んできて、頭を下げてからの着替えに取りかかった。

 足が悪く立ち上がることの出来ないに女官は何も言わなかったが、哀れみとも軽蔑ともつかない表情をしていた。着せられるのはギリシャ人が着るような、白くて柔らかな生地のシフォンのドレスだ。翡翠のような帯でとめるだけのそれは、すぐに着せられる。その上に柔らかな民族文様の描かれた青色のストールを羽織り、耳には滴型で、房飾りのついた金色の耳飾りをつける。

 女官は服を着せるといたたまれないのかすぐに退出した。





「・・・身体が痛い。」

「ふぅん、不満なわけだ、」





 ジュダルは後ろからの肩に手を伸ばし、後ろから彼女の首に顔を寄せる。は僅かに眉を寄せたが、首を振った。





「・・・そういうわけでは、ないかな。」

「そりゃそうだよな。」





 ジュダルはを笑いながら、目を細める。抵抗するすべを持っていないわけでもないのに、抵抗しようとはしない。実に馬鹿な少女だ。は。内心でジュダルはほくそ笑む。

 は宮廷の芸妓で、現在は完全にジュダルの玩具だった。

 ヴァイス王国の寒村から売られて来たは、竪琴の名手で、その腕を買われて遊郭から幼くして宮廷に置かれる妓女になった。舞手にあわせて竪琴を奏でるだけの身であったが、その容姿の美しさと幼さ故に大貴族や皇族に買われるのではないかとすぐに噂になった。

 とはいえ、多くの人間の予想に反して、を買ったのは、ジュダルだった。

 確かに彼女を面白いと思ったが、彼女を一目見た時、彼女が特別であることが、ジュダルにはすぐにわかった。マギではないものにはまったくわからないだろうが、彼女は驚くほど大量のルフに囲まれ、また同時に金属器を二つ保持していた。





「つっまんねぇなぁ。」






 ジュダルは彼女の前へと回り込み、薄い布地に包まれた太ももの内側をそっと撫でる。僅かには嫌がるようにジュダルの手を押さえた。

 誰も気づかなかったことだろう。彼女の太ももの内側には金属器―銀で縁取った翡翠とその周りに文様のような銀片が埋め込まれている。彼女はどういった経緯なのか、どうやってその不自由な足で迷宮を超えたのかはわからないが、少なくとも間違いなく迷宮攻略者として金属器を持っていた。

 だと言うのに、彼女は宮廷に芸妓として売られており、金属器の使い方も知らず、また今もジュダルに対して多少抵抗することはあるが、基本的に従順で、その力を持って逃げようとすることはない。まぁもちろん逃がす気などさらさらないのだが。

 金属器を持っているだけでもの価値は高いが、彼女はルフをとらえる目を持ち、魔導士としての資質も持ち合わせていた。また周囲のルフを僅かながら吸収して使用することもあった。マギでもない癖に周囲にルフを従え、魔導士なのに金属器を使う。マギとも違う、そして魔導士とも、人間とも違う。

 マギのジュダルにすら、金属器のジンは何の反応も示さない。

 何故だかはわからないが、どちらにしても今のはただのジュダルの玩具であり、性欲処理の道具だ。それ以上でも以下でもなかった。





「おい、・・・」





 ジュダルが口を開こうとした途端、がんっと鈍い音がした。

 の方に目を向けると、彼女は頭を押さえている。どうやら寝ぼけ眼にうっつらうっつら船をこいでいたら、その勢いのまま横にあった柱に頭をぶつけたらしい。




「あははは、ばっかじゃねぇの?!何やってんだよおまえ!それでなくとも少ねぇ脳みそが死滅すんぞ!」






 ジュダルは痛そうにうずくまっているを豪快に笑い飛ばした。

 どうやら昨日に無理をさせすぎたらしい。もうすでに10時を過ぎているのでそれほど早い起床ではないが、昨日は彼女を抱いていたため、彼女が眠りについたのは朝方だった。

 もちろん、それだけではない。

 もう一緒に暮らし初めて1週間だが、基本的に彼女は驚くほどにとろい。足が悪いためもちろん早く動くことは出来ないが、それ以上に鈍くさくて、驚くほどにとろいのだ。方向感覚も最悪で、絨毯に乗せて放っておいたらいつの間にか部屋から消えて戻れなくなっていた。

 本人は部屋に戻ろうと努力はしたらしい。迷子になって武官に保護されていた。

 容姿がそこそこ美しく、とろくさくて鈍くさいので見ていても飽きることがないし、竪琴もうまく、魔力もあるので才能としても面白い。正直ジュダルとしては良い退屈しのぎの相手だった。

 ささやかないじめも退屈しのぎの一つだ。





「・・・ひどいよ。」

「なんか言ったか?」

「・・・ないかな。」






 はジュダルに買われたという自分の立場を理解しているのか、もしくはのんびりしすぎていていまいち自分の立場がわからなすぎて抵抗できないのか、ジュダルに基本的に目立って逆らっては来ない。

 ジュダルのお手つきで、寵姫状態のだが、別に鎖をつけられているわけでもない。煌帝国での身分は一応その特殊な潜在能力とジュダルの玩具だという性質から、神官つきの巫女ということになっている。とはいえ本人がそれをどこまで理解しているのかも謎だ。




「さて、行くか、」





 ジュダルは適当に彼女を絨毯の上に放り投げ、ジュダルの方はそれに乗ることなく歩き出す。




「どこに、いくの?ご飯?」




 は不思議そうに軽く首を傾げて、絨毯の上からジュダルを見下ろして尋ねた。

 彼女は細い見かけによらず酷く食いしん坊で、本当にぱくぱく食べる。起きたばかりでお腹がすいているのだろう。ジュダルは少し考えて、しかし別段行くところもなかったので、「適当、」と至極適当な答えを返した。





「あぁ、おまえ落ちんなよ。自分で上れねぇんだから。」

「大丈夫だよ。」

「はぁ?おまえこの間落ちたくせによく言うぜ。俺が拾わなきゃ死んでたってのに。」





 先日暇だったジュダルとは煌帝国を空中散歩していた。空飛ぶ絨毯の上からであれば何ら問題も危険もないはずだったのだが、は城下町に興味があったのかのぞき込みすぎて、絨毯から落ちたのだ。

 彼女は金属器を他人の治癒に使うことはできるが、全身魔装は全く出来ない。二つもっているうちの片方の金属器はまったく反応すらもしない。魔法の方は練習をろくすっぽしていない彼女は浮遊魔法が使えないため、危うくそのまま墜落死するところだった。

 は金属器使いとしても、魔導士としても不完全だ。





「大丈夫って限りは、1週間もたったんだしおまえ結局浮遊魔法は出来るようになったんだろうな」







 彼女の秘密は間違いなく彼女の中にある。そのためには彼女が自分を知る必要がある。ジュダルはマギと似たような力を持っている彼女に銀に翡翠の宝石をあしらった杖を与え、魔法の使い方を教えた。彼女は少なくとも魔導士としては優れた戦士となることが出来るだろう。

 と、魔力の量を見て思ったのだが、彼女はいまいち才能がないらしい。




「えっと、んっと、10センチ。」

「なにが?」

「浮く高さ。・・・いや、5センチくらいかな。」

「はぁ?」





 ジュダルは意味がわからず、彼女の方を振り返る。翡翠色の瞳は目尻が下がっていて、申し訳なさそうだ。

 ジュダルはしょっちゅう外に出かけるが、彼女はジュダルの許可をもらえなければ基本的に外に出ることが出来ない。ジュダルは彼女を一人で外に出していないから、彼女は一日中部屋で暇をしていたはずだ。本のほとんどないジュダルの部屋で、彼女は魔法の練習くらいだったと思うのだが。





「才能ねぇなぁ。おまえ。幻滅すんぜ。」 





 ジュダルは腰に手を当ててひらひらと手を振る。





「ごめんなさい。がんばるよ。」

「良いけどよー」






 棒読みで言うが、どちらにしてもジュダル自身にそれほど期待していなかった。元々ただの退屈しのぎで買い取ったわけだし、能力的な部分を彼女に求めているわけでもない。

 退屈しのぎになってくれるなら、それで良いと思いながら、ジュダルはの三つ編みを思いっきり引っ張った。
退屈しのぎのいじめられっ子