「本当におまえ才能ねぇなぁ。」





 ジュダルは脱力して肺から空気をはき出し、くるりと自分の魔法の杖を回す。

 迷宮攻略者として保持する金属器が体に埋まっているはずなのに、彼女はろくすっぽ自発的には何も出来ない。金属器を通して僅かに他人を治癒したり、他人の魔力を回復させたりすることが出来るが、意識的にやっているのではないし、歌っているついでに治る程度の物で、また、自分の傷を治すことは出来ない。安定性は皆無だった。

 当然全身魔装など夢のまた夢だ。

 魔法の方もさっぱり才能がないらしく、浮遊魔法すら未だに使うことが出来ない。周囲から僅かながら魔力を調達できたとしても、そこに命令を組み込むことが出来なければ魔法を使うことが出来ないため、無用の長物、まさに致命的だった。






「おまえどこでそれ手に入れてきたんだよ。それ。」






 彼女の金属器は太ももの裏側、体に直接埋め込まれている。特翡翠を取り囲むに白銀の破片のような金属器には何らかの魔法がかけられているのか、ジュダルにもわからない複雑な命令式の魔法がかけられていると同時に、にもジュダルの魔力にも何ら反応しない。

 は魔導士としてルフが見えるのに、本来なら魔導士と相性が悪いはずの金属器を保持している。

 よほど足を開かない限りばれない場所であるため、魔力の流れがわからない限り、普通の人間が見つけることはない。は誰にでもこういった物が埋め込まれているのだと思っていたらしいが、そんなことはない。

 二つの金属片には間違いなくジンによる王の証が刻まれているが、彼女は足も悪くどう考えても迷宮攻略が出来る人間ではない。ジュダルはそのことが常々不思議だった。





「・・・んーなんでなんだろう。わたしが気づいた時にはあったんだよ、」







 はのんびりとした口調で困ったように話して、翡翠色の瞳を曇らせる。

 ジュダルが本人に聞いたところによると芸妓として宮廷に入る前は、遊郭におり、その前はヴァイス王国の国境付近の村で暮らしていたらしい。煌帝国の北方に国境を接する国で、確かにの白銀の髪や翡翠の瞳は北方系だと言われれば納得できる。

 だが、はその程度しか覚えておらず、しかも興味もなさそうだった。






「ま、どうでもいいや。別に期待してねぇし。」








 確かに面白い力を持っていると思って買い取ったのは事実だが、元々芸妓だ。綺麗な声で歌い、竪琴が弾けること以外に、ジュダル自体もあまり期待していない。能力は副次的なものだ。





「ジュダル、一つ聞いても良い?」




 がふと顔を上げて、その翡翠の瞳でジュダルを見上げる。珍しいからの質問にジュダルは、軽く目を細める。





「なんだよ。」

「マギってなに?」





 無邪気すぎる質問だった。翡翠の瞳には全く嘘はなく、同時に彼女が今まで魔導士やマギに関することに全く関わってこなかったことを示している。





「創世の魔法使いとか言われてる、王の選定者だ。」

「おう?王さまって、こと?それをマギが、選ぶの?」

「そ、俺が、な。」






 ジュダルは自分を親指で示し、笑う。







「じゃあ、ジュダルは王様よりも偉いのかな。」







 はよくわからない解釈をした。多分よくわかっていないのだろう。あまりにあっさりした反応にジュダルの方が萎える。

 彼女は魔法のことにも自分の金属器のことにすらも興味はないが、“マギ”と言う存在に興味があるようだった。そのためかジュダルのことやマギに対することはよく尋ねる。ただどの程度すごいのかはよくわからないようだった。

 ついでに話も多分よく理解していないし、覚えていないので何度も聞く。





「なんでおまえ、マギに興味あんの?」





 ふと根本的に気がついた。

 文字は読めるが彼女は基本的にもの知らずで、しかも芸妓にされる人間がいるような貧しい村で育っているはずだ。魔導士など身近にいなかっただろうし、普通ならばマギという存在のこと自体知っている人間はいなかったのかもしれない。なのに、はそこに興味を持って何かと頻繁に聞いてくるのだ。

 は何度か翡翠の瞳を瞬いて、軽く小首を傾げた。





「お父さんとお母さんが言っていたから。」

「おまえ親いんだっけ?」







 遊郭の芸妓として売られているくらいだ。とっくに死んでいるか、片親がいないとかの訳ありかと思っていた。








「えっと、いたけど、違ったかも。」

「あぁ?わけわかんねぇ。でも商人に売るくらいだ、さぞかしろくでもねえ親だったんだろうな。」






 ジュダルはを嘲る。

 娘を芸妓として売るなど、どれほど困っていたとしても考えられない話だ。芸妓は奴隷ほど酷くないが、体を売るという意味では末路などしれている。は芸妓で体まで要求されなかったようだが、それでもましてや娘に文字を教えるような教養のある人間だ。芸妓がどういう存在なのかわかっていただろう。

 それでも娘を売るような親など、ろくでなしに決まっている。

 ジュダルはの美しい翡翠の瞳がどんな色をしているのか、のぞき込むように体をかがめる。少し考え込むように目を伏せていたは顔を上げた。





「でも、きっと理由があったんだよ。」






 その翡翠の瞳には憎しみの色も、何の負の感情もない。






「はぁ?おまえを捨てて、金に換えた親だぜ?あれ?親じゃないんだっけ?」

「うん。でも、わたしのお父さんとお母さんは優しくて強い人だったから。」





 無邪気には笑って見せる。その瞳は全くといって良いほど自分の親を疑っていなかった。







「馬鹿じゃねぇの。おまえ、捨てられたんだぜ。」

「理由があったんだよ。きっと。それに、売られたけど、なんかお金になりそうなもの、もらっちゃったし。」






 はごそごそと首飾りをポケットから出す。ジュダルはそれをばっと奪いとった。

 一見すると手のひらよりも二回りほど小さい大きさで、立方体がついており、その端にわっかがつけられ、チェーンも通されている。立方体にはいくつもの継ぎ目があり、ジュダルが触れると一部がくるりと回った。だがふたがあるわけではなく、開く様子もない。

 振ってみたが音はならなかった。だが少なくともジュダルが見るに、これは本物の金のように鈍く光っていた。裏を確認すれば、中央に月の紋章が描かれている。

 重さもそこそこ重く、本物の金であればかなりの値段がつくはずだ。





「か、かえして!」



 珍しくがジュダルに手を伸ばす。だがジュダルが立ち上がれば足の悪いはちっとも届かない高さになる。





「うるせぇ」





 ジュダルはこちらの服を引っ張ってくるを軽く押して、改めてその首飾りを見る。

 良いものは見慣れてきたつもりだが、それでもこの首飾りが何を意味するのか、はっきりとはわからなかった。裏には紋章とおぼしき何かが刻み込まれている。銀色の月とそれを囲む木々の紋章はジュダルにも見覚えのないものだった。






「いたたた、」







 はジュダルが押した拍子にカウチの端で頭を打ったのか、自分の頭を大切にそうに撫でている。どのみちそれほど入った頭でもないだろうに。





「おまえさぁ、どこの誰なわけ?」






 ジュダルはを見下ろす。






「え?」

「おまえマギみたいに魔力を周りから集めるくせに、マギじゃない。ルフが見えてんのに、魔法もろくすっぽ使えない。魔導士なのに、二つの迷宮攻略者で、金属器使いだ。でも全身魔装備は出来ない。おまえって、」





 はおかしいのだ。彼女はマギのように魔力を周りから集めている。なのにマギではなさそうだ。莫大な魔力とルフが見える目を持っているため、魔導士として才能があるはずなのに、魔法はろくすっぽ使えない。

 本来ならば魔導士と相性の悪いはずの金属器を二つも保持しているのに迷宮を超えた記憶はなく、足も悪い。ついでに全身魔装は出来ない。

 ジュダルが言うと、は翡翠の瞳をきょとんとさせて首を傾げる。





「えっと、だんじょ?って、なんだったかな?」

「・・・あぁ?」

「金属、き、使いって、何だったっけ?あの、教えてもらったかもだけど、忘れちゃったかな。」







 はかりかりと頭をかいて言いにくそうに口にしてから、へらっとごまかすように笑って見せる。ジュダルは表情をなくしてを見た。

 彼女はごまかしようのないくらい馬鹿だ。方向感覚がきわめて悪く、魔法のセンスもなく、記憶力も最高に悪い。何度ジュダルが教えても全く何もかも覚えていないのだ。興味のないことは基本的にまったく聞いておらず、右から左に流すことが得意だ。





「あぁ、もー良いわ。おまえに聞いた俺が馬鹿だった。」





 一体彼女が魔導士や迷宮攻略者、金属器と言った用語を覚えてそれを理解できるようになるまでどれほどの時間がかかるかもわからない。というのに、彼女が自分でもよくわかっていない彼女の正体を聞いても仕方がないのだ。

 ジュダルからしてみれば、その答えを探すことも良い退屈しのぎだ。彼女に聞くのにうんざりして、そういうことにした。





「ごめんなさい、言われたお勉強はしてるんだけど、なんかよくわからなくて・・・」





 ごそごそとは紙切れを取り出す。それはジュダルの部屋にメモ用に置いてあった巻物で、そこには大きな文字が書かれていた。だがその意味が全くといって良いほどわからない。






「きんぞうき、って、なんだよ。」

「あれ?違う?」

「おまえ耳悪いんじゃねぇの?!全然違うこと書いてあんじゃねぇか!」






 ジュダルが見る限り、彼女はジュダルが言った言葉をメモしていたのだろうが、そのメモの文字自体が間違っている。彼女が聞き間違っていたのだろう。






「あー、おまえと真面目な話しすんのほんと疲れる。」 






 ジュダルは怒る気も失せて、自分の肩を叩く。は目尻を下げてしょんぼりしていた。

 貧しい村で育ったという割に字は書けるし、いくつかの楽器を奏でる事も出来る。特に琴はどう考えても幼い頃から習ってきていたはずだ。育ちが悪くない程度の教育は持っている。

 この馬鹿がどこで何をしていたのか、ジュダルには興味があった。
退屈しのぎのいじめられっ子