「本当に、ジュダルちゃんも最低よね。こんな可愛い子囲って。」





 目の前の赤色の髪を金の簪で束ねた少女が、が話す暇もないほどに怒濤のごとく話してくる。

 ジュダルの部屋付きの女官たちはを連れ出そうとする彼女を慌てて止めていたが、彼女はあっさりと部下に命じて足の悪いを抱えさせ、宮廷の庭へと連れ出したのだ。そこにはお茶が用意されており、は彼女の話を聞きながらお茶とお菓子を堪能することになった。

 年の頃は12,3歳。その質の良い服のしつらえから見ても、彼女は宮廷でもかなり高位の女性なのだろうが、よくにはわからない。

 本来なら巫女という役職がある限り仕事がありそうなものなのだが、がここに来てからもまだ二週間もたっておらず、皇族に目通りをする機会も当然無く、ジュダルの部屋にいるだけだった。結局で言うとジュダルのわがままで連れてこられ、誰もがの立場に困り、巫女にしてみたと言ったところだろう。

 神官に寵姫というのはあまりに外聞が悪すぎる。とはいえ、表向きだけ取り繕ったところで女官たちはそう思っているだろうが。





「ま、ましてや、そ、その、女の子と一緒の部屋なんて、ねぇ、」






 彼女は顔を真っ赤にして口元を隠して言う。

 のことを彼女はそれなりに知っているらしい。はジュダルの玩具であり、夜伽もする。基本的にジュダルは女官たちの目をそれほど気にしないので、行為の後始末などをあっさりと命じる。それには足が悪いので一人では風呂一つ入りに行けないのだ。

 この宮廷には女官がたくさんいるようだから、そういったところから聞いたのかもしれない。

 ジュダルは気まぐれで有名らしく、じきに見捨てられるなどと面と向かっていってくる女官もいたが、そんなこと見捨てられてから考えるのでにとってはどうでも良かった。

 とはいえ、実際にうぶな紅玉が知っているのはせいぜい一緒に住んでいるという程度だったが。





「貴方ももう少しジュダルちゃんに言うべきだわ!」







 に彼女はばんっと机を叩いて言った。途端に茶器がかちゃんと音を立てる。その拍子にケーキにつけられていたフォークが落ちたが、それすら彼女は気づかない。





「えっと、えぇ、でも、」

「人間嫌がることは一緒だわ!」





 彼女はの手を突然握り、言う。






「・・・えっと、」





 一応、ジュダルに買い取られてからは、芸妓ではなく巫女と言うことになっている。一応それでもジュダルが主人であることに変わりはない。


 両親だった人たちがどうなったのか気にならないわけではないが、あれほど必死に戻ってきてはいけないと言っていたし、きっと芸妓として遊郭に自分を売ったと言うことは、が戻ってきてはよほど困る理由があるのだろう。

 仮にこの宮廷から逃げたとしても、には行く場所がない。出て行くほどの不満は何もなかった。





「たまに髪を引っ張られたり叩かれたりするのは痛いけど、でもいっぱいご飯食べれるし、柔らかい服を着せてもらえるし、遊郭とかよりずっと良いよ。」





 はここに来て、別に困っていない。

 確かにジュダルはに体を求めるし、たまに叩いたり、髪を引っ張ったりしてくるので痛いが、それ以外少なくとも彼のおかげで不自由していない。あざや傷がつくような叩かれ方をしたこともない。が持っていた首飾りもとられてしまったが、別に今必要なものでもないし、は気にしていなかった。

 だが彼女はの答えが意外だったのか目をまん丸にしていた。




「そんなの酷すぎるわ、お、女の子と男の子が同じ部屋なんて、」





 中心的に言うなら、おそらく彼女はジュダルとが同じ部屋に住んでいることが、恥ずかしいことだと思っているらしい。だがにとってそこは中心的なことではなかった。





「わかんないかな。でも、わたしはマギに会いたかったんだよ。」





 は悲しそうな、哀れむような目をしている彼女を見上げる




 ―――――――――君の本当の父上もマギでした




 育ての父は、そう言っていた。

 今まで両親として育ててくれた彼女たちが実の両親でないと言うならば、は両親の顔を全く知らないといっても過言ではない。だが、“マギ”という言葉だけが、自分と両親をつないでいる。だからジュダルがマギであるならば、は彼とともにあるべきなのだろう。

 僅かなりとも、は彼のことを知ることで、父のことを知ることが出来る。






「・・・それはジュダルちゃんなの?本当に?」

「でも、ジュダルはマギだよね?」

「確かにそうだけれど、マギはひとり・・・、」





 彼女は口を開いて何かを言おうとした。だがその声音が、途切れる。表情が凍ったのがわかっては首を傾げたが、後ろを振り返ると、そこには不機嫌そうなジュダルと別の麗人がいた。






「こ、皇后陛下、」






 震えながらも、彼女がなんとか声を発する。





「こーごー?」 





 は全く意味がわからず、小首を傾げる。

 酷く不機嫌そうなジュダルの後ろにいたのは美しい女性だった。漆黒の髪に漆黒の瞳、愛らしいと言ってもおかしくない容姿をした女性は、質の良い服と大きな宝石をつけ、軽く小首を傾げてこちらを見ていた。だがその瞬間、太ももの内側にある二つの金属器が痛んだ。





「何やってんだよ。勝手に。」






 ジュダルがつかつかと歩み寄ってきたかと思うと、突然の長い銀色の三つ編みを掴んで、椅子から引きずり下ろす。






「いっ、」

「勝手に外に出んなって言ってあったろ。おまえの軽い頭はすぐ忘れんなぁ?体で覚えるか?」





 髪の毛を掴んだまま放り出され、庭の上の芝生にはなすすべもなく転がる。髪が抜けたのか痛かったが、芝生は柔らかくてそれほど痛くはなかった。





「ジュダルちゃん!」






 を連れ出した少女が叫んでジュダルを止める。





「紅玉、てめぇもババアの分際で勝手に俺のものを連れ出すんじゃねぇよ。」





 ジュダルはぎろりとを睨んで、またの髪を掴んだ。

 どうやら強引にを引っ張り出した少女は紅玉という名で、ジュダルの知り合いらしい。髪は痛いが抵抗するすべのないはどうして良いかわからず、怒っているジュダルに目尻を下げるしかない。




「ご、ごめんなさい、」





 は髪を庇いながらジュダルに謝る。

 確かに半ば無理矢理とは言え、紅玉に連れ出されて嬉しかったのは事実だ。あまりジュダルの部屋から出たことがなかったし、女の子とお茶なんてしたことがなかったから、素直に楽しかった。彼女は一方的に話していたが、それすらも初めての経験だったから嬉しかったのだ。

 勝手に外に出た挙げ句の果て楽しんでいたのだから、怒られて当然だ。





「ジュダルちゃん!やめて!!わたくしがこの子を連れ出したの、彼女は無理だと言ったのよ!!」





 真っ青な顔をして、紅玉はジュダルに悲鳴のような高い声音で言ってを庇う。

 だがそれすらもジュダルの怒りを煽ったらしく、ぐっとの髪を握る手に力が入って髪の毛が抜けそうだった。





「どっちみち、ろくすっぽ拒否なんてしなかったんだろ?」






 ジュダルは冷たくを見下ろす。が従順なことはジュダルもよく知っている。紅玉が強引に誘えばそれにのっただろう。

 事実も女官や武官に助けを求めようとはしなかったため、ジュダルに報告も行かなかったのだ。




「女官の奴らもあてにならねぇな。首切るか。」

「や、やめて!」





 は女官にまでジュダルの怒りが向いたことに焦り、ジュダルの服の裾を掴む。ジュダルの意図は単に解任するという意味だったが、わからないは殺されるのかと思って慌ててジュダルを止める。

 彼は少し驚いた顔をしたが、を軽く蹴った。





「きゃっ!」





 は悲鳴を上げるが、それほどきつく蹴られたわけではないのでそれほど痛くはなかった。ただ情けなくて芝生の上で身を起こして、どうしたらよいのかわからず目を伏せる。





「ジュダルちゃん!もうやめて!!」




 紅玉は自分のせいでこうなったと思っているのか涙をためてジュダルを止める。だがジュダルは自分のものであるを罰することにためらいなどなく、の腕を半ば無理矢理掴んで引きずり起こした。




「ジュダルちゃん!!」





 紅玉はとうとう耐えかねて、自分の簪に手を伸ばす。ジュダルもそれを横目で確認し、自分の懐に手を入れた。
 一瞬触発と言って良いほど凍り付いた空気を、ふと涼やかで柔らかい声音が破る。





「駄目よ。あまり手荒に扱っては、」




 ふと顔を上げると、先ほどジュダルの後ろにいた女性が口元を袖で押さえて笑っている。は顔を上げた。一歩、二歩と彼女はに近づいてくる。





「くろい、」




 は小さく、ジュダルに髪を掴まれていることも忘れて、呟いていた。

 だが、それを言った途端、自分の太ももに埋め込まれている銀色の金属器が、酷く痛んだ。

 ふわりとあたりのルフがざわめき、金属器が魔力を急速に吸い取っていく。ジュダルが何かを感じたのか、から飛び退くと同時に、青い何か手のようなものが、の視界をかすめた。

亡霊との遭遇