「じゅーだるくん!」




 ばっと突然飛びついてきたのは、第三皇子の紅覇だった。赤い髪の印象的な紅覇は、にっこりと笑ってジュダルを見上げると、腕を絡めてきた。




「おまえ、なんでこんなとこにいんだよ。」

「えーだって出かけるみたいだったから。ね、ねどこに行くの?」





 紅覇をうざそうにあしらうが、紅覇は全く疎ましく思われていることを感じていないのか、気にしないのか楽しそうに話しかけてくる。うざい奴に見つかったと内心悪態をついていると、が不思議そうに絨毯の上からこちらを見下ろしていた。





「おともだち?」

「あぁ?友達じゃねぇよ。」




 心底嫌そうに返すと、は翡翠の瞳を瞬く。





「そうだよ。ジュダル君。なんでこんな可愛い子僕に紹介してくれないわけぇ?ひどいよー、」

「おまえうるせぇんだよ。」

「ねーねーー、おまえ名前は?」






 紅覇はの方を見上げて尋ねる。が下をのぞき込んでいると、突然絨毯が下へと下りた。はうまく絨毯すら操れないので、ジュダルが離しやすいように下ろしてくれたのだろう。

 目線が近くなると、紅覇はどうやらまだ10歳前後で、よりいくつか年下のようだった。




「わたしはだよ。貴方は。」

「僕は紅覇。第三皇子さ。」

「こーあ?」

「紅覇だって!おまえさぁ、耳悪いのぉ?」

「すっげえ悪いぞ。フォローのしようがないくらい。」






 ジュダルはを助けることなく言って、ため息をつく。だが紅覇は別に気にした様子もなく、絨毯の上に座って低空飛行をすることになったに尋ねる。





「間近で見ると結構可愛いねぇ。歌とかも出来るんだって、聞かせてよ−。」





 紅覇は今度はに楽しそうにまとわりつく。は紅覇の勢いに絨毯の上で後ずさったが、その瞬間絨毯から尻餅をつく形で落ちた。





「いたたた、」





 絨毯が低空飛行をしていたおかげでそれほどの高さではないが、まともに落ちれば痛い。おしりを撫でて目尻を下げていると、ジュダルがため息をついての腕を掴んだ。





「本当におまえどんくせぇなぁ。」






 そのまま腕をひっぱって、絨毯の上にを放り投げた。何とか絨毯の上に戻ったは今度こそ落ちないように真ん中に座る。




「紅覇、おまえ今度にしろよ。俺たち出かけるんだし。」





 ジュダルは大きなため息をついて紅覇を見た。




「ねぇ、どこ行くの?」

「あ?市場だよ。市場。がパンかチーズが食いたいとか言うから。」

「あぁ、北方出身なの?ジュダルくんやさしー。」





 紅覇は適当にジュダルを茶化したが、ジュダルはそれを完全に黙殺した。あまりの華麗な無視にの方がどきマギしたが、紅覇はあまり気にしていないらしく、へらへらと笑っていた。

 そのままとジュダルは城門へと向かう。それに紅覇も後ろからついてきていた。城門が近くなっても相変わらず紅覇がついてくる事に疑問を持ったジュダルは紅覇を振り返った。





「・・・おまえなんでついてくんだよ。」

「え?僕も市場に行こうと思って。」





 紅覇は肩をすくめてへらりと笑って見せる。






「はぁ?」

「いいじゃーん。つれてってよー。こんな機会じゃないとなかなか外に出られないからさぁ。」






 変人と言われていても、紅覇は一応皇子だ。しかもまだ年若いと言うことで、何かと理由がないと外に出ることが出来ない。もう十代半ばで気ままな神官生活をしているジュダルとは違うのだ。




「ふざけんな。うざいんだよ。」





 ジュダルは心底嫌そうに手をひらひらとさせ、紅覇を追い払おうとする。だがそんなことで諦めるような紅覇ではない。





「ね、ね、、良いよね。護衛もいないと不安だよね。」





 紅覇は今度は絨毯の上にいるの手を引っ張る。





「え、え、ご、護衛?」





 は翡翠の瞳を瞬いて、小首を傾げる。





「ご、護衛がいるくらい危ないところなの?」





 宮廷にも護衛はたくさんいるようだったが、護衛がつくのは当然高位の人間か、危ないところに行く時だけだ。は神官付きの巫女という比較的政治色の薄い高位の役職にあるわけだが、それをよくわかっていないのか、危ないところに行くのか不安そうにジュダルを見下ろす。





「おまえ、小心者だなぁ。」





 一応記憶がないとはいえ、も金属器使いだ。金属器使いが市場ごときを怖がるなど聞いたこともない話で、ジュダルは眉を寄せる。だがは知らないのか、不安そうにジュダルの袖を引っ張った。





「市場ってそんなに怖いところなの?」

「はぁ?俺はマギだぜ?一般人が怖いとかありえね・・・」

「わ、わたしは違うよ。死んじゃうかも?」

「あーーあ?」





 ジュダルはの心配になんと答えて良いかわからず、頭をかりかりとかく。

 は北方の寒村で育ったせいか、市場がどんなところかよくわかっていないのだ。特に村を出てから行った場所と言ったら遊郭と宮廷というどちらも非常に閉鎖的な場所で、危ない場所というのがどの程度危ないかも、よくわかっていない。

 説明も面倒でジュダルがなんと言おうか考えていると、紅覇がニッと笑った。





「そりゃスリとか、暴漢とかもいるけど、って行ったことないの?」

「ぼ、ぼうかん?それって殴ったりしてくる人だったかな。ど、どうしよう・・」





 は本気で怖くなってきたのか、紅覇に尋ね、ますます泣きそうな顔をする。楚々とした容姿だけに不安そうに目尻を下げている姿は結構様になっていて、を日頃いじめて遊んでいるジュダルですらも怯んだ。





「大丈夫だって、そんなの魔法で蹴散らせば良いし。」

「わたし、魔法全然出来ないし・・・怖いねぇ・・・」

「でしょー?やっぱり護衛は必要だよぉ、」

「聞けよ人の話を。」







 ジュダルはの三つ編みをひっつかんで言う。だがは髪を引っ張られることになれてきたのか、自分の三つ編みを掴んで髪の根元が引っ張られないように押さえた。





「って訳で、僕も行くから。」

「勝手に決めんなよ。」





 ジュダルはもう止めても無駄そうで、ため息をつきながら紅覇の同伴を認めざるを得なさそうだった。

 大きな城門もジュダルが命じればすぐに開く。上がっていく門を眺めながらは小さく首を傾げた。門の向こうにはまぶしいほどに人の行き交う場所が広がっている。

 城門を出ると同時に容姿を隠すためか、ジュダルは頭からすっぽりフードのような物を被った。にもそれを着せる。の銀髪は特に煌帝国の中ではあまりに珍しい色合いだ。市場のような公共の場で目立つのはあまり良くない。




「それに乗ったままは流石に無理だと思うよぉ。」





 を見て、紅覇が言う。紅覇もまた髪を隠すように、フードのついた上着を着ていた。

 は絨毯に乗ったままだったので、地面を見て少し思案する。ジュダルが息を吐いて絨毯の上からを自分の肩に担ぎ上げた。まるで荷物を運ぶような体勢に驚いたが、ジュダルに運んでもらう限り文句は言えない。




「運ぶのぉ?」

「こいつ足悪くて歩けねぇからな。」

「え?そうなの?なんで?」

「それぞこいつに聞けよ。」





 を運びながら、ジュダルは素っ気ない答えを返す。紅覇は気兼ねすることなくに目を向けた。答えを求められてもは困る。





「・・・わかんないかな。覚えてないし。」

「え?生まれながらって事?」

「多分?」






 はよく覚えていないが、気づけば足が悪かった。多分生まれながらにして悪かったのだと思う。とはいえ、迷宮を攻略した記憶もないのに金属器を持っていたり、いろいろ不思議なことが多いことが最近わかったので、足ももしかすると理由があってこうなったのかもしれない。

 育ての両親がそのことについて口にしたこともないので、気にしていなかった。




「なんかこの体勢、お腹痛いし気持ちが悪いね。」





 ジュダルの肩に担ぎ上げられていただが、自重でジュダルの肩にお腹が食い込む上、頭が下を向くためなんだか気分が悪い。





「注文多いな。運んでやってんのに。仕方ねぇな。」






 ジュダルは仕方なく、を一度絨毯の上に下ろし、を自分の背中に背負う。はジュダルの首に手を回して、前を見る。

 商人や宮廷に伺候する人々が行き来しているためか、城門を出るとすぐに人混みに入り、しばらくすると市場がある通りへと出る。たくさんの人がいることに何故か緊張してしまって、いつの間にかジュダルの首に回す手に力を込めていたらしい。





「首が絞まる、」






 ジュダルに軽く三つ編みを引っ張られて、慌てて手を緩めた。


市場と予兆