市場は昼を過ぎればだいたい終わるのが常だ。





「ほーんと、食いしん坊だねぇ。僕びっくりしちゃった。」





 紅覇は隣に座っているに呆れた視線を送る。露店でジュダルに買ってもらった焼き肉をかじっているはきょとんとした顔で紅覇を見た。





「そうかな?美味しいよ。」

「そんだけ食うの見たら、こっちが普通気分わりぃぜ。」





 ジュダルは小さなため息をついて、足を組みなおした。

 あたりを見れば食品の市場はほとんど片付けられており、残っているのは髪飾りや日用品を扱う露店だけだ。人通りも徐々に少なくなっており、だいぶ歩きやすくなっていた。





「それにしても、これ、変なにおいじゃない?」





 紅覇はジュダルが持っている袋に鼻を近づけて尋ねる。

 北方や遊牧民族が食べるチーズは独特のにおいがある上、あまり煌帝国で食べないものだ。市場で売られているが買って帰るのは商人で北方から来たものくらいだ。

 はこれが随分と恋しかったらしく、ジュダルがどのくらい買うかと尋ねると、数種類に分けて随分と買い込んでいた。女官たちに言っておけば、これからは食卓に上るようになるだろう。ついでにパンも買っていた。





「えー、美味しいんだよ。」






 は肉を食べ終わり、にっこりと笑う。





「でもさぁ、変なにおいじゃない?におい染みつくよぉ?」





 紅覇は悪態をつきながらも興味があるらしく、くるりとに向き直って言う。





「そんなに強くないよ。それにまろやかで美味しいんだよ。」

「炎兄とか好きそうだよねぇ。珍しい食べ物とか。まぁ僕にも食べさせてよ。」

「うん。良いよ。」





 はあっさりと約束して、前を向いた。

 人が行き交う街。フード被っているためあまり目立たないが、多くの人が漆黒の髪か、濃い赤の髪をしている。商人なのか金の髪の人々も通っていくが、それほど数は多くなかった。





「銀色の髪の人って、あんまりいないね。」

「当たり前だろ?ここは東だぜ。それに北方でも多くないだろ?」





 ここは東にある煌帝国だ。それほど色の薄い髪をしている人間は多くない。北方においては金や銀の髪もいるが、それでも銀髪は金髪よりも少なく、煌帝国の中よりは多いという程度だ。珍しいことに変わりはない。

 特には白髪ではなく、完全に輝く金色がかった銀髪だった。





「ふぅん。」





 はあまり興味がないのか、曖昧な返事をして、あたりを見る。ふわりと一陣の風が吹き、金色のの耳飾りについた金の房飾りを揺らし、僅かな音をたてる。その途端にはらりとフードがとれた。



「おいおい、」





 ジュダルはそれをすぐににかぶせる。あまりにこの市場で銀髪は目立ちすぎる。それには随分と綺麗な顔立ちをしており、そんな少女がお忍びで遊びに来ているとなれば、金品を奪おうとする奴らも多い。

 ジュダルと紅覇がいるとはいえ、問題はあらかじめ避けておくべきだ。

 近くで物を売っていた女がの顔を見たのか、ぴたっと動きを止め、弾かれたようにこちらに駆けてきた。





「あんた!!?」






 女は20過ぎで、均整のとれたプロポーションをしている。長い漆黒の髪を頭の上で結んだ姿は、露店で働いている物売りにしては随分と美しかった。

 は自分の名前を呼ばれて弾かれたように顔を上げたが、彼女を見て首を傾げ、ジュダルの方を見て尋ねる。





「だぁれ?」

「いや、明らかにおまえの知り合いだろ。」






 どう考えてもジュダルの知り合いではなくの知り合いだ。こんな市場で物売りをしているような知り合いはジュダルにいない。

 女はの言葉にひくりと唇の端を引きつらせたが、肩を落とした。







「あんた、宮廷に買われたとか聞いたけど、全然変わってないじゃない・・・」

「え?」

「私よ!アザル!あんたの隣の部屋だったでしょ!遊郭にいた時!!」

「あーえー、えー?そうだったかな。」






 は言われてもわからないのか、考え込んではみるが、記憶にはないようだった。





「もう良いわよ!ひとまず無事だったのね?!」






 アザルは思い出してもらうこと自体を諦めたのか、元気そうなを見て安堵の息を吐く。





「無事も何も?宮廷にいるようになってからは美味しいご飯ももらえるし、何も不自由はないよ。」





 は遊郭では幼く、竪琴が弾けたため春を売ったことはなかった。そのため稼ぎが少なく、与えられる食事の量が足らず衰弱していたところを、当時の面倒を見ていた姐さんが見かね、宮廷の舞を教える教房にを引き取らせたのだ。

 幸いは上流階級で使われる竪琴の名手であり、また歌もうまかったためそのまま採用され、その後ジュダルに引っ張られて、現在はジュダルに引き取られ、物質的には何一つ問題ない生活を歩んでいる。

 少なくとも遊郭よりも宮廷の方が安全だし、変な事件もないから、無事も何もない。がよくわからずにいると、アザルはの頭を軽くぽんぽんと叩いた。





「遊郭に、男たちが来て、銀髪の一七,八歳のって女を買わなかったかって、探しに来たのよ。やっぱあんたじゃないわよね。どう見てもあんたもっとガキよね・・」





 アザルが遊郭にいた数週間前、北方から来たであろう男たちが、銀髪の一七,八歳の女を買わなかったかと訪ねてきたのだ。





「どう見てもこいつ、一四,五歳。人違いだろ。」




 ジュダルは彼女が何を心配しているのかと思い、を見下ろして言う。

 身長一五〇センチ前後。大きな翡翠の瞳と長い銀髪が印象的なは遊郭でも芸妓だった上、年齢が幼いから春を売らなかったと聞いている。実際に抱いたジュダルは彼女が初めてだったことをよく知っているし、性格も驚くほどガキだ。






「そうよねぇ。なのにシダ姉さんがに絶対知らせなきゃ、の事だとかって息巻いてたのよ。あはは、大げさよね。」

「わたし、一七歳だよ。」






 が少し不機嫌そうに眉を寄せて、アザルに言う。






「え〜・・・?」







 紅覇は目を点にして、を見る。ジュダルはと紅覇を見比べて、背丈も成長期がまだの紅覇と同じくらい、自分とも比べものにならないことを再確認してから、口を開いた。





「はぁあああああああああああああ?おまえ俺より二つも年上ぇええ?!」




 幼げな容姿のは、ますます眉間の皺を深くしたが、子供っぽくしか見えない。大人の怒りという感じはしなかった。





「えー、冗談でしょぉ?だって僕と背同じくらいだし、胸ないし、子供っぽいしぃ。流石に、ねぇ?」





 紅覇も座っているを見下ろして、後ろに手を組み、に同意を求める。だがはますますむっとして、頬を膨らませた。




「・・・マジかよ。」





 とて、そんなくだらない嘘をついても意味はない。遊郭でもこの感じで、17歳と言っても相手にされなかったから、春を売らずにすんだのだろう。ただあまりにの表情は本気で、流石にジュダルにも嘘がないとわかった。

 さすがに自分の年齢など間違う物でもない。





「そ、それならなおさら、やっぱりあんたなんだよ。」






 アゼルは顔色を変えて、の肩を掴む。はアゼルの深刻な表情に首を傾げた。




市場と予兆