アゼルはやジュダルにしたのは、が煌帝国の宮廷に売られてしばらくたったことの話だった。

 北方系の、他国の役人とおぼしき数人が遊郭を訪ね、ヴァイス王国から銀髪の、17,8歳の娘を買わなかったかと聞きに来たのだ。遊郭の主人は外国からの不躾な客に何も話さなかったが、数日後、一人の売春婦が殺された。





「その子、ヴァイス王国から売られてきた、、あんたと同じ17,8歳の女だったんだよ。かわいそうに、刃物で滅多刺しだったって。」





 が遊郭に買われた頃、同じように銀髪の女がヴァイス王国から買われていた。容姿はに劣るし、竪琴の腕もなかったため、普通に売春婦として働いていたのだ。ヴァイス王国の寒村出身で、仕送りもしている、何の変哲もない普通の女だった。

 ただにはよく話の意図がわからなかったらしい。





「ふぅん、気の毒だね。痛かっただろうに。」





 は表情を歪め、泣きそうな顔で売春婦に同情を示す。

 遊郭では痴情のもつれなどで刺される人間はいる。は自分のかつての同僚に対してあっさりと哀れみを抱いたが、アゼルが言いたいのはそんなことではない。





「いや、だからさ、あんたを探して殺したがってんじゃないのかい?!って名前の奴を探していたのは事実だし、」

「え?殺されたのはその銀髪の女の子なんでしょう?」





 は北方の役人が銀髪の“”を捜していたことと、銀髪の売春婦が殺されたことがまったくつながらないらしく、首を傾げる。





「何でって、あんたと同じとこから来た銀髪の子だったからでしょ!?」





 アゼルは事の重大性を理解してもらおうと必死でに言うが、の答えは浮いていた。





「えー?だってわたしの村から来たのはわたしだけだし、って名前もわたしだけ、ついでにわたしの村で銀髪だったのは、わたしだけだよ。」





 同じ所から来た、銀髪の子なんていない、とは言うが、その答えはアゼルの言おうとしていることとかけ離れていて、全くかみ合っていない。





「おまえ、ちょっと黙れよ。」





 ジュダルは脈絡がなくなっていくの言葉に、ストップを駆ける。このままではどう考えても話が進まなそうだ。





「どういうことだ?」

「要するに北方の役人たちはを探してたんじゃないかってことよ。」

「・・・で、と間違えて同じ国から来た銀髪の女を殺したって事か?」





 ジュダルが話をまとめると、話が通じたことに少し安堵したようにアゼルは頷いた。

 アゼルたちがに知らせたいこととは、北方の役人がを探している可能性があり、また同じ銀髪の女が殺されたことから、を殺そうとしている可能性もあるので気をつけろと言うことだ。





「そんなことあるわけないよ。だってわたし、村でヴァイス王国の役人なんて一度も見たことがないんだよ?知らない人が知らない人を追いかけてこないよ。」






 はへらへらと笑って、手をひらひらさせる。

 アゼルが顔を青くして注意を促していることも、同じ銀髪の女が殺されたことも、重大性がまったくわかっていないらしい。また、全く自分に関わる物だとは思っていないようで、興味があまりなさそうで半分くらいしか話を聞いていなかったようだった。 





「でもぉ、が相手を知らなくても、相手はを知ってるのかもしれないよぉ?」

「あ、そう、かな。そうかも。」





 紅覇が言うと、はあっさりと頷く。ただ別にどうでも良いのか、足をふらふらさせて退屈そうにジュダルとアゼルを見上げていた。





「そういやさぁ、炎兄が、のことをマフシードの娘だって言ってたんだよねぇ。」




 紅覇が思い出したようにジュダルの服を引っ張る。




「マフシードぉ?誰だよそれ。」





 ジュダルは眉を寄せて返す。マフシードは月光を意味する名前で、女性名としては珍しい。幼い頃から宮廷にいるジュダルなら、ある程度要人の名前は聞き覚えがあるが、その名前に記憶はなかった。





「わかぁんない、でも明兄がなんで芸妓なんかやってたんだってすっごい驚いてたよぉ。この子なんかあるんじゃない?」

「いや、なんかはあるだろうけどな。」






 皇后の玉艶は、にあったことがあるような口ぶりだったし、実は組織の奴らもを手放したくはないが、怖がっている節がある。当の本人はルフは見えているようだが、僅かにだが周りからルフを吸収しているので、マギに似た力も持っている。ただしマギではない。

 今の時点で二つの金属器を所有しているが、一つは音信不通。一つは治癒などを行うだけで、全身魔装など夢のまた夢。彼女自身が意志を持って出来るのは治癒のみだ。

 出来ることが少ないため忘れがちだが、潜在能力は確かにある。それを特別だというなら特別だが、自身はヴァイス王国の寒村で育ったと本人も主張していた。






「おまえ、流れもんか何かの娘なのか?」







 ジュダルはに尋ねるが、当然もわからない。

 が弾く竪琴は上流階級でよく使われる形式の物で、普通は寒村にある物ではない。だが彼女はそれを幼い頃から弾いていたという。平民のくせに字も読めるし、言葉もそれほど汚くない。ただ彼女の話す“村の生活”に矛盾は全くなかった。

 ならば、は要人の娘で、何らかの事情で村に流れ着いていたのかもしれない。自身を育てていた両親が、実の両親ではなかったという話も聞いている。





「かも?わたし実の両親知らないし、村でしか育ってないから、夢のある話だね。」 





 の答えは実にさっぱりしていた。要するに自身実の両親を知らないため、何もわからないのだ。ただあまりに平凡な答えに、紅覇もジュダルもお手上げだった。





「ひとまず、気をつけなさいよ。あんたぼんやりしてるんだから。お役人様なら宮廷にいるかもしれないし!」

「んー、うーん、」





 アゼルは心配なのか、の肩を掴んで揺する。は頭をぐらぐら揺らしながらも、あまり人の話を聞いていないようで生返事をした。





「タイミングが良すぎないかなぁ。」






 紅覇がこそっとジュダルを見て言う。






「確かにな。」






 最近煌帝国はヴァイス王国を攻略しようと触手を伸ばしている。ヴァイス王国の出身で売られてきた銀髪の女が、ヴァイス王国の役人に誤って殺された、の代わりに。が仮にヴァイス王国の要人の娘だった場合、敵対する煌帝国にが売られてきた意味は何だ。

 しかも、このタイミングだ。





「なぁ、おまえ、育ての両親に売られたんだったよな。」 

「うん。そうだよ。」

「おまえがどこに売られるのか、知ってたのか?」

「それは知ってたよ。煌帝国だって。」





 はジュダルの質問の意味すらもわかっていないのか、無邪気に答える。その表情からが売られることに関しても、そこに含まれていたであろう育ての親たちの意図も理解していないとわかって、ジュダルはため息をつきたくなった。

 は何もわかっていないし、読み取ろうともしていない。だから、から話を聞き出して読み取り、それを理解するのは本人ではなくジュダルたちだ。





「炎兄知ってるみたいだしぃ、炎兄に聞いてみたらぁ?」





 紅覇はもっともな意見をジュダルに出す。





「少なくともそのマフシードが誰なのかくらいはわかると思うよぉ。」

「それもそうだが、そんな大それたやつなのかよ、」






 ジュダルは肩をすくめて、を見下ろす。当のはちっとも興味がないのか、先ほどから実に退屈そうに市場を行き交う人を見ている。

 対してに注意を促したアゼルの方は本気で心配しているのか不安そうにジュダルを見ていた。





「ま、俺も神官だし、こいつもこう見えて皇子だし、離れなけりゃ大丈夫だろ。」





 腰に手を当てて言うと、アゼルは安堵の表情で息を吐く。は何も聞いていなかったのか、「ん?」とジュダルの方を振り返った。その間抜けな表情が酷くむかつく。





「おまえ人の話を聞けよ!!」

「いたたたたたた、不意打ちは反則だよ!!」





 ジュダルが三つ編みを思い切りひっぱると、は予想していなかったのか押さえることも出来ず、素直に痛がって目尻を下げた。





「ったく!」





 ジュダルはぱっと手を離しての頭を軽く叩いてから、腰に手を当てた。


市場と予兆