駐屯地の見学に行ったのは、数日後のことだった。
「なんか黒いのが混ざってる・・・」
絨毯の上から兵士たちの様子を眺めていたはぽろりとこぼす。
自分は白く光る鳥を従えているが、たまに黒い鳥か、蝶々みたいなものを従えている人や、それが他の色をしている時もある。それには流れがある、たくさんまとうことも、増えることもある。はどうもそれを取り込むことが出来るようだった。
だが、にはそれがどういうことなのかよくわからない。
「おちんなよ。」
興味のためにのぞき込んでいるの首根っこを、念のためジュダルが掴んでいる。
この間も軍隊の謁見の最中の白瑛に興味があり、のぞき込んで陣の真ん中に落ちそうになったのだ。歩けないし浮遊魔法も使えないは基本的に絨毯の上に座って移動するか、馬車で移動する予定になっている。
「なんか真っ黒なのもいる。あれはなぁに?」
「ありゃ闇の金属器を持ってる奴らだ。」
「あーわたしが治癒出来ない子??」
「そうだな。」
にぃっとジュダルは楽しそうに笑う。
戦争に行くと言うことが決まってから、ジュダルは楽しくてたまらないのか、なにやらうきうきしている。は人と人が戦う理由がよくわからないから、正直彼が何を楽しんでいるのかもわからないし、どうして戦うのかもよくわからなかった。
「おりるぞ。」
ジュダルの声とともに絨毯が下へと下りていく。
たくさんの人々がどこかを目指してゆっくりと進んでいる。それを見ながら、は小首を傾げた。そういえば黒い蝶が、玉艶の隣にもたくさんいたからだ。
「ジュダルはどうして黒いの?」
「あぁ?」
「だって、なんか、黒い、」
には詳しいことはまだわからないし、村にいた頃も金色の鳥は見えていたが、黒い鳥はほとんどいなかった。それをルフと呼ぶと知ったのは最近のことだ。
ごくたまに流れてきた敗残兵が悲しみとともに黒い蝶をまとっていたことは知っているが、黒いそれらをたくさん見ることなどなかった。なのに、ここにはたくさんの黒い鳥が舞っている。それを使っている人たちがいる。
そして、はそれを増幅させることが出来ない。
ただ彼は黒い力以外も使える。なのに、どちらにしてもは彼を治癒したり回復したりすることは出来ないようだった。
「・・・」
絨毯の上で胡座をかいていたジュダルは、頬杖をついて遠くを見る。普段饒舌な彼にしては珍しく、口を開かなかった。代わりにが口を開く。
「そういえば、どこにみんなで行くの?」
「俺話したろ?北にあるヴァイス王国を軍隊つれて脅して、属国化しようって事だ。」
ジュダルは楽しそうに懐にあった地図を広げる。
「見ろよ。おまえの故国のヴァイス王国は煌帝国の北にある。」
北限に位置するヴァイス王国それはこれから数週間後、ジュダルとが向かうところであると言うだけではなく、自身の故郷でもあった。
「ふぅん。」
「なんだよ、その微妙な反応。おまえの国はこれから煌帝国に滅ぼされるんだぜ。」
ジュダルは面白くなさそうにを窺う。
大げさに言ってみせるが、実際の所ヴァイス王国を滅ぼすだけの戦力は煌帝国にはなかった。そのため煌帝国側の基本方針は脅して相手側からの隷属を望むという物で、今回もジュダルや白瑛が軍を率いて行き、結界を壊して脅すというのが基本的な戦略だった。
だが、ジュダルの誇張がわからなくとも、どちらにしてもはいまいちぴんとこないのか、首を傾げるばかりだった。
「国って言われても、わたし、自分がどこに住んでいたのかも、知らないから。」
ヴァイス王国から売られてきたという話だが、は国境近くにある南の端に住んでおり、ヴァイス王国自体の影を感じたことは全くなかった。お触れがすらもなく、そういえば村には領主や王すらもいなかった気がする。ただ人が集まっている、小さな村。
それがどこにあるのか、が売られた後にどうなったのか、は知らない。
「おまえ、両親に会いたくないのかよ。」
ジュダルは変なものを見るような目でを見ていた。
「んー、会いたくないって言ったら嘘になるけど、きっとわたしが帰ったら困るんだと、思う。」
商人にを売るくらいだ。帰ってきてはならないとも言われた。それにジュダル曰く随分高価だという首飾りをに与えてくれるくらいだ。きっと両親にとってもそれは大切なものだったことだろう。
それを託してまでも、を送り出したのならば、理由があるのだ。を外に出さなければならなかった、理由が。
「・・・この首飾り、本物の金らしいぜ。」
ジュダルはから取り上げていた首飾りをひらひらと彼女の前で振る。独特の文様の刻まれた立方体が繋がれている首飾りは結構な重さがあり、すべて金で出来ている。
「調べて、たの?」
取り上げられてしまったので、ジュダルがほしいのかと思っていたは翡翠の瞳を瞬いた。両親からもらったものだが、はそれを必要としていなかったので、戻ってきたら良いなぁ、位に考えていた。
「あぁ、当然じゃねぇか。おまえ変なんだよ。」
ジュダルの常識から考えられない存在。それがだ。
「ふぅん。」
それでもやっぱりはそこまで自分のことに興味がないのか、生返事を返した。それがむかついてジュダルは絨毯の端っこに座っている彼女を後ろ向きに落とした。
「え、」
反応も出来ず、はぽかんとしたままジュダルを見た。まだ絨毯の上にいる彼は楽しそうに笑っている。ふわりと浮遊感が体を支配し、風が銀色の髪をジュダルの方へと吹き上げる。ひらりと金色の鳥が舞ったが、それも一瞬だ。
衝撃と何かに受け止められた感触にうっすらと目を開けると、目の前にいたのは白瑛だった。
「大丈夫ですか?!」
彼女は慌てた様子での様子を確認する。は目をぱちくりさえて彼女を見上げたが、断続的な振動に下を見ると、そこには彼女の馬がいた。どうやら彼女は馬を走らせて落ちてくる白瑛を助けてくれたらしい。
「なんてことを!!」
白瑛はの様子を確認するとジュダルを怒鳴りつける。
「別に、おまえが下にいなかったら助けてやったさ。それが落ちるのは初めてじゃねぇし、」
「貴方が突き落としたんでしょう!?」
どうやら白瑛は最初から見ていたらしい。彼女はおそらく目が良いのだろう。彼女は馬をゆっくりと歩かせながら、を見る。
「怪我はありませんか?」
「うん。ありがとう。お馬さんにもありがとう。」
はまだ落とされた衝撃のあまり眼を丸くしたままこくんと頷いて、馬を見る。彼女の馬はきちんと世話をされているのかふかふかで、筋肉質でしっかりしている。動物は好きだ。可愛いし、毛皮がふかふかしている。
「わたし、馬に乗ったのは初めてだから、嬉しいな。」
楽しくなってが馬の頭を撫でて言うと、白瑛は酷く戸惑った顔をした。
「練習されてはどうですか?」
「んー、でも・・・あんまり運動神経は良くないから。」
足で馬の腹を叩いたりすることは、足の悪いには出来ない。綱だけで操るのはきっと馬も戸惑ってしまうだろうし、体も小さいので、大人が乗るような普通の馬が乗れるようになるまでに時間がかかる。
「そうですか。」
納得したように白瑛はあごを引いた。
「もし良ければ一緒に乗っていきませんか。貴方は軽いし問題ないでしょう。」
本来なら馬に二人乗ってはいけないが、は軽い。白瑛の申し出に、は少し考えるそぶりを見せて、絨毯の上にいる自分の主を見上げる。
「良い?」
ジュダルは面白くなさそうな顔でを見ていたが、即答はしない。少し考えて、疎ましそうに目を細め、絨毯から下りた。
「来い、」
浮遊魔法で白瑛の近くまでやってきたかと思うと、がしりとの襟元を掴み、引っ張る。
「うぐっ、」
襟元が詰まって行きが出来なくなり、手をばたつかせたが、そのまま絨毯の上に放り投げられた。柔らかい絨毯のおかげで別段痛みは感じなかったが、鼻を打ってしまい、は鼻を押さえてさする。
「行くぞ。」
ジュダルは黙って絨毯に腰を下ろす。眼下にいる白瑛よりずっと速く、絨毯は軍の上を通り過ぎていった。
行軍と白銀