ジュダルは魔法の杖を回しながら、目の前でうずくまっている男たちを眺める。





「し、神官様・・・」

「早く片付けろよ。」





 狼狽える武官たちに言って、ジュダルは屍に背を向けた。

 ジュダルを襲いに来たのか、を殺しに来たのか、男たちの目的は知らない。だがジュダルを面白く思っていない人間は山のようにいる。その中に少しくらいを殺そうとしている人間がいたとしても、同じ部屋にいるジュダルが殺してしまうので、どちらなのかまで探ろうと思ったことはないし、わからなかった。

 ただ確かに、が来てから数は増えたような気もする。だがその数もヴァイス王国からの刺客も、ヴァイス王国への行軍が決定し、ジュダルが行くと知っている奴らからだと言われれば納得だ。要するにどちらでもジュダルが殺さなくてはならないことに変わりはない。






「馬鹿な奴ら。」






 ジュダルは言ってから、がいる自分の部屋へと戻った。






「あ、おかえりなさい。」






 はカウチの上に座って魔法の練習をしている。夜になるとこうして一生懸命魔法の練習をするのが、の日課になっているようだった。とはいえあまり上達は見られず、防御魔法などは出来るが、それ以外はからきしだった。

 その割に力を使えばお腹だけはすくらしく、細い体で他人の5倍近い食事をとるのだから、燃費が悪いにもほどがある。

 は基本的にジュダルの言いつけを守ってほとんどジュダルの部屋から出ない。出るのは協力を約束した白瑛とともにいる時だけだ。とはいえ、出る時は必ずはジュダルに言う。白瑛が目を離さないようにしているだろうが、それでも少し心配だ。

 彼女は魔法の練習もしているがいまいち使い方が悪いので身を守れるとも思えない。だが駐屯地にも白瑛と行くようになったのだから、教えておくべきだろう。



「俺がおまえから離れてる可能性もあるから、一応教えとくぜ。耳の穴かっぽじってよく聞けよ。」




 ジュダルは大きく息を吐いて、を見る。はすでにつまらないのか、嫌そうな顔をしていた。




「・・・やっぱおまえむかつく。」

「いたいっ!!髪の毛抜けちゃうよ!」





 ジュダルは遠慮なくの長い髪を引っ張って、彼女の意識をこちらに引き寄せる。このぐらいしない限りは人の話を全くと言って良いほど聞かなかった。





「良いか?おまえは多少なりともマギと一緒で魔力を周囲から得られるんだから、魔導士、もしくは金属器使いが来たら、最悪防御魔法で防いで、ずっと魔力弾打っとけ。」 





 ジュダルは自分の魔法の杖を掲げ、そこに魔力だけをためる。

 魔力量が多ければ、防御魔法も固い。マギと似た力を持つは周囲から魔力を得られるため、防御魔法もマギ並みに固く、並大抵の魔導士では破れないだろう。だから、最悪魔法が使えなかったとしても、防御魔法でふさぎながら、あてても威力は小さいが、魔力を相手に打ち続けて牽制する。そうすれば相手の魔力切れを誘えるはずだ。

 こちらの利点は無尽蔵の魔力なのだから。





「魔力はただ打ってもそれほど威力はでかくない。だから上手く当てて極大魔法を使う隙を作らないようにするってのが、おまえが出来る基本的で唯一の戦法だぜ。」







 流石に固い防御魔法といえど、極大魔法を防ぐほどの強度はない。魔力弾を打ち続けながら、極大魔法を使う隙を作らせないことがこつだ。

 は一応魔力で相手を攻撃するぐらいのことは出来る。狙いは悪いが、それしかいざとなった時の手はない。





「んー、はい。」 





 はわかっているのか、いないのか、微妙な返事をした。死にたくない、生きていたいという心持ちはあるだろうが、他人を攻撃したり、攻撃されたりしたことのないはぴんとこないのか、首を傾げている。





「聞いてんのか?」





 ジュダルはの耳を掴んで引っ張った。





「いたたた、聞いてるよ!聞きます!」

「一応俺らも狙われてんだから、迂闊な行動はすんなよ。」






 脅してやると、は目尻を下げてあからさまに怖がる表情を見せた。





「わたし、何もしてないよ。」

「兵士助けたじゃねぇか。立派な煌帝国軍の協力者じゃん。」






 ジュダルはぽんっとの頭を叩いてから、彼女が座っているカウチの隣に腰をかける。





「・・・兵士さんたち、みんな的の魔導士や迷宮攻略者のことを怖がってて、誰もどうにもしてくれないって、言ってた。」




 はぽつぽつとこぼすように話した。

 それはおそらく先日兵士たちの病気を治した時に、本人たちから直接聞いたのだろう。実際に駐屯地にいる兵士の本音は大抵指揮をするものには届かない。



「でもわたしは彼らのこと、守ってあげられないから、悲しいよ。」





 に彼ら兵士たちが漏らした本音は、ある意味でに助けてもらうことを望んでのことだっただろう。だが、彼女の今の力では兵士を庇うどころか、自分を守ることすらも危うい。そのことをお人好しな彼女は悲しく思っているのかもしれない。

 おそらく彼女の金属器の一つである翡翠は、他人の治癒など、他人を助ける力しか持ち合わせていない。全身魔装も出来ない。もう一つの白金の金属器はまったく反応なしだ。彼女がどれだけ呼びかけてもなしのつぶて、本当にの金属器かも疑問に思うほどだ。

 魔導士としても魔力を周囲から得ることは出来ても、魔法を混ぜることは出来ない。金属器使いとしても、魔導士としてもは中途半端だ。




「俺たちはあくまで、協力してやってるだけさ。」

「・・・でも、」

「それを把握し、対策すべきは、将軍とかで、俺らには関係ねぇ。」





 は兵士のためを思って心を痛めているが、本来そう言った対応をすべきなのは指揮官たちであり、今回軍隊を任されている白瑛だ。ジュダルでもでもない。ジュダルたちはあくまで楽しみの一つとして煌帝国軍に協力しているだけ。

 部外者のは例え気の毒には思えても口を出すことは出来ないのだ。






「責任を持てねぇなら、首だけ突っ込むのは偽善だろ?」



 は兵士たちの話は聞けても助けてやることは出来ない。それを理解して助けるのは問題ないが、ただの哀れみだけで深く首を突っ込むのは、相手にとってもにとっても不利益になる。余計な恨みを買いかねない。

 ジュダルが言うと、はますます目尻を下げて悲しそうな顔した。しけた面のにジュダルはいらっとしたが、武官の声が二人の思考を中断させる。





「舜外将軍が来られておられます。」






 女官が躊躇ったようにジュダルに言った。どうやら入室の許可を求めているらしい。




「良いぜ。」





 ジュダルは手をひらひらさせて中に将軍を入れるように言った。

 将軍の舜外は今回白瑛が率いる軍の中でも一番重要な第一軍団の指揮官を任されている。都でも何度も宮廷で見かけたこともあり、情に厚く、兵思いの人物であると知られていた。とはいえ神官であるジュダルにあまり良い印象を抱いていなかったはずだ。

 ましてやジュダルの部屋までわざわざ尋ねてくるような親密な仲では断じてない。




「お久しぶりです。また、巫女殿におかれましてはお初お目にかかります。李舜外と申します。」





 もう50歳を超しているであろうが、白髪の屈強な将軍は、深々とジュダルとに礼儀正しく頭を下げた。





「はじめまして、だよ。」





 カウチに座ったままはゆったりと素直に自分の胸元に手を当てて、自分の名を名乗った。ジュダルはただ目線を向けただけで何も言わない。舜外の視線はまっすぐに向けられており、どうやらの方に用があるらしかった。





「このたびはお礼のためにここに参りました。」






 舜外はその漆黒の瞳をまっすぐに向ける。は戸惑うように首を傾げて、ジュダルの方を窺った。





「礼?」






 ジュダルが問い返す。舜外は大きく頷き、は翡翠の瞳を瞬く。





「先日、巫女様が我が兵士たちの病を治していただいたそうで、誠にありがとうございます。」





 舜外は両手を自分の前で組み、に深々と頭を下げる。

 それは煌帝国における礼や尊敬を表す動作だった。は彼の言葉に少し驚いた顔をしたが、すぐに目尻を下げる。その悲しそうな、わけのわからない表情にジュダルの方が眉を寄せる。

 本当なら、礼を言われて喜んでもおかしくないはずだ。しかしの表情は酷く悲しげで、少し怒っているようにも見えた。兵士たちの実状を何よりも身近で見たからだろう。彼女が他人に対して怒りをのぞかせることは初めてで、ジュダルは内心で首を傾げる。





「貴方が、兵士さんたちの指揮官なんだよね?」






 はおずおずと尋ねた。





「いかにも。」

「・・・病気の人は、捨てるの?」

「は?」







 舜外が漆黒の瞳を大きく見開いてを見る。の翡翠の瞳は静かで、目尻を下げたまま自分の白い上着をぎゅっと握りしめた。





「病気の兵士さんたちは、みんな病気の人は捨てられるって、言ってた。魔導士や金属器使いがいるかもしれないから怖いし、みんなおうちに帰りたいって。」

「・・・」

「どうして、みんなおうちに帰れないのかな?」






 の疑問に、舜外は酷く狼狽えた顔をする。

 彼が知らない事実がそこにあり、彼が答えられない疑問がそこにある。常ならば適当な理由をつけて答えただろうが、が聞いているのは本質的なことで、理論や思想ではない。熟練の将軍である舜外も、のただ純粋な質問への答えを、持っていなかった。

 確かに莫大な兵士を抱える中で、おのおのの百人隊長たちは自分の軍に病が出た時、動けない兵士を捨てる可能性がある。そのことを舜外も理解していたが、それがこのような幼い少女の口から出るとは考えていなかっただろう。

 上の人間は常に下の人間を見ないのが、当たり前のことなのだから。






「もしも、もしも捨てるんでしたら、連れてきてほしいな。わたしが、なおすから。」






 は舜外を責めたりはせず、ただ、自分の役立てることだけを述べる。叱責を覚悟していた舜外だけでなく、ジュダルも目を見張った。





「・・・かしこまりました。」







 舜外は何とか頭を下げて答える。



 たくさんの問題を抱える軍隊の中で、彼女は越権行為をしたわけでも、誰かを傷つけたわけでもない。ましてや誰かを叱責したわけでもない。しかし、彼女は他の人間と違う何かを見ていた。

行軍と白銀