ジュダルが空に上がると、そこにいたのは二人の魔導士と、一人の迷宮攻略者だった。魔力の量から見て、三人ともなかなかの使い手だと、ジュダルには一目でわかる。

 心が酷く躍って、魔法の杖をジュダルはくるくると回した。




「煌帝国軍の魔導士か・・・」




 二人の魔導士の方で、年かさの男が重々しい声でそう言った。

 年齢はもう60歳を超えているだろう。白髪交じりの男は、頭に布を巻いたような帽子を乗せ、独特の緋色の服を着て、木で出来た魔法の杖を構えている。対してもう一人の魔導士の方は30歳程度で、鮮やかな金色の髪をしていた。

 迷宮攻略者の方は巨大な剣を構え、黒い液体を纏うその全身魔装から、黒の液体が何らかの力を持つことがわかる。




「ま、大丈夫だろ。」





 には一応魔法防壁は教えてある。魔法の余波を防ぐぐらいならば彼女は魔力も非常に大きいので魔法防壁の強度で十分なはずだ。ここでジュダルがドンパチをやらかしても何の問題もない。ましてや白瑛もいるのだ、地上の兵士にも影響はないだろう。





「さて、まずは魔力の打ち合いから行こうぜ!」





 ジュダルは魔法の杖に魔力を集中させ、にやりと笑う。






「仕方あるまいな」




 相手もまた杖を構え、魔力をそこに収束させる。三人ともがジュダルに刃を向けるのを見ながら、ジュダルは楽しさに頬が緩むのを感じた。

 楽しい、楽しい、楽しくてたまらない。だが、それに水を差す声が、下から聞こえた。




「神官殿!私も加勢します!」




 全身魔装をした白瑛が空へとジュダルを追いかけてやってくる。それをジュダルは心の底から疎ましいと思った。




「はぁ?俺の楽しみを奪うんじゃねぇ。」




 マギであり、力が有り余って退屈で仕方ないジュダルにとって、戦争や優れた魔導士との戦いは僅かでもジュダルに生きているという感覚と楽しみを与えてくれるイベントだ。それは例え煌帝国の第一皇女であっても邪魔されたくない。




「しかし、これは我が軍の問題です!」




 白瑛は真面目なのか、真っ向からジュダルにくってかかってくる。

 彼女にとってヴァイス王国の魔導士や迷宮攻略者は己の国の敵なのだろう。だが、ジュダルにとってはそんなこと関係がない。



「うっぜぇな、っと」




 ジュダルがにらみつけている間に、横から水魔法がこちらに襲いかかってきた。それを魔力防壁ではねのけたが、次の瞬間老いた方の魔導士がこちらの人数を確認するように辺りを見回してから、自分の部下であろう若い魔導士と金属器使いを見る。




「手はず通りに。」




 老人の言葉に、若い魔導士は神妙な顔つきで頷いて、下にいたに杖を向けた。




「きゃっ!」




 は絨毯で浮いていたが地面とジュダルたちの間ぐらいに浮いており、ぎゅっと強く魔法の杖を握りしめ、魔法防壁で何とか防ぎきる。




「・・・忌々しい、予言の娘が。やはりファナリスとともに生き残っていたか。」




 老齢の魔導士は吐き捨てて、ちらりともう一人の金属器使いに目を向ける。彼は宙にいるジュダルたちではなく、の方へ剣を構えて向かった。




!とっとと、」




 ジュダルは逃げろと目を向けたが、は杖を握りしめて動こうとはしなかった。

 一人ならばどうにかなったかもしれない。絨毯で逃げることだって出来ただろう。だがは攻撃されてもその場から動かない。ここは軍隊の駐屯地で、彼女の下には一般の兵士たちがいるからだ。彼らは呆然とした面持ちで魔導士や金属器使いの戦いを見ている。




「ちっ!」




 ジュダルは舌打ちをして、若い魔導士に自分の魔法の杖を向ける。

 だが、ジュダルの放った攻撃はすぐに老齢の魔導士の水魔法で遮られた。白瑛も下にいるを庇おうと下りようとしたが、やはり老齢の魔導士に阻まれて何も出来ない。

 ジュダルのおまけとしてが狙われる可能性に関しては視野に入れていたが、まさか本人が狙われるとは思っていなかった。




「もともとあの娘を殺すためにここにいる。いかすわけにはいかん。」

「貴方・・・」




 白瑛は老齢の魔導士をにらみつける。

 彼ら3人は一対一でジュダルたちを相手にする気はなく、確実に2対1でのみを叩く気だったのだ。ジュダルと老人の魔導士の間に実力差があったとしても、足止めくらいならば一人でも出来る。それだけの実力が、この老齢の魔導士には十分にあった。

 また下にいる兵士たちが巻き込まれても、彼らにとって敵兵を殺しただけであり、何の痛みにもならない。




「っ、」




 は魔力を銀色の魔法の杖の先についている翡翠の石に収束させながら、それを魔力弾として相手に撃つ。それはジュダルが教えたとおりの基本的な戦法に乗っ取っていた。

 だが、金属器使いの攻撃を魔法防壁で防ぎながらの魔法弾での相手への攻撃は非常に隙が多く、金属器使いを相手に彼女の実力では魔法防壁をそれほど維持できないだろう。ジュダルが教えたことは、あくまで1対1の戦いの場合だ。

 複数は想定していない。しかもは下にいる一般兵たちをも守るため、魔法防壁を日頃よりも大きくしていた。強度が落ちても仕方がない。




「あの馬鹿っ、」




 自分の身だけ守っておけば良かったのだ。奴らに目をつけられる前に速攻絨毯で逃げておけば、彼女は助かっただろう。それなのには一般兵たちを守るために、あそこに留まっているのだ。お人好しにもほどがある。





「マフシードの災いの娘はやはり国を滅ぼす。国王に仇をなし、煌帝国と組むなど。」




 老齢の魔導士は、重々しく言う。

 ジュダルがちらりとの様子を確認すると、彼女はなんとか魔法防壁を維持していたが、金属器使い相手にはどう考えても分が悪い。魔法防壁が壊れるのは時間の問題だろう。




「マフシード?」




 知らない名前に、ジュダルは眉を寄せる。

 それはあのあたりの言葉で“月光”を表す女性の名だ。ジュダルはその名を聞いた時、すぐにを思い浮かべた。彼女はまっすぐで長い、まさに月光と言ってもおかしくないような見事な白銀の髪の持ち主だからだ。

 だが、本人ではないのだろう。それに紅覇が、紅炎がのことをマフシードの娘だと言っていたと話していた。




「予言通りあの娘がおまえたちとともに滅びを連れてくるか。」




 老齢の魔導士は何とも言えない寂しげな表情で息を吐き、腕を組んで眼下を見下ろした。

 は絨毯の上に座ったまま、それでも魔法防壁を維持しながら、銀色の繊細な作りの魔法の杖をふるう。そのたびに魔法の杖の一番上についている翡翠の結晶がきらりと光り、収束した魔法弾を放つ。魔法弾を撃つたびに、長い白銀のおさげが翻っていた。

 それに懐かしげな視線を向けていた老齢の魔導士は、その感情を排除するように、首を振った。




「・・・どちらにしても国王陛下が望むのならば、儂らは今度こそ、あの娘を殺さねばならない。」




 向き直った老齢の魔導士の目はどこまでも迷いがなかった。ジュダルは自分の杖に自分の魔力と魔法を収束させる。時間がかかったとしても、この男を倒さない限り、の元には行かせてもらえないだろう。

 ならば覚悟を決めて早くこの男を倒してしまうに限る。




「こちらに気をとられていて、良いのかな?」





 老齢の魔導士は、下にいるを指し示してジュダルと白瑛の焦りを煽る。白瑛もはっとして下を見て、顔色を変えた。





「やべぇな。」





 が魔法防壁と魔力弾で何とか相手の攻撃を防ぎきっているのに業を煮やした金属器使いが、呪文を唱え、自分の魔力を収束させていく。それは極大魔法の証であり、魔法防壁などで防げるようなレベルを超している。

 すぐに極大魔法の不気味な命令式と、水なのか何なのかわからない漆黒の液体が魔力によって作り出され、中空を漂い始めた。





「どきなさい!」





 白瑛が風を刃にまとわせ、魔導士に振り下ろすが、それすらも簡単に防いでくる。だが、それは僅かに魔導士の隙を作り出した。




「降り注ぐ氷槍(サルグ・アルサーロス)!」




 ジュダルは自分の杖を、の方に振り下ろす。だが、一歩早く、極大魔法の漆黒の液体が下へと落下した。

 絨毯に乗ったままのはなすすべもなく、翡翠の瞳でその漆黒の液体を見ている。それはの下の地面にいる兵士たちも同じで、呆然とした面持ちで覆われていく視界を抵抗のしようもなく眺めていた。

 ジュダルの氷の刃が金属器使いの体を貫くのと、漆黒の液体がすべてを覆うのが同時だった。



行軍と白銀