至近距離からの魔法に、は対応することも出来ずに呆然とするしかなかった。だがそのあたりは流石で、ジュダルの魔法防壁があっさりと遮る。




「ふぅん、強いんだね。君。」




 ジュダルに、彼は場に不釣り合いな穏やかな笑みを向けて、ふわりと宙に浮く。




「でもね、君なんてどうでも良いし、僕らもそういうわけにはいかないんだ。」




 短めの金色の杖を振り上げて、彼は魔力を杖に収束させる。それは驚くほどに強い魔法で、周囲のものがゆがんで見えるほどだった。





「やめて!こんなところで使ったら!」




 ここは多くの皇族が住む禁城だ。こんなところで大がかりな魔法を使っては、あたりが吹っ飛ぶ。そうすれば魔導士や金属器使いであるやジュダルはともかく、周りを警備しているであろう武官や女官たちにも影響が出るだろう。

 は声を上げて止めようとしたが、ジュダルの対応の方が遙かに早かった。




「はっ、」



 金色の蝶がジュダルの周りに流れを作り、ばちりとはじけるような音がして、それを宙に放り投げる。途端に紫色の閃光があたりを支配した。




「俺をおまけみてぇに言うんじゃねぇ。これは俺の買ったもんだ。」




 はジュダルの主張に目を点にする。

 なぜだかわからないがこのフィルーズという人にとって、は殺すべき相手であり、一番重要だったのだろう。だが、を舞の教房から買った主であるジュダルにとっては、無視されることが苛立ちを煽ったらしい。

 ましてやジュダルはマギだ。一応誰よりも優先されるべき存在なのだろう。多分。




「だいたいなんなんだよ。ぐたぐた訳のわからねぇことばっかり言ってねぇで面と向かってこいよ。」

「面と向かってきてるよ・・・」

「うるせぇ!なんか文句あんのか!?」

「・・・ないかな。」




 を殺しに、直接来たのだろう。面と向かってきていることは間違いない。は小さな声で突っ込んでみたが、ジュダルに杖を向けられて黙ることにした。我が身が一番大事だ。

 空から黒焦げになったものが落ちてくる。と同じ銀色の髪はすすけて、見る影もない。は目をぱちくりさせていたが、気絶しているのかぴくぴくとしか動かない魔導士を見て、声や魔法の破壊音を聞いた武官たちが集まってきて、叫ぶ。




「と、取り押さえろ!!敵の魔導士だ!!」




 魔法防壁さえなければ魔導士は脆弱なもので、兵士たちはあっさりと彼を取り押さえ、縄をつけていた。そのまま尋問でもするのか、ずるずると引きずられて運ばれていく。

 禁城での所業は万死に値する。若くとも死刑は免れないだろう。どうしたらよいのかわからないが、ひとまずは彼が連行されていくのを見守るしかなかった。




「・・・なんだったの、かな?」




 よくわからないうちに攻撃され、よくわからないうちに終わってしまったは、首を傾げる。





「おまえ、本当にスールマーズって名前に聞き覚えがないんだな!?」





 苛立ちを示すように魔法の杖を突きつけて、ジュダルはもう一度に確認する。




「な、ないよ!だってわたし、村にいた頃は魔導士の魔の字も知らなかったんだよ。この人だって、誰、なのかな…?」




 を育ててくれた両親は、確かに実の両親ではなかった。血のつながりはなかったのだろう。だが、少なくともが物心つく頃にはすでに彼らと村で暮らしており、愛情を与えられ、ただ穏やかに普通の農民と変わらぬ生活をしていた。

 彼らの口から出てきた魔導士に関することは、マギに会えるとか、そういう曖昧なものと、の父親がマギだということだけで、魔導士という存在すらも知らなかったくらいだ。当然そんな魔導士の名門一家の名前など知ろうはずもない。

 畑を耕すことはには足が悪いから出来なかったが、糸を紡いだり、蚕を育てたりはしていた。

 ジュダルは納得できないと言った表情をしていたが、に聞いても無駄だと悟ったのだろう、ため息をついて魔法の杖を懐にしまった。

 は安堵の息を吐いたが、ふと思い出す。




「あ、でも、さっきの人が言ってた、なんかまふ?って名前は聞いた、かな。」




 そういえば、夢の中であった父親が言っていた気がする。




 ―――――――――そっかマフシードも死んじゃったんだな




 は元々聞き取り能力がきわめて悪い。人の名前になるとそれは顕著であるため、聞き流していたが、それは重要な名前だったのかもしれない。





「どこで聞いたんだよ。それ。」

「え、それは・・・内緒かな。」

「なんで、」

「え、だって、言っちゃ駄目って言われたから・・・」





 父親がマギだと言ってはいけないとは言われたが、それはどこからどこまで言ってはいけないんだろうかとは首を傾げる。

 だが、どこから聞いたか言ってしまえば、バレてしまうだろう。だからぼかしたつもりだったが、ジュダルはむっとした顔でのところまでよってきたかと思うと、思いっきりの頭を平手で叩いた。




「いっ!」

「おまえ襲われてんだぞ、それになんだよ、その言っちゃ駄目って言われたからってくだらない理由!」

「く、くだらなくなんかないよ!」




 父親との初めての約束なのだ。くだらなくなんてない。

 は彼にくってかかったが、それが気に入らなかったのか、ジュダルはの長い三つ編みをくいっと引っ張った。




「いたたたたた、」

「もう良い。おまえに聞いた俺が馬鹿だったぜ。」




 諦めたのか、それとも元々期待していなかったのか、彼はの髪を引っ張ったまま歩き出す。は浮遊魔法で髪を押さえながらふよふよ浮きながら、ふと考えた。




「・・・ねえ、そのまふさん?は死んだんだよね。」

「らしいな。・・・俺、そいつが死んだって話しをおまえにしたか?」




 ジュダルが振り返り、に問いかける。

 敵も、ジュダルも、誰も、にマフシードが死んだとは話していない。だがはその事を父親から聞いている。また、何故が実の両親ではない人々に育てられたかを考えれば、自ずとその理由は明らかだ。




「・・・まふさんはどうして死んじゃったの?」




 はじっとジュダルを見て尋ねる。ジュダルはじっとその赤い瞳でを窺うように見ていたが、大きくため息をついた。



「まず、スールマーズ家は昔々、マギを輩出した名門だ。んで、マフシード・スールマーズはヴァイス王国の主席魔導士だった。」

「すせき?」

「一番偉い魔導士さ。ヴァイス王国は少し特殊な政治体型の国で、国王が政治、主席魔導士が司法、議会が立法を司っていたらしい。」

「・・・???」




 ジュダルの話がよく飲み込めず、は目をぱちくりさせる。




「その辺はどうでも良い。要するに偉い奴だったって話だ。で、国王がうっとうしくなって、主席魔導士を殺しちまった」




 もちろん煌帝国がそのあたりの詳しい状況を理解しているわけではない。だが、だいたい煌帝国側が知るマフシード・スールマーズの情報はそれくらいだ。後は断片的なものでしかない。



「その後、マフシードの集めていたファナリスの反乱とか、いろいろあったけど、結局今のずたぼろのヴァイス王国ができあがったって訳だ。」




 ヴァイス王国はマフシードが生きてた頃、自国にファナリスの軍団を抱え、無駄に他国に攻め込むようなまねこそしなかったが、国力もあり、煌帝国では到底及ばない王国だった。だが10年前のマフシード暗殺を発端とした反乱の後は、二流国家に成り下がっている。

 の容姿はどう見ても14,5歳にしか見えないが、自己申告通り17,8歳ならば普通はそういった事情も、母の記憶も、離れたとしても十分に覚えている年齢だ。しかしはまったく記憶にないらしく、興味もなさげで、眉を寄せるばかり。

 元々、母のことすら知らされず、ただ辺境の村で育てられていたのかも知れない。




「そのあなりす?ってなになのかな。」




 にとってはちらっとだが、父の口から聞いた記憶のある名前だ。




「最強の戦闘民族って言われてるが、今はほとんど奴隷だな。赤毛で、ま、強い。」

「赤毛?」




 は首を傾げてから、はっとして、村の光景を思い出す。

 小規模の村だったが、ほとんどの人々が赤毛で、のような薄い髪の色の人間はおろか、煌帝国では一番一般的なはずの黒髪の人もほとんどいなかった。

 よく考えればは村では体が弱いと思っていたが、大量の食事さえしていれば、それほど弱くない。むしろ体自体は強い方だ。だが、他の村人たちは皆、非常に体が強く、力も強かった。外に出てからは素手で岩を持ち上げる人間を見たことがないが、村の人々は普通にそういったことが出来ていた。

 を育ててくれた両親もまた、赤い髪を持っていた。





「そういえば村の人の髪、みんな、赤かったかな。」

「は?」




 がその事実を口にすると、ジュダルはあからさまに驚いた顔をしてを見つめた。そしてあることに気づいたのか、ばっと自分の懐を探り始める。




「ど、どうしたの?」

「もしかしておまえが持ってたこの首飾りって結構重要なもんじゃねぇの?」




 ジュダルがから取り上げて持っていた、首飾りを思い出す。

 から取り上げて調べていると、その薄汚れた金の首飾りの先には棒金組み合わせたような立方体がついている。これ自体は、本物の金で出来ている。単体でもかなり価値のあるものだと言うことだけはわかっていた。もしかするとあの首飾りには何らかの意味があるのかもしれない。

 裏には月に木を組み合わせた紋章が彫り込まれている。




「仕方ねぇな。」




 ジュダルは面倒くさそうにを見る。政治的なことは、面倒だから嫌いだったが、彼女に政治的な価値がついて回るならそれも視野に入れるしかなかった。







夜闇