「で、結局の所、あいつはなんなんだ。」




 紅炎は武官に言ってを退席させた後、ジュダルに尋ねた。




「あぁ?マフシードの娘だって言い出したのはおまえだぜ。」

「そういう意味ではない。どうしておまえはあの娘を囲ってる。」

「退屈しのぎ、だけど?」



 ジュダルは腰に手を当てて答えながら、鋭い男だと目を細める。

 確かにを自分の部屋に囲うようになったのは退屈しのぎだ。宮廷所属の舞姫たちが、足は悪いが綺麗な少女が、竪琴を弾く芸妓としてやってきたと噂していた。その少女が他人の傷を癒やすとも。実際には竪琴もうまく、少し抜けた会話の面白い少女だった。

 もちろん、それだけではない。要するに彼女は変なのだ。




「あの女は、金属器を持っているんじゃないのか?」

「なんで知ってるんだよ。」

「それっぽいことを前にぽろっと言っていた。」




 はバカだから、気づかないうちに紅炎に何かを言ったのかもしれない。それほど深い仲ではないし、紅炎が誰かは知らなかったようだが、どうやら窓辺で会ったらしい。隠しておけば良いのにと、ジュダルはため息をつきたくなったが、言わなかったこちらも悪い。

 は何も知らないのだから。





「まー、あいつ意味わかんねぇよ。魔導士のくせに金属器持ってるし、最近魔法が使えるようになったし、魔力もすげぇから、魔導士としては良い線いくと思うぜ。ま、金属器使いとしてはくずだけど。」



 最近魔法が使えるようになったは、めざましい進歩を遂げている。

 このままの調子でいけば魔力も元々多いし、僅かに周囲のルフから取り入れることも出来るため、魔導士としてはかなりの使い手になるだろう。だが相変わらず金属器使いとしては使い物にならず、全身魔装はおろか、歌を使って相手を治癒する事以外何も出来ない。

 そもそも、それもおかしい話なのだ。本来なら魔導士は金属器と相性が悪く、魔導士ならば金属器を持つことが出来ないはずだ。だというのに、はそれを保持し、どちらも一応使用することが出来る。


 とはいえ、ジュダルはそういったことを深く考えていなかった。


 今のところはあほすぎて、ジュダルの退屈しのぎになるし、竪琴など芸事もうまい。魔導士として価値があるならば、駒としては十分だし、これからはそっちの方面でもジュダルの遊び相手になるだろう。

 何より彼女はあの馬鹿さ加減で、ジュダルを退屈させないし、ジュダルの思いつきもしないほどの馬鹿な行動をして、楽しませてくれる。それで良い。



「昼夜問わずに楽しませてくれる。あいつは俺の可愛い玩具だぜ。」



 ジュダルは高らかに笑って、紅炎を見る。もう20代半ばの彼には十分意図が理解できたのか、あからさまに眉を寄せたが、ジュダルは構いはしない。

 容姿も美しく、女としてももう少し大人になれば美人になるだろう。体の方の相性も悪くない。綺麗な声を持っていて竪琴などの芸事にも優れている。それだけで女としては上出来だ。その上に特別な力があり、魔導士としてジュダルの隣にいるだけの才能があるなら、それに越したことはない。

 しかも力を持っているくせに相当従順と来ている。彼女以上の玩具などあるはずもない。



「皇后が、随分とをかわいがっているような口ぶりだったがな。」



 紅炎は心底嫌そうな表情でそう言った。ジュダルは僅かに目を細めて、玉艶の顔を思い浮かべた。

 最初に玉艶と顔を合わせた時、のジンが現れ、玉艶を攻撃していた。に直接ジンが現れて力を貸したのはあの一度きりだ。彼女との間には何かあるようだったが、少なくとも玉艶はに悪い感情を持っていないらしい。

 神官たちに命じて何度かの機嫌を伺いに来ていたが、詳しい理由についてはジュダルも知らされていない。ただに対する贈り物や待遇の確認などから、どう見ても彼女はを懐柔するつもりだと見て取れていた。




「あのガキが何も知らないと言うことは、明らかだ。おそらく何も知らされずに育てられたのだろう。」



 彼女は自分が村で育ったことを疑っていないし、それ以外の記憶もない。おそらくマフシードの娘でありながら、彼女の元で育てられたことはないのだろう。何を言ってもそれ以上の答えは出てこず、聞くだけ無駄だ。そして彼女自身知ろうとしていないのだから、もしも知りたいと思うのならば、紅炎たちが調べるしかない。

 彼女を知らなければ、紅炎たちが打つべき手、打てる手はまだ未確定だ。




「彼女が誰であるかによって、彼女に何をしてもらうかも決まる。」

「そういう政治のことは、おまえらでどうにかしろよ。」



 ジュダルはつまらなそうに紅炎に言う。



「俺は別に良いんだぜ。あいつがどこの誰でも、今は俺の可愛くて面白い玩具だしさぁ。」



 もヴァイス王国に興味はないが、ジュダルもまたを通じてのヴァイス王国の覇権には目立った興味はなかった。彼女の持っている強さと弱さ、その源には興味があるが、それ以上のことはどうでも良い。だから彼女がどこで育ち、どうやって力を手に入れたかには興味はあるが、それは本人への興味であって、政治的なものではない。

 そういったことはまさに政治的な存在でもある皇太子がすべきだろう。



の力の出先には興味があるぜ。だけどさぁ、ヴァイス王国がどうなろうが、がそこでどういう立ち位置だろうが、俺はあいつを側に置けてれば良いさ。」



 せっかく手に入れた面白くて強くて弱い不思議な玩具を手放したくはない。だからそれが壊れそうになるならば、全力で相手をたたきつぶす。だがそれ以上のことに興味はない。相手が紅炎であってもを取り上げるというのならば組織と皇后の力を使って全力で抵抗するつもりだった。

 幸い玉艶はジュダルがを囲うことを悪く思っておらず、むしろ組織の人間たちもが逃げることに怯え、飴を与えようとしているようだ。玉艶はをとても気に入っている。紅炎が手を出してこれば、争いになるので、紅炎は無駄な争いはしないだろう。




「・・・ひとまず、がどこの誰なのかを突き止めることは、必要だ。」




 紅炎はジュダルの答えに大きなため息をついた。ある程度予想通りだったのだろうが、やはり面倒ごとを抱える身としては納得できなかったのだろう。

 どちらにしても、の身元をはっきりさせておくことは重要だ。




の身元調査に、紅覇か、白瑛か、誰かを派遣する。」




 ヴァイス王国に侵入することになる。少数精鋭、しかも隠密行動が絶対であると同時に、強くなければ何かあった時に対応できない。ついでに紅炎はヴァイス王国を攻略する時のために、の村を初めとするヴァイス王国の、煌帝国との国境付近の村を把握しておきたかった。

 そのためにも、人を派遣して調べさせるのは悪いことではない。




の生まれ育った村に行くってんなら、俺も行くぜ。あの馬鹿を育てた奴に興味があるしな。」




 政治的なことに興味はないが、には興味がある。の育った環境に関してもだ。煌帝国からヴァイス王国まで絨毯などで飛ばせば2日。勝手に出かけていってもせいぜい怒られる程度で済むだろうし、組織の奴らもある程度目をつむるはずだ。




「・・・その間はどうする気だ?」

「おまえが預かれよ。」




 ジュダルは紅炎の危惧にあっさりとそう返した。

 は宮廷内でも狙われているが、ジュダルがいなくても、紅炎の傍にいるならば大丈夫だろう。どちらにしてもヴァイス王国への覇権をかけて戦うならば、がいなくては困る。ジュダルは紅炎がを預かるであろう事をすでに予想していた。それに玉艶に預けるよりはましだ。

 彼に拒否権はない。彼は不快そうな顔をしたが、ジュダルはそれすらも笑った。




「ま、よろしく〜、一応あいつはヴァイス王国の主席魔導士様だろ。あはは、光栄だろ?」

「何が光栄だ。あんなガキ」




 紅炎は面倒を見るというのに、やはり子供をあやすような事を想像したらしい。手のかかる馬鹿な子供にでも見えたのだろう。その気持ちは痛いほどにわかる。だがあえてジュダルは手を組んで、紅炎に笑う。




「おいおい、あいつは俺より二つ年上だって話だぜ。」

「はぁ?」

「自己申告ではな。」

「要するに何か?あれで白瑛とそんなに変わらないと言うことか?」




 が仮に17歳なら、18歳の白瑛とそれほど変わらない年齢と言うことになる。だが頭の中で横並びにしてみても、と白瑛の年の差は5つくらいあるとしか見えなかった。落ち着きや話し方も全く異なる。

 確かに白瑛は大人びているところがあるが、紅炎は弟妹などの精神性からをせいぜいよくいっていても14,5歳だろうと見積もっていた。



「一応言っとくけど、俺のお手つきだから手だけは出すなよ。」



 ジュダルは手をひらひらさせて、去って行く。その後ろ姿を見ながら、紅炎は唇の端を引きつらせた。





おじさん