白瑛は馬で青舜とともに走っていたが、その後ろをジュダルが絨毯でついてくる。




「あいつの村、見つかったのかよ。」




 ジュダルは白瑛を見下ろしてそう問うた。




「・・・もちろん確定的ではありませんが。」




 ヴァイス王国の南の端、煌帝国との国境を接するところに赤い髪をした人々の住んでいる村を見かけたという噂を聞いた商人は、何人もいた。それをたくさん集めれば、村自体を探すことも難しくはない。

 ヴァイス王国の国王派の人間はを殺そうとしており、刺客まで差し向けたが、議会派はの持つ司法権を安定的に行使したいらしく、紅炎がヴァイス王国の議会派と通じた結果、ある程度の情報は得られていた。

 それに煌帝国は商業に関しては東西随一で、様々な販路を持っている。隣接する国に対しても同じで、争いが起こる前はヴァイス王国への道もあった。寒村であればもちろん商人たちもあまり訪れることはないが、それでも情報は耳に入っている。



「しかし、最近ヴァイス王国軍が南の端の村を襲ったとの噂。大丈夫でしょうか。」



 白瑛に付き従っている青舜が心配そうに表情を曇らせる。




「大丈夫でしょう。こんな森で多くの兵力はおけないわ。」




 白瑛は部下の心配に穏やかに答えた。

 仮にいたとしてもそれほどの兵力ではないはずだ。金属器使いの白瑛ならば間違いなく蹴散らすことが出来るだろう。



「お母さん、ねぇ。」



 ジュダルには全く記憶にないものだ。だががよく歌っている独特の旋律のものも、他のたくさんのものも、子供向けのものが多い。育ての親や、もしかすると実の親が、彼女に聞かせていたものなのかもしれない。

 実の親は事情があってを手放したのかもしれないが、それでもは温かい義理の両親たちの惜しみない愛情をうけて育てられた。

 平原を抜けていくと、今度は森に入る。

 南側の国境線上は鬱蒼と茂る森に囲まれていて、見るからに未開の地といった感じだ。それでも川も流れており、暮らしていくにはそれほど困らないのかもしれない。



「姫様、馬の通った痕跡が、」



 青舜が辺りを見回して言う。

 本来なら鬱蒼とした森の中に道などほとんどないはずだが、大型の動物が通った痕跡があった。それは白瑛たちにも見慣れたものだ。



「・・・は馬など見たことがないと言っていたわ。」



 は前にたまたま白瑛が馬に乗せてやった時、馬など乗ったことがなく、見たこともあまりないと言っていた。おそらくが生活していた村には馬はほとんどいなかったのだろう。ならば部外者がここに入り込んだと言うことになる。

 それも馬によって開かれた道を見ればある程度の量の人間が通った可能性が高かったが、近日のものではない。



「通りやすくてよいけどな。」



 絨毯で飛ぶには鬱蒼とした森は不向きだ。ある程度開けてくれているのはジュダルにとってはありがたい。

 駆け抜けるように森を抜けると、そこには開けた場所がある。だがそれはの話から想像するような貧しいけれど、穏やかな場所ではなく、焼け果てた、廃墟だった。

 黒ずんだ板があちこちに落ちている。完全に燃え切らなかった家の基礎部分だけがあちこちに残り、生活感は煤に埋もれてどこにもない。遺体はすでに葬られたのかなさそうだが、ここが焼かれた時のままほとんど手を入れられていない。



「な、なんなの、これは。」




 白瑛はあまりの光景に呆然とするしかない。青舜もそれは同じだったのか、主をおもんぱかりながらあたりを警戒する。




「・・・魔導士も何人かいたらしいが、人間の仕業だな。」





 ルフの一部まだ留まっているが、もう数ヶ月前に襲われたのだろう。一部にはすでに草木が生え、浸食されていたが、それでも彼らは僅かながらのへの思いをまとったまま、それでも白い流れへ戻ることもなく、留まり続けている。

 が商人に売られたのはちょうど数ヶ月前。彼女が売られてすぐに、この村は襲われたのだ。




の言ってた通り、住人はファナリスだったかもしれねぇな」



 ジュダルは冷静に辺りを見回し、大きな岩を使った祠を見て、納得する。

 曰く、村で魔法が使われることはなかったという。だが、怪力で有名なファナリスであれば、こういった大きな祠を岩によって作ることも可能だっただろう。純血のファナリスだったかはわからないが、それでもここで隠れ、寄り添い合って暮らしていたのだろう。

 マフシードはファナリスを奴隷商人から買い取り、解放したという。彼女に付き従っていたファナリスが、娘であるとここに村を作り、隠れ住んでいたのかもしれない。




「姫様!人がいるはずです。祠に真新しい花が供えられています。」



 祠を見に行っていた青舜が、呆然と立ち尽くしている白瑛に言う。




「そ、そうよ。遺体がないのだもの、どこかに生きているかもしれないわ。」



 白瑛は気を取り直してそう頷いたが、ジュダルはその考えを楽観的だと思った。

 ファナリスが本気で抵抗して、無事であるはずがない。ましてや最初からファナリスだとわかっていたならば、相手も徹底的にやったはずだ。生き残りはいたとしても、全員が無事だとは到底思えない。それはこの村が全く再建されていないことが物語っている。




「・・・」



 鳥が高らかに声を上げ、空を舞っている。が幼い頃から見てきたのは、こういった穏やかな森と、森の中で森と共存する養父母と過ごす、愛情に満たされた穏やかな時間だけだった。

 ジュダルは大きく息を吐いて、地面に降り立った。

 ここが燃やされて随分たっているためか、空気は森の中と言うこともあって酷く澄んでいて、心地よい。遠くには川の流れも聞こえてきて、きっと燃やされる前はとても住み心地のよい、暖かい場所だっただろう。

 ここが仮にの村だったというならば、彼女は本当に幸せに育ったのだ。





「あー、戻ろうかな。」




 ジュダルは一度のびをして、ぽつりと呟く。なにやらふと急にに会いたくなった。

 この分だと、がどこで生まれたのか調べようにも全部燃えているだろうし、生き残りも少なそうだ。探すのは面倒くさい。彼女の育ての親がいるなら、あんな馬鹿をどうやって製造したのかと聞いてみたかったが、もう良いだろう。

 だ。誰であっても、誰でなかろうと。あの心地よい歌も、優しい声音も、どうせ自分のものなのだから。




「あっ!」




 そう結論づけたジュダルを、青舜の高い声が貫く。

 森の向こうに、フードをかぶった女性がいたのだ。年齢の頃などはうかがえないが、フードから覗いている髪が赤いような気がして、ジュダルはそちらに視線を向ける。




「待ってください!」




 白瑛が声を上げるが、彼女はこちらに気づかれたとわかった途端、逃げようと足を踏み出した。白瑛は馬にまたがったが、呆然と目を見開く。




「なっ!」




 馬が追いつけるような速度ではないことが明らかだ。白瑛はあっという間に豆粒ほどになっていく人影を見て馬で追うことも出来ず呆然としていたが、ジュダルは杖を取り出し、魔力をためる。




「ファナリスなら丈夫だろ。」




 あの速度で逃げるファナリスを追うなど不可能だ。ならば魔法で止めるしかない。ジュダルが放った魔法弾はまっすぐとファナリスであろう女性に飛んでいく。だが、彼女が方向を転換し、それを次々によけていく。その華麗な動きは流石俊足のファナリスだ。



「やるなぁ。」




 ジュダルは魔法弾を放ちながら、感心したように呟く。




「当たったらどうするんです!?になんて言い訳をするつもりで?!」




 白瑛は何の遠慮もなく魔法弾を放つジュダルを必死で止める。

 これで村人の生き残りを間違って殺してしまえば、に顔向けできないどころの話ではなく、あげくの身元を探ることも出来なくなってしまう。




「どうせ話が聞けないなら一緒じゃねぇの?」




 ジュダルは面倒くさそうに白瑛を振り返る。だが随分遠くにいたファナリスの女性が、いつの間にか手が届くほどの目の前にいた。



「姫様!」



 青舜が叫び、白瑛の前に立つ。ジュダルも魔法防壁で構えたが、それに反してフードを被ってその赤い髪を隠していた彼女は普通に口を開いた。



?貴方はを知っているの?」



 涼やかなその声は、白銀の少女の名を口にした。




これまでとこれから