は可愛いねぇ。ほら、お花」



 紅覇は座り込んでいるにばさっと頭から摘んだ花をかぶせる。



「あー桃色。」



 はのんびりした様子で自分の髪についたそれを拾い集めるが、銀色の髪には花びらがついたままだ。紅明とジュダルは椅子に座って、じゃれつくように禁城の庭で遊ぶと紅覇を眺めていた。



さんは、おいくつでしたっけ。」

「俺より二つ年上」

「冗談やめてくださいよ。」

「冗談じゃねぇよ。あいつ自己申告してたし、あいつバカだからそういう冗談言わねぇもん。」



 ジュダルとて信じたくはないが、はジュダルより二つ年上らしい。一応ヴァイス王国の議長で、を幼い頃から知っているはずのイマーンと、の母方の従兄弟に当たるフィルーズにも確認をとったが、そこに意見の相違はなかった。

 ジュダルはせいぜい彼女が自分と同い年くらいか、年下だと思っていたが、まさか年上とは予想外だ。



「人は見かけによらないと言いますけど、その通りなんですね。良いじゃないですか。年上、世話焼いてくれそうで。」

「はぁ?マジで言ってんのかよ。どう見ても俺が世話やいてんじゃねぇか。」



 は年上だが、だからといって誰かに世話を焼くことはない。生憎ジュダルも面倒見の良い性格ではないが、彼女を放っておくのが怖くて目を離せないのだ。一緒にいても年上だという感覚はなく、むしろジュダルの方が保護者気分である。

 がいくつも年下の紅覇とぴったり会話のレベルがあうのも、彼女の精神的な幼さを反映している。容姿自体もそれほど紅覇と年齢的な差異があるわけではない。遊郭でも花を売るような程大人としては扱われていなかったようで、宮廷に売られた時の記録には13歳となっていた。

 調書を取った役人曰く、生年をぱっと答えられなかったため、見た目で適当に決めたそうだ。



「そういやおまえ、の母親のマフシードに会ったことがあるんだよな。」

「ありますよ。」



 紅明は目を細めて、当時のことを思い出す。

 まだ紅明が10代の、ただの親王だった頃の話だ。マフシードは当時ヴァイス王国のれっきとした主席魔導士であり、もちろん国賓である彼女を間近で見たわけではない。だが、それでも紅明の目から見ても彼女は幼い彼の記憶にも残る、印象的な女性だった。



「まあ、会ったというか、見ただけですけど、美人でしたよ。一言で言うなら。」



 小作りで整った顔立ち、白銀の長い髪、落ち着いた青い双眸。手足はすらりと長く、細かった。司法を司る首席魔導士にふさわしい、声をかけるのすらも躊躇うような清廉な美貌がそこにあり、涼やかな声音で話した。

 知的で、立ち居振る舞いも完璧な、美しい女性。



「そういう点では、さんはよく似ていると思いますよ。見た目は、」




 女性の容姿に疎い紅明が見てもわかるほど、は美しい容姿を持っているし歌声も良い。翡翠の双眸はマフシードの青い瞳とは異なるが、彼女の美しさを損なうことはない。楚々とした銀色の髪と白い肌、やはり小作りで整った顔立ちはマフシードとまさにうり二つだ。

 将来恐らく、マフシードとよく似た美人になるだろ。



「まぁ、雰囲気は似てませんけど。」



 荘厳な雰囲気を持っていたマフシードに対して、はあまりに無邪気で、よく言えば親しみを持てる、悪く言えば威厳がない。

 年齢だけではなく、が持つ雰囲気はそもそもまず緩い。きらきらと丸く輝く翡翠の瞳は、酷く子供だ。特別な力を持っているという点ではは確かに特異な存在だろうが、それを感じさせない鈍くささも、彼女の美しさに近寄りがたさが生まれない理由なのだろう。

 あれだけ容姿が美しいのに、普通なのだ。は。



「ただの馬鹿だもんな。」



 何が出来ても、が特別な子供だと言われても、日頃の間抜けで鈍くさい様子を見ていると、ぴんとこない。

 それが未だにジュダルがを力のある人間と考えられずにいる理由なのかもしれない。本当ならジュダルが襲いたくなるくらいの好敵手となってもおかしくないはずなのに、の間抜けさを考えると襲う気にもなれないのだ。

 未だにはジュダルにとって戦士ではないし、魔導士でもない。ただの弱い人間だ。



「ねぇねぇー、髪の毛解いて三つ編みしても良い?」

「うん。良いよ。」



 紅覇はの銀色の髪の三つ編みを解いて、細い三つ編みをたくさん作っていく。はそれにされるがままだ。

 と紅覇は並んでいても遜色がないほど、年齢が似たものに見える。無邪気に二人で遊ぶ様子は、実にお似合いで、通りがかる女官が光景を見れば、二人は仲の良い幼なじみか、無邪気な幼い恋人同士に見えただろう。

 それがどこか不快で、ジュダルは眉を寄せる。

 を外に出すようになってから、心がざわつく瞬間がある。それは決まってが誰かと仲良くしているのを見た時だった。今となっては白瑛とが仲良くしているのも不快だ。



「・・・どうしたんですか?気分が悪そうですよ。」

「気分が悪いんじゃなくて、機嫌が悪ぃんだよ。」



 紅明の心配に、ジュダルはそう返した。

 そう、気分が悪いのではなく、機嫌が悪いのだ。が誰かと楽しそうに笑っているのを見ると、その小さな頭をはたきたい衝動に駆られる。




「何なんだろうな。やっぱりあいつらうぜぇわ。」



 高いきんきんした声で話すから、耳障りなのだとジュダルは結論づけ、を呼び戻そうと口を開いたが、先に聞こえた声に顔を上げる。




「おまえら、何やってるんだ。」




 軍議が終わったのか、やってきた紅炎がのんびりとお茶をしているジュダルと紅明を怪訝そうに見下ろしていた。



「何って、馬鹿どもの監視だよ。」



 ジュダルは少し先で遊んでいると紅覇を指さす。

 紅覇にされたのか、いつの間にか大量の三つ編みを作られ、その上から桃色の花を突き刺されたが、紅炎を不思議そうに見上げていた。

 日頃は白銀の髪を一つの大きな三つ編みにしているが、元々髪の毛の量が多いため、細かい三つ編みを大量生産すると不格好そのものだ。しかもそれに花が刺さっているのも、またどうにも不思議な感じである。



「なんなんだその髪型は、」

「えー可愛いよねぇ〜。」

「解いてやれ。」



 楽しそうな声で言う紅覇に鋭く命じて、紅炎はため息をつく。

 紅覇は兄に言われて大人しくの三つ編みを解くが、柔らかくて癖のつきやすいの髪は癖が残ってうねうねしており、しかも桃色の花びらが絡んでしまっていた。



「仕方ねぇなぁ。」



 ジュダルは見かねて、座り込んでいるを抱き上げ、近くの椅子に座らせると、自分の持っていた櫛での髪をすき始めた。櫛で梳いていけば絡まっている花びらもちゃんと落ちる。



「あー、枝毛あんじゃん!おまえ手入れしないから。」

「んー?枝毛?」

「これだよこれ!」



 ジュダルはに見えるように銀髪の先がたくさんわかれているのを見せる。はぷちっとそれをちぎったかと思うと、じぃっと見て翡翠の瞳を瞬かせた。



「すごいねぇ、いっぱい生えてる。髪の毛増えるね。」

「痛んでるって事だよぉ、それぇ。」



 のんきなの言葉に一応紅覇が枝毛の意味を教えてやる。だがにはあまり理解できなかったらしい。




「えー、いっぱい髪の毛があるのは良いことじゃないかな。はげちゃうのは良くないよ。」




 は斜め上の主張をする。痛んで出来てしまった枝毛とはいえ、髪の毛が増えたなら良いことだと考えているのだろう。



「いたたたた、ジュダル痛いよ。櫛に髪が引っかかってて引っ張ってる!」

「わざと引っ張ってるんだよ。ひとまず、俺が気をつければ良いんだろ。おまえの枝毛を!」




 彼女に言ったところで、どうせ髪のケアなんてしないだろう。最近ではジュダルが彼女の髪を乾かしているくらいだ。要するにジュダルが女官に言うか、風呂に入る時に気をつけての髪を見て、梳いてやるようにすれば良いのだ。

 ジュダルはの髪を綺麗に一本の三つ編みに編み直しながら、自分は彼女に案外甘いのかもしれないと思った。こうして彼女を罵りながらも、彼女の足りないところを補うことがジュダルのまさに日常になりつつある。

 守るなんて事、したことがないからジュダルにはわからない。でも多分彼女は、ジュダルにとっての初めての庇護対象だった。








そのままの君を愛す