が武官のフィルーズとともに白瑛に会ったのは駐屯地だった。



「こっちよ。。」



 絨毯に乗ったに、白瑛が手招きをする。

 ヴァイス王国への行軍が始まるため、弊社の数が兵士の数に追いつかず、所狭しと天幕が多数張られ、兵士が行き交っている。前が訪れた時とは比べものにならないほどの数だったが、兵士たちは前より暗い顔をしておらず、興味の眼差しをに向けている。

 黒髪が多い煌帝国で、の明るい白銀の髪は目立つのだ。しかも足が悪いため移動は絨毯である。ただ、はあまり気にしていないらしく、白銀のお下げを揺らして楽しそうにきょろきょろし、時には兵士たちに話しかけていた。



、気をつけて。あまりあちこちを見て絨毯から落ちてはだめだよ。」



 一応白瑛の手前か、武官のフィルーズはこそっとに注意する。

 彼はがのんびりしていることもよく知っているし、注意力散漫なこともジュダルに聞いて承知の上だ。特にヴァイス王国の国王派の刺客がいる可能性もあるため、なおさら周囲には気をつけていた。ただ日頃は周囲よりも、の行動の方が気になるのだが。



「フィルーズが武官になるなんてびっくりしたよ。」



 は隣を歩く彼に言う。

 確かに彼はの母方の従兄に当たる。最初はヴァイス王国の国王に両親を人質に取られ、ばかりを特別な子供として大切にする両親からのために死ねと言われて育ったため、を恨んでいたこともあり、殺そうとしてやってきたが、ジュダルに返り討ちにされた。

 が彼の憎しみを解いたが、彼はを暗殺しようとし、失敗したとばれればヴァイス王国の国王派からは命を狙われ、を望む議会派からは疎まれる。国に帰ることが出来ない。

 だが、魔導士として優れた才能を持っているため、ジュダルの配慮でジュダルの武官となった。



「うん。行くとこないし。っていうか、君をしばらく見てたらばからしくなったよ。君本当に馬鹿だもん。いや、昔から拍子抜けするような奴だったけどさ。」



 フィルーズはすました顔で言ったが、いろいろと思うところはあるらしい。

 スールマーズ家は元々マギを輩出したこともある魔導士の名門らしく、ジュダル曰くフィルーズは、マギを除けばかなり魔導士の中でも才能のある方なのだそうだ。にはよくわからないが、マギとして魔導士の頂点に立つジュダルが言うならば間違いないのだ

 絨毯に乗っているは、ふよふよと危なっかしく白瑛の後ろを飛んでいたが、彼女は一つの天幕で歩を止めた。



「あ、ひげのおじいさん。」



 そこに立っていたのはひげ面の、それでいて歴戦の英雄といった感じの強面の男だった。彼、李舜外は軍の責任者の一人であり、古参の将軍だ。が金属器の力で兵士を治癒してから、よくの見舞いに来たり、いろいろとを気にかけてくれる。




「お久しぶりでございます。様。」




 舜外は深々と頭を下げて、天幕の入り口の布を押さえる。


「ほら、入って。」



 白瑛がにっこりと笑って中へと入るように促す。



「う、うん。」



 絨毯に乗ったまま中に入ると、そこにあったのは白いたくさんのベッドと、少し体調が悪そうな兵士、そして彼らの傍に立つたくさんの医師だった。



「あ、あれ?」



 が前にここに来た時、もっと薄汚く、衛生的にも良くなく、ただ兵士たちが地べたに横たわっているような状態だった。病気の兵士たちはうち捨てられると噂になっていたため、彼らは絶望し、に故郷の家族に死を知らせてくれとひたすら願っていた。

 今は病の兵も多いが、絶望にうちひしがれることはなく、普通に世話をされている。彼らの目にも希望があった。




「舜外殿と話し合って、医療部隊を編成したのよ。」



 白瑛は誇らしげに言う。



「え、すごい、すごいね。綺麗になったね。」

「もう二度と、病の兵士は捨てられるとの噂が立つことはありますまい。」



 の驚きに、舜外も満足げに頷いて皺だらけの顔で笑った。



 ――――――――――もしも、もしも捨てるんだったら、連れてきてほしいな。わたしが、なおすから



 病気の兵士たちが酷い衛生状態でうち捨てられることに関して、が舜外を責めることはなかった。彼女は神官付きの巫女であり、軍事に関する権限はない。そのため口出しも出来ないと知っていたのだ。だが自分に出来ることをしようという姿勢に、歴戦の英雄だった舜外は自分の過去に立ち戻った。

 舜外はたたき上げで将軍となったため、一兵卒に対する将軍たちの扱いのひどさも目の当たりにしてきた。もしも将軍に登ったならばそれを刷新しようと、誓っていた。

 だが、それを徐々に上の地位に昇ることによって、犠牲はやむなしと、仕方のないことだと目を背け、いつの間にか舜外は兵卒をないがしろにする、かつて自分が嫌った者と同じ存在になりはてていた。目を背けていた理想を思い出させたのは、の言葉だった。

 白瑛も立場は違えど同じで、高位の身分に生まれたため、一度たりとも下々の兵士たちに目を向けたことがなかった。そういう意味ではは白瑛に新たな視点を与えた。



様、覚えていらっしゃいますか?」



 一人の、白い服を着た兵士が、に歩み寄り一礼をしてから尋ねる。



「えっと、だ、誰だった、かな。」




 は困ったように小首を傾げた。彼も少し困惑したようだったが、気を取り直すように互いにへらっと笑う。



「俺、竜隔夕と申します。貴方にあの黒い魔法の中で助けてもらった兵士です。」



 ヴァイス王国の魔導士がを狙って駐屯地を襲った時、巻き込まれて極大魔法を被ってしまった兵士を、が治したのだ。



「え、あ、あぁ、」




 もジュダルから、兵士たちは無事だったと聞いたが、その後は三日ほど昏睡状態だったたし、回復した後も基本的に金城から出なかったため、目覚めた後も兵士たちがどうなったのか直接見る機会はなかった。



「現在は医療を学んでおります。今回の行軍にも参加する予定です。まだお役に立てるところは少ないですが、」



 隔夕は恥ずかしそうに言う。だがその目はきらきらと輝いていた。



、貴方は力を使うと体に負担がかかるようだから、出来ることは皆がんばらないといけないと話していたのよ。」



 白瑛は力を使うとのお腹がすくことも、この間の一件で体調が悪くなり、昏睡状態になるほど、躰に負担がかかったことも、理解している。の力はまだわからないことが多く、力も使いすぎれば命に関わるかもしれない。

 魔法は諸刃の刃だ。魔力は使いすぎれば命に関わる。だからこそ、白瑛たちも自分で彼女に頼らず出来ることはがんばらねばならない。



「私たちもお役に立てるようにがんばります。」

「俺もっす。がんばりますよ!様をお守りします!ヴァイス王国も救って見せますよ!」



 が助けた兵士や病人たちが、こぞってに言う。明るい彼らの目には、前に見たような絶望は見えない。

 ふわりと金色のルフが舞う。それがたくさんの流れとなって駐屯地を包んでいる。それはの隣にいる白瑛にも見えていた。これはとても温かい、を愛してくれる、優しい光だ。きらきらと輝いている。



「あぁ、だから、」



 はその一つを手にとって、小さく頷く。

 そうだ、多分、が白瑛に惹かれるのはこの金色のルフだ。彼女といると安心できるのは彼女がまっすぐで、強いルフを持っているからだ。華に引き寄せられる蝶々のように。

 でも、は同じようにジュダルに、そしてあの黒いルフにひかれる。白瑛に惹かれているのとは全く違う意味で。まるで水場から離れられないオタマジャクシのようだ。自分がジュダルの傍以外で生きていけないような気すらする。

 それが怖い。でも、それで良いような気もするから、恐ろしい。



、大丈夫?」



 白瑛が黙り込んでしまったに、尋ねる。



「う、うん。大丈夫だよ。すごいなって。」



 前駐屯地に来た時、多くの兵士たちが黒いルフを持ち、悲壮な雰囲気があたりに満ちていた。でも今は決然としたまっすぐな雰囲気がこの駐屯地を包んでいる。それは間違いなく、白瑛の纏う空気と同じで、彼女が作り出したものだ。

 白瑛はジュダルが選んだ王だと言うが、まさにふさわしいと思う。



「何かあればいつでも言うのよ。貴方は私の友達なのだから。」



 白い手がに伸ばされる。



「うん。」




 その手を取って、は彼女に笑い返した。その手に感じた温もりは、魂に刻まれたずっと昔の記憶と同じだった。






人は輝く