「痛い痛いって泣くからイかせてやったってのに、なんで大泣きされなきゃなんねぇんだよ。」




 ジュダルはむっとした顔でむしゃくしゃしながらその辺にあった紙切れを丸める。



「それを俺の執務室で言うか?」



 紅炎は呆れたように向かい側の椅子に座って仕事の邪魔をしてくるジュダルにため息をついた。紅炎の弟の紅明は聞かなかったことにしたいのか、ぎくしゃくしながらも書類を近くの机で振り分けている。

 最近ジュダルが少女を囲いだしたのは、紅炎も知っている。銀髪碧眼の北方系の容姿の少女で、紅炎の思案に間違いがなければ、10年前に一度会った要人の娘だと思う。だが芸妓として宮廷に買われており、そこをジュダルに見初められ、現在はジュダルのお気に入りとなっていた。

 ジュダルも年頃。神官とは言え彼はマギで、お気に入りの女の一人や二人が出来るのにおかしくない年齢になった。

 とはいえやはり愛妾のようなものを持つにはまだ若すぎるのか、気遣いなどは皆無のようで、しかも不慣れな女を相手にするのも初めてのようだった。なのに囲った少女はどう見てもジュダルと同じ年頃、経験がありそうなタイプではない。



「初めてだったんだろ?そういうことは教えてやらないと、」



 知りたくもないし、聞きたくもなかったが、ジュダルの話では彼女はジュダルが初めてだったらしい。しかも辺境の村出身で、売春宿に買われても竪琴の腕故にただの芸妓として生活していただけで、性生活に明るいとは思えない。

 彼女に特定の女官もついていないのだから、そういうことはジュダルが教えてやるべきだが、そこまで若いジュダルは気が回らないらしい。




「でもさ、普通にイったら気持ち良いだろ?なんだよ怖いって。ちゃんとイってたぜ?しかも後から大泣きするほどの事かよ。」



 ジュダルはぶつくさと愚痴を吐く。

 商売女ばかり相手にしてきたジュダルにとって、の“怖い”という気持ちはあまり伝わらない物だったようだ。特に男だから、イく=気持ちよいという固定観念があるのだろう。

 紅炎から見ても、ジュダルは典型的な快楽主義者だ。欲求に忠実だからこそ、戦闘狂になどなれる。彼からしてみれば性行も気持ちよければすべてよしという奴なのだろう。ただそれを最初は“怖い”と感じてしかるべきなのではないかと紅炎は思う。



「挙げ句今までちっとも俺のことびびらなかったのに、寝台に上がるのすら嫌がるんだぜ。」



 無理矢理抱いてもは痛みに震えたりはしたが、日中にジュダルを恐れる風は今までなかった。だというのに、イかせてからは何かと理由をつけて寝台でともに眠るのを嫌がるようになった。イかされるのが怖いらしい。日中もあまりジュダルと顔を合わせたくないようで、隠れる。

 夜はカウチで寝ると言ってみたりといろいろわがままを言うのでうざかった。




「痛い痛いって泣くから可愛そうに思ってイかせてやったってのにさぁ、酷くね?」

「・・・」



 おまえの方が十分酷い、と言ってやりたいところだったが、紅炎はそれすらもあほらしくて黙る。紅明など隣で百面相だ。聞いていないふりをしてみたり、赤面したり、ジュダルに囲われた哀れな少女を思って青くなったりと忙しい。



「だいたいさ、なんで逃げまくるんだよ。それとこれとは話が別だろ?」



 ジュダルもぐちぐちと言っているが、結局の所避けられ、逃げられているのが気にくわないようだ。大泣きされたことにも随分と狼狽えているらしい。

 少女は今まで従順で何をしてもジュダルを怖がることも、逃げ出すこともなかったから、その予想できなかった変化にジュダルの方が戸惑っている。だからこんなところで紅炎に愚痴っているのだ。彼がわざわざ紅炎の所に雑談に来るのは珍しい。だが、多分それは紅炎が年上で、男女のことをよく知っているとふんだからだ。



「年頃の女は、難しいからな。」




 紅炎は当たり障りのない適当な答えを返すことにした。この年になれば男と女の痴話げんかがどれほどに無意味な物かわかる。そしてむやみやたらに首を突っ込んで良いことはない。


「あー、本当にうっぜぇなぁ。」



 ジュダルは苛々をぶつけるように言葉を吐き出す。

 なんだかんだ言って、彼はやはりその少女にご執心らしい。女官たちの噂通り、良くも悪くもかわいがっているのだ。数週間も飽きもせず夜をともにしているのが良い証拠で、痛いと泣く彼女を可愛そうに思ってイかせてやろうかと思う程度には、良い関係なのだ。

 それが彼女にとって良いのかはわからないし、気まぐれ傍若無人若くて何もわかっていないジュダルに囲われることが幸せなのかも疑問だが、少なくともジュダルはその少女のことが好きなのかもしれない。ジュダル自身が気づいているかどうかも謎だが。

 仏心を出す程度には、可愛いのだろう。




「まぁ、いつも怖がられるのがうっとうしいと思うなら、先にするかしないか言っておいたらどうだ。そしたらあちらもしないと言われた日は安心できるだろう。」



 紅炎は年上らしく妥当なアドバイスを与える。

 怖いというのは、いつ何をされるかわからないから怯えるのだ。最初からいつするか、しないのか教えてやれば、しない時に怯えることはなくなるだろう。もちろんすると言われた日は彼女にとって死刑宣告のような心地がするだろうが。



「それもそうか。なるほどなー。」



 ジュダルは深いこだわりもなく、あっさりとその案に乗る。



「さすが無駄に年とってねぇな。」

「まぁな。」



 そんなことで褒められてもちっとも嬉しくない。むしろ他人の夜の事情を聞かされる方が非常に苦痛だと紅炎は返したかったが、そこは心得た大人だ。黙る。



「それにしてもおまえ、その女を随分気に入ってるんだな。」



 紅炎は机に頬杖をついてジュダルを見る。ジュダルは緋色の瞳を瞬いて、隠すこともなくにっと笑った。



「あいつは良いぜー。声も良い、体も良い、能力も良い。すっげぇ馬鹿だし大食いだけど、言うとこねぇな。」



 何の躊躇いもなく、いっそすがすがしいほど彼はあっさりと言い切る。それが彼の美徳であり、子供っぽさの表層でもあった。



「よくわかんねぇけど、ババァが気に入ってるから、取り上げる気もなさそうだしな。」



 ジュダルは目を細める。

 それは今まで自分が作った大切なものを戯れに与えられ、取り上げられてきたからこその視点だ。皇后の玉艶は何故かに関しては目をかけており、ジュダルの庇護下での穏やかな生活を完全に手助けしている。その方針が変わることは彼女が死を迎えるまでなさそうだった。

 それが何故かは、どうでも良い。どちらにしてもジュダルはを囲い、彼女を自分の庇護下に置いておくことが許されているのだ。



「・・・」




 紅炎は僅かに目を見張り、ジュダルの話に自分の思考を巡らせる。

 皇后のへの判断は、自動的にが争いごとに巻き込まれて引っ張り出される何かを、皇后が恐れていることを示している。しかも皇族ではなく、をジュダルに与えた。マギとしてのジュダルの庇護下で隠さなければならない何かが。



「・・・ただ、謝った方が良いんじゃないか。」



 紅炎はふと一番すべき選択をジュダルに提示する。どう考えても彼女の意に沿わないことを強いた彼が悪い。だがジュダルにその当たり前の理論は通じなかったらしい。



「え?なんで?」

「は?」

「だーかーら、あいつがぐちゃぐちゃ言うから考えてやったってのに、何が悪かったんだ?」



 心底不思議そうにジュダルは尋ねる。

 まさに悪気がないのが一番始末に負えないというパターンの一例の気がして、紅炎はもう黙ることにすると同時に、これからも被害を受け続けるであろう少女に心底同情した。





神官様の枕事情