ぇ、なぁに?その歯形。」




 紅覇がの首筋を指さして、不思議そうに言う。



「・・・」



 大人である紅炎や白瑛、とジュダルの武官であるフィルーズは昨晩ジュダルとが何をしていたか十分理解できたため黙り込んだが、まだ13歳で無邪気な紅覇はあっさりと尋ねる。



「ジュダルに噛まれたんだよ。」



 は至極あっさりと紅覇に答える。

 言い訳すらも全くしない彼女に全員が目を剥いたが、の脳内では噛まれたという事実と、それが情事を示す物で、他人に知られると恥ずかしいことだというのがわからないらしい。



「えーひっどぉー!ジュダル君、酷い!」



 幼い紅覇は当然そんなことに気づきもせず、大きな声で叫ぶ。



「うっせぇなぁ、そういうこともあんだよ。おまえも大人になったらわかる!」



 ジュダルはうるさい紅覇の抗議に冷たく適当に返した。彼の耳が少し赤いことにもは気づかない。



「流石にさ、痕つくところはやめときなよ。」




 フィルーズはすました顔でジュダルに注意する。



「うるせぇ!おまえ、俺らの武官だろ!?黙れよ。」

「一応ね。でも主席魔導士の従兄だしね。」

「おまえ都合の良いとこだけそこを使うなよ!」



 フィルーズは確かに今は煌帝国での任官上ではジュダルの武官だが、の従兄でもある。元の家も魔導士の名門として有名なスールマーズ家だ。武官となった今でもそれは変わっておらず、比較的高い身分を保持している。

 そのため公の場はともかく、私的な場ではジュダルに忠言することも厭わなかった。



「それにしても、退屈だよねぇ、、ゲームやろぉ」



 紅覇はトランプを絨毯の上に広げる。

 この馬車に乗っているのは皇族だけで、このまま近くの夜になって天幕が張れるまで移動するという。そのため白瑛、紅炎、紅覇とともに神官であるジュダル、、二人の従者のフィルーズと、白瑛の従者の青舜が同行していた。

 人が多いため、ジュダルと、フィルーズ、そして紅覇はしかれた絨毯の上に座り、他の面々はそれぞれ仕事をしたり、書き物をしている。



「あ、フィルーズもやろうよぉ。人が多い方が良いしねぇ。」

「え、僕もやるの。」

「おい、紅覇、と俺で一チームな。こいつぜってールールわかってねぇ。」

馬鹿だもんね。仕方ないなぁ。そういえばってぇ、魔法使えるようになったの?」



 紅覇はトランプを配りながら尋ねる。



「うん。この間兵士さんたちを治してからはだいたい出来るようになったよ。」



 はトランプを集めながら頷いた。

 前までジュダルが呆れるほど魔法の使えなかっただが、今はだいたいジュダルが教えた物は使えるようになっている。金属器は未だに治癒に使える程度だが、魔導士としては少しは力をふるえるだろう。

 それに文章を読むのは苦手だが、命令式など、数学的なことを理解するのはの特技だ。



「君さ、一度マグノシュタットに行って勉強した方が良いんじゃないの?」



 フィルーズは自分の手札を確認しながら、に言う。



「まぐと?何それ。」



 は首を傾げた。



「何じゃなくて、どこ、だよ。。魔導士だけの国があり、魔法を学ぶ学校がある。君の母親であるマフシード様もそこで学ばれていたし、僕も、スールマーズ家の面々はだいたいそうだよ。」



 フィルーズはにわかりやすい説明をした。

 何を隠そうフィルーズ自体もマグノシュタットの魔法学校で学んでいた。歴代大体スールマーズ家の人間はそうで、の母親も同じだ。そしておそらく魔導士としての力があったならも、例外なくマグノシュタットに適齢期になれば行って、勉強したことだろう。

 ジュダルはそれが面白くないのか舌打ちをする。




「おまえ勝手ににいらねぇこと教えんなよ。」

「いらないことじゃないよ。もう少し世界や国家についてもは知っておくべきだ。」



 字を読むなどの教育はも受けてきているが、なにぶん寒村にいたので世界のことには疎い。ジュダルは魔法などのことに関してはに教えたようだが、彼女が外の世界を知る方面への教育はあまりする気がないらしい。

 それはが外の世界を知ることによって、離れていくかもしれないと感じているからだ。



「自信のない男だね。」

「あぁ?!何が言いたいんだよ、おまえ、」

「まぁ若いって言うことかな。」



 フィルーズはその一言でジュダルの行動を片付けた。

 彼は若いから自分のやっていることをよくわかっていないし、考えてもいない。もしかすると自分が不快に思っている理由も理解していないかもしれない。

 だがまぁそれも若いからだとフィルーズは納得する。



「ふぅん。いろいろな国があるんだね。」



 ジュダルの心配をよそに、は別に興味をひかれなかったのか、拍子抜けするほどさらりとそう答えて自分の手札を眺める。だがルールはやはりよくわかっていないらしい。手は完全に止まっていた。



ってさぁ、興味のないことに冷淡だよねぇ。」



 紅覇はカードを出しながら軽く首を傾げる。



「え、そうかな。」

「そうだよ。なんか知る気もないって言うか、とりつく島もないって感じぃ?」



 あっさりと切り捨て、振り返ることもない。単純で明快。彼女の性格はいつでもそうだ。そういう点でははっきりしている。そのくせに、正否という点での自分の意見がにはなく、ふわふわと揺れるように生きている。

 いつも穏やかで優しいに少し不釣り合いなところだと紅覇はいつも感じていた。



ってあんまり意見ないじゃん。何でも良いって感じ。でも、怖い事への拒絶と冷淡さは別人みたいなんだよねぇ。」




 ふわふわと浮くように、流れるように生きている。だからこそジュダルの寵姫などになって生きているのだ。それからも別にどこかへ移動することも不安もなく、流れるままに流されている。その中で彼女が抱く絶対的な強い感情は不自然だ。



「別、人?」

「そ。まぁ〜どうでも良いんだけどぉ。」




 幼い紅覇にとっては楽しい遊び相手、それ以上でも以下でもない。どうだって良いことなのだが。



ってぇ。何したいとかないから、つまんないんだよぉ。」



 にはあまり意志がない。欲がない。流れるままに流れている。こうしてゲームをしていても勝ちたいとか、負けたいとかそう言った感情すらもない。あるのは痛いのは嫌だったりそういう、肉体的な苦痛を避ける程度の物だ。



「でもぉ、はジュダル君といたいってとこだけはぁ、はっきりしてるんだよねぇ。」


 別人のような怖いものへの拒絶ではなく、の中にジュダルといたいと言う意志だけは存在する。それにも紅覇はちゃんと気づいていた。それ以外には執着していないけれど、そこだけは人間らしい。



「だって安心するもの。」



 何故安心するのかの理由を、はまだ見つけられない。でもそれだけはわかっている。ジュダルの傍は一番安心する。それが例え、仕組まれた運命だったとしても。

 ジュダルは隣に座っているのつむじを見下ろしながら、少しだけ心が温かくなるのを感じ、眉を寄せる。その感情が優しいものであったとしても自分が感じたこともないものだったから、戸惑いが大きい。

 だがの声がジュダルを現実に引き戻す。



「で、これってどうするんだっけ。」

「同じ数字のカードだすんだよ。」 



 ジュダルは横からの手札に手を伸ばし、同じ数字のカードを取って放り出した。



「あ、なるほど。これとか?」

「そうそ。それそれ。」




 はジュダルの指示に従ってそろっているカードを順番に出していく。紅覇は絨毯の上に寝転がり、足をぱたぱたさせながらカードを見た。



「ばば抜きって言ってな、ジョーカーを最後に持ってた奴が負けなんだよ。」

「でもわたしジョーカー持ってるよ?」

「ばっ、おまえそれを言ったらだめだろ〜!」



 ジュダルはを怒鳴りつけたが、は丸い翡翠の瞳でジュダルを見上げるだけだ。彼女は何もわかっていない。自分だけ焦るのがばからしくなって、ジュダルはため息をついた。




「馬鹿だなあ、おまえ。」

「馬鹿じゃないよ。最初に言ってくれたら言わなかったよ。もう負けなの?」

「それを紅覇かフィルーズにとってもらえたらセーフだな。」

「これとって、」

「言ったらとらねぇだろ!馬鹿!」



 ジュダルが突っ込むが、はよくわかっていないのか首を傾げるだけで、とってもらおうと持っていたジョーカーを手札の中に入れた。




「ジュダルの言っていることはよくわからないよ。」

「おまえの考えてることの方がよくわかんねぇよ。」



 ジュダルはため息をつきながらも、の様子に小さく笑った。








垣間見