ヴァイス王国議会派が支配する商業都市タラーイェフに煌帝国軍が入る頃には、薄くだが雪が降り始めていた。
「さむいよぅ。」
は毛布の中に顔を突っ込む。
「おい、ん、…ごそごそ動くんじゃ、ねぇよ…」
少しが身動きするだけで毛布の中に冷たい風が入ってきて寒いのだ。間髪入れずにジュダルの不機嫌そうな声が飛んできて、ぎゅっと躰を抱きかかえられる。ヴァイス王国は煌帝国の北にあり、寒すぎて最近は身を寄せ合って眠ることが常になっていた。
しかもお互い煌帝国にいた時の癖で、薄着で眠る傾向にあるのでなおさらだ。ひっついていないと寒い。
「ジュダル!!!そろそろ起きないと、議長のイマーン様に会いに行くんだろう!?」
表からジュダルとの武官であり、の従兄弟であるフィルーズがドアを叩く音がしている。
比較的紙と木材で家が作られている煌帝国と異なり、ヴァイス王国の建物は煉瓦と石で作られている。そのためフィルーズの声は酷く遠かった。ただしあまり無視すると、最近同じく武官になったファナリスのアルスランに扉をたたき割られる可能性がある。
彼は驚くほどの怪力の持ち主だった。ただしファナリスとしては当然らしい。
「…はーい」
は不満そうに小さくそう言って、フィルーズの入室を許す。ジュダルは毛布の中から動かない。それはも一緒だ。頭すら毛布に突っ込んだままの二人を完全に無視して、フィルーズは部屋に入ってくるとせっせと暖炉に薪を入れ、魔法で火をつける。
徐々に部屋が暖められてから、やっととジュダルは毛布から出た。
「ねみーな。」
ジュダルは欠伸混じりに言いながらも足が悪いを抱き上げ、椅子に座らせる。そして向かい側に自分の腰を下ろした。間髪入れずににフィルーズが青色のショールを持ってくる。
女官に頼んで適当な服を着せてもらい、ジュダルはとともに隣の部屋に向かった。
「おまえら、もう昼だぞ。」
隣の部屋にいた紅炎は心底呆れた顔で言う。
彼は部屋に書物を積み上げ、仕事をしていた。傍には先日ジュダルが助けた奴隷の少年少女がいる。彼らはとジュダルを見るとすぐに頭を下げてきた。はジュダルの腕の中から、小さく手を振り返す。
「おっそいよぉー、ジュダルくーん、。」
紅覇はぶんぶんとジュダルとに手を振って、近くのカウチに座るように促す。ジュダルはを抱きかかえて、広めのカウチに彼女を下ろし、その隣に座った。
すかさず女官がジュダルとに毛皮を持ってくる。
「マジでさみぃわ。」
朝、暖房を入れないと起きる気になれないし、外に出るためには毛皮付きコートが必要だ。ひとまず木谷あるヴァイス王国は寒かった。
もヴァイス王国の辺境の村で育ったわけだが、辺境の村では秋に食料をため込み、冬眠していたため、冬はほとんど外に出ないのが普通だったそうだ。彼女は足が悪かったため外に出ることはほとんどなく雪国育ちのくせに、ジュダル以上に寒がりで、出かけない時は暖炉の前から離れない。
この間も暖炉の近くに行こうとしてカウチから落ちていた。
ジュダルとが席に着くと、女官たちがふたりに食事を持ってくる。昼過ぎであるが、二人とも朝ご飯を食べていないため、運ばれたのは本格的な食事だ。
寒いことからスープなど暖がとれるような食事が用意されている。
「煌帝国にいる時は別にあったかいものなんて食いたかなかったけど、ここではうまい気がするぜ。寒すぎるんだよな。」
「でもご飯は美味しいよね。」
は寒いため、ショールを引き寄せながら、テーブルに並べられたたくさんの食事の中からチーズをまっさきに手に取る。
ヴァイス王国では広く小麦で焼かれたパンと、チーズ、そして肉の保存食であるソーセージが一般的に食されている。あとは馬鈴薯と言われる芋だ。煌帝国では市場でしか売られていないそれをは好んでいた。
それに対してパンもチーズもたまにならば良いが、あまり得意でないのがジュダルだ。
「…俺は好きじゃねぇけどな。」
ジュダルは眉を寄せて、ため息をつく。
正直ヴァイス王国は煌帝国ほど食物が豊かではない。種類も少なく、特に寒いせいか果物があまり育たない。ましてやジュダルの好きな桃など、ちっとも採れなかった。も桃を好んでいるが、それは多分ヴァイス王国では食べたことがない柔らかな果肉を好んでのことだったのだろう。
の食いしん坊も、ヴァイス王国の辺境で育って珍しい食べ物を食べたことがなかったから、煌帝国の宮廷の食事が楽しかったのだと思えば、なんだか許せる気がした。
「俺は別に問題ない。」
「僕も好きだよぉ〜、美容にも良いらしいしね!」
紅炎と紅覇は比較的ヴァイス王国の料理を好ましく思っているらしい。特に紅炎は文化の一部として考え、興味があるようだった。
「びよー?」
「って可愛いくせにちぃっとも女らしくないよねぇ〜だいたい、」
よくわかっていないを見て、紅覇は腰に手を当てて自分の美容理論を語り出す。は首を傾げていたが、大人しく聞いていた。ただし聞いているだけで内容など全くわかっていないだろう。
彼女はそういう女だ。聞いているように見えて、他人の話の興味のないところは全く聞いていない。
はジュダルより二つ年上だと言うが容姿はせいぜい14.5歳。年下の紅覇とあまり見た目は変わらない。しかものんびり浮き世離れした感じがよく似ているのだ。
このコンビがジュダルは嫌いだった。話の内容もうざくて苛々するのだが、一緒にいるのを見ていても苛々する。
ちゃくちゃ話す二人を頬杖をついて見守っていると、衛兵に連れられた白瑛が部屋に入ってきた。
「どーだったのぉ?」
紅覇が顔を上げ、気楽に尋ねる。
「…えぇ、平野に軍隊が集まっているそうです。」
白瑛は険しい表情で頷いた。
先日から白瑛はこの商業都市タラーイェフから部下たちとともに偵察に出ていた。首都ゾフルフまでは20キロとそう遠くはない。だがその中ほどの平野をめがけて、徐々に国王派の軍隊が動いているようだった。
またゾフルフから数キロ程の所に首都を守る結界が張られており、平野で戦ったとしても、その後の結界を破ることと、首都制圧にも備えなければならない。
白瑛の傍にいた神官たちが、ジュダルに耳打ちする。それを聞いてジュダルは眉を寄せた。
「人を犠牲にした、結界か。簡単には破れねぇな。」
結界の質を知るために、白瑛の偵察には神官たちも随行していた。
煌帝国においては神官のほとんどが魔導士で、結界などの扱いに関しては魔導士に任される。マギであるジュダルは大方の魔法に関することはいかようにでもできるが、人柱まで立てた結界の破壊は時間がかかり、ジュダル自身の身の危険もあるため、面倒だ。
生憎白瑛と紅炎の金属器はピンポイントでの破壊に向いていない。紅覇ならば可能かも知れないが、それ以外だと極大魔法を使うことになり、どちらにしても時間がかかるだろう。
「話し合いは、出来ないのかな。」
は少し考えて、紅炎に尋ねる。
「おいおいおい、おまえ脅されたんだぞ?その上、話し合いって軍隊でにらみ合って話し合いかよ。」
もうすでにこの商業都市には議会派と煌帝国の軍隊がああつまり、国王派も首都のゾフルフで戦争の準備をしている。しかももう会戦は平野で行われるだろうと推測出来る所まで来ているというのに、話し合いなど狂気の沙汰だ。
「でも、戦争になると人がたくさん死ぬんでしょう?軍隊が後ろにいたら、何も出来ないだろうし、普通にその王様と、お話し合いできないかな。」
はフォークで自分の皿の上にあるプチトマトをつつく。
「ほら、紅炎おじさん強面だし、出来ないかなぁ。」
「…強面かどうかでことは決まらんぞ。」
紅炎は書類の整理をしていたが、ため息をついてそれを近くに置き、の方を振り返る。だが紅炎は彼女のその馬鹿な意見を、切り捨てることはしなかった。
会談の模索