紅炎が調べる限り、国王であるヴィルヘルムは随分と狡猾な人間であるようだった。

 先代の国王の許可を得て10年前にの母であり、司法を司る首席魔導士マフシード・スールマーズを殺害。彼女を支持していたファナリスの反乱で先代の国王は殺されたが、公には次期首席魔導士であったはずの娘、も殺害し、司法権を確保した。

 また議会を押さえるために議員たちの家族を捕らえ、王宮に監禁し、時には処刑することで議員の一部を強制的に押さえ、立法を司る議会の力をそぐとともに、恐怖政治を強いていた。

 10数年前まで、司法を主席魔導士が、立法を議長と議会が、そして行政を国王がとりしきるという、世界で最も進んだ制度を持っていたヴァイス王国は、現在は国王を中心とした独裁政権となり、恐怖で人を抑えつける国家になっていた。

 税金の取り立てや、反対派の粛正なども行われたことによって、要人の多くは隣の煌帝国に逃亡したり、辺境に隠れ、貧しい生活を強いられた。

 そんな時に入ってきた、次期首席魔導士であるの生存は、今まで不満をため込んでいた議会と国民に大きな希望を与えた。を頂くのが煌帝国であることは警戒されたが、自分が殺される可能性のある恐怖政治より、次の可能性に皆が賭けているのだ。

 そして煌帝国軍とともに実際やってきたの下々の者に見せる穏やかさと優しさは、国民に満足感と安心感を与えた。

 期待とともに、多くの者を殺し、圧政を敷いてきた国王への憎しみは募る。



「話し合いか。」



 紅炎は頬杖をついて、高く積み上げられた書類を見据える。



「兄王様、本気で話し合いでもなさるおつもりですか?」



 紅覇がかしこまった口調で紅炎に尋ねる。カウチに座っていたジュダルも僅かに目を見張る。

 はというと、お腹がいっぱいになり、暖炉の前で温かくて気持ちよくなったのか、すやすやとジュダルにもたれて眠っていた。



「え?本当に会談をなさるつもりなのですか?」



 白瑛も驚きのあまり声を上げる。



「言っとっけど、こいつの話は基本的に夢物語だぜ。」

「そんなことは言われなくてもわかっている。誰が見てもそのガキは馬鹿だ。」



 ジュダルの忠告に、紅炎はため息をついて返した。

 の言うことは夢物語だ。話し合ったところで、国王をよく知る議会派が圧政に黙らざるを得なかったほどの、残酷な行動も出来る男だ。の従兄で、国情をよく知るフィルーズもまた、話し合いなどこちらが失うところはあれど、得るものはないと考えていた。

 国王はを脅すために先日も彼女の養父の指を送り、おまえもこうなるぞと言外に示した。もしジュダルがルフを見る目を持たず、養父が既に死んでいることがわからなければ、馬鹿な彼女は脅しに乗っていたかも知れない。

 狡猾で、そうして国民や議員たちを脅し、服従させてきたのだろう。脅しに乗った人間は議会派の中にもいる可能性が高いため、議長であるイマーンも紅炎に注意を促していた。

 の優しい性格を、よく知っているからだ。

 しかしながら、養父が殺されたとわかっても、はあまり取り乱さなかった。少なくとも指を持って来たババクの前では完全に冷静さを保っていたし、また、その質問は怒りにかられてのものではなく、ババク自身の責任を呼び覚ますものだった。

 はのんびりしているし、あまり賢くない。しかし短気とはほど遠く、感情的な行動は少ない。突飛出た行動も、紅炎たちにとっては驚くべきことだが、彼女なりの考えによるもので、理論的ではないにしろ、短絡的感情から来るものではない。




「俺はな、に対して色々と不思議に思うところがある。」




 紅炎はじっと目の前にある書物を見つめる。




「こいつは間違いなく魔導士としての力を持っているのに、金属器を二つ保持している。」




 は馬鹿すぎて何を聞いてもろくでもない答えしか返ってこない。だから皆諦めるが、それを抜きに考えてみれば、はいろいろな情報と新たな視点を紅炎に与える。




「そもそも何故魔導士は金属器が持てないんだ。それは自然の摂理なのか?それとも、誰かが定めたのか。どちらにしても、こいつはそれから外れた場所にいると考えるのが自然だ。」




 魔導士は金属器と相性が悪いため、使用することが出来ない。だが、は金属器と魔導士の力、その両方を保持している。保持できる、ということだ。それはが世界の理から、何らかの形で外れていることを示している。



「ジュダル、おまえの方がそれに納得できるんじゃないのか?」



 紅炎はジュダルに目を向ける。ジュダルは軽く目を見開いたまま、自分の膝で眠っているを眺めた。

 の従兄弟・フィルーズの話が正しければ、は魔導士の力はなく、ただの人間だったのだという。だが昔から特別視されており、実際に数歳で金属器を持って帰ってきた。しかし、その迷宮を超えたのは一度だけ。

 マギのように周囲からルフを得る力もなかったという。また、僅かな魔法すらも使えなかった。

 それが一体何を指し示すのか、自身の記憶もないため、パズルのピースが少なく過ぎて、理論的に考えたとしても無理がある。




「…俺にんなこと関係ねぇよ。」




 ジュダルはそう返し、眠っているの髪を撫でる。

 の力なんて今となってはどうでも良い。ジュダルにとって何故かはわからないが、はあくまで自分の側に置くための存在だ。確かにの事を知りたいと思うが、それはに対する興味であって、能力への興味ではなくなっていた。




「そうか。どちらにしても、こいつ迷宮を超えたのなら、何らかの王としての資質があるんだろう。」




 紅炎は自分の髭を撫でながら、にやりと笑う。ぎらぎら光る緋色の瞳は心底に対する興味を示していた。




「俺は見極めたいのさ。王の資質とは何なのか。」




 は紅炎が見たことのないタイプだ。

 人を率いるカリスマ性はない。なにか優れた一点があるわけでもない。は自分を飾ることを知らないし、よく見せようと虚勢を張ることもない。紅炎ですらも臣下のために、部下に対する自分の見せ方を考えるが、にはそういったことはない。等身大だ。

 しかし、は人を集める。そのままの自分で。それがの才能だ。そしてそれこそが王の資格だというのなら、は人とは違う王の資格で、人とは違う答えを見つけるはずだ。




「…でもさぁ、に王の資格とか言われてもねぇ〜、特殊なところとか、ただの大食漢だしぃ?」




 紅覇はいつもの軽い調子で手を天に向けて首を傾げて見せる。

 紅覇とは仲も良く、そこそこよく話す。話は噛みあっていないが、紅覇にとってそんなことはどうでも良いし、彼女が聞いている必要性もないと思っている。が理解していないこともわかっている。

 彼女はカウチからよく落ちるし、食べ物にしか興味がないし、脳天気でとろい。そんな彼女しか見ていないので、「王の資格」などと言われても、なにもぴんとこない。




「まぁ、期待してるわけじゃないからな。俺も同席する。紅覇、白瑛、おまえらも来い。」




 紅炎は確かにの王の資格に興味はあるが、過度な期待をしているわけではなかった。

 仮にが失敗したとしても、別に良い。が望むのならば戦場で、国王と会う機会をやる。それでが違う答えを見つけたとしても、紅炎と同じ戦うという結論を見つけるのでも、どちらでも良い。




「私はには人にはない力があると思いますよ。」




 白瑛は苦笑しながら、眠っているに目を向ける。




「まぁ、私は彼女の友ですから、ひいき目はあるでしょうが。」




 付け足された言葉に、小さく紅覇が吹き出した。




「あははは、確かにぃ〜、僕もは結構好きだよぉ。面白いしねぇ−。」




 紅覇はカウチの背もたれの方からのぞき込んで手を伸ばし、眠っているの緩い三つ編みを解き、小さな三つ編みを作っていく。




「…そいつの何が良いんだ?」




 紅炎はいつもの渋面で、理解できなさそうに目を細めながら弟妹とジュダルに尋ねる。

 正直は友人が多いというのか、ひとまず周りに必ず人がいる。足が悪いからと言うのもあるが、なにかと白瑛や紅覇も構いに言っているし、ジュダルはとろいを心の底から気に入っているようだった。

 しかし、何故なのだろう。




「なぁんだろーねぇー?見た目とこの馬鹿さが和むのかなぁ〜?」

「雰囲気ですかね。空気がのんびり流れている気がします。」

「こいつ見てたら、俺がすっげー出来る奴な気がするしな。あとは顔と躰?」




 三者三様、全然当てにならない主観入りまくりの意見は、紅炎の疑問を満たすものでは到底なかった。