闇があたりを支配する。ゆらゆらと煉瓦の壁に松明が揺れる。うっすらと開いた視界には涙で幕が掛かっていて、揺れる赤い光しか見えない。



「んん、…う」



 僅かに躰を動かせば、自分の中にある楔がぐずぐずに溶けた中を強く押し上げる。苦しさのあまり大きく息を吐き、重ねられた手をぎゅっと握れば、強く握り返された。



「っ、おら、ちょっと力、抜けっ、」

「だっ、やっ、動っ…いちゃ、」

っ、」



 耳元を熱い吐息がかすめる。身を捩ればまた苦しくなるから、逃れるように首を横に振れば、諫めるように頬に口づけられた。




「こっち、ちゃんと見ろ、」



 ジュダルが楽しそうに笑っている気がして彼の方に目を向けると、やはり唇をつり上げていた。その唇が下りてきて、そっと重ねられる。ぽたっと彼の方から落ちてきた汗が躰を滑って、その感触にすら勝手に躰が震える。



「痛いのか?」



 ジュダルは眉根を寄せているを心配し、頬を撫でながら、尋ねてくる。は彼の言葉に首を横に振った。

 もう、慣らしてもらえば痛くはない。

 は辺境の村で育ったため恋愛に関することを何もわからず、恋も知らぬままに、遊郭に売られ、幼い容姿故に春を売ることはなかったが、春を売る仕事をしている女郎たちを見てきた。



 ――――――――普通に恋してみたかったねぇ



 そう言ったのはの持つ治癒能力と竪琴の腕を楼主に売り込み、春を売らずにすむ宮廷の芸妓として推挙させた同じ部屋の姐さんだった。面倒見の良い人で、宮廷に登ってジュダルに買われた後、一度贈り物をしたことがある。

 何を贈れば良いかわからなかったため、女官に選ばせると、随分と値の張る衣を選んだらしく、文とともに返されてしまった。それからは受け取ってもらえるように、果物などすぐに腐りそうな、受け取らざる得ないものを、季節に応じて贈らせている。



 ――――――――あんたには、そのチャンスを残してやりたいんだ、



 そう、彼女は言ってくれたけれど、は恋も知らず宮廷でジュダルに買われることになり、ジュダルにその躰を明け渡すことになったから、彼女の望んだものではないのかも知れない。でもはジュダルの下にいて、不幸せだと思ったことはなかった。

 初めての頃はジュダルに躰を求められるのが嫌で、痛くてたまらず、行為は嫌でたまらなかったし、姐さんたちが泣いていたのは痛かったからだとおもったけれど、それ以外の生活面で、ジュダルの下は恵まれていた。

 芸妓をしているよりもご飯はたくさん食べられるし、宮廷の鬱陶しい貴族たちに嫁に来いだの何だのとうるさく言われることもない。歌や竪琴もジュダルのために奏でるだけで良かった。


 それに、今のジュダルは優しい。




「んっ、うぅ、」




 ジュダルがゆるゆると動き出せば、は小さく嬌声を上げる。



「はっ、う、ほら、唇噛むんじゃねっ、」



 声をこらえようと唇を引き結んでいると、唇に人差し指を突っ込まれる。指が舌をくすぐる感触に身体の芯が熱くなる。いつから痛いだけだったのに、躰が熱くてどうしたらよいのかわからない、無理矢理穴から引きずり出されるような感覚を覚えるようになったのだろうか。

 本当は多分、不安なことも、考えなければならないことも、養父も死も、何もかもが重たくにのしかかっている。

 でもジュダルの熱は、その不安や闇の全てを奪っていく。攫っていく。

 この行為の意味を、幼いは知らないままに躰を重ねている。それはきっとジュダルも同じだ。ただ本能はちゃんと知っている。

 優しく口づけて抱きしめてくれるその行為は、前のようにに痛みばかりを与えるものではなく、温もりを与えてくれる。その感情の意味も、それを指し示す言葉もまだ知らないとジュダルにとっては、言葉よりもずっと確かな繋がりを体現する。

 前は性急に己の快楽だけを求められていたため、行為の時間は短かった。はというと痛みをこらえるだけだったから苦痛で、早く終わって欲しくて泣きじゃくるだけだった。

 今は長くて苦しいけれど、穏やかに彼を受け入れることが出来る。そしてこうして身を委ねるのも悪くないと感じていた。



「気持ちいいのか?」



 低い声に聞かれて、お腹あたりがずくりと疼く。は答えなかった。

 かわりにジュダルが細い腰を掴んで揺さぶれば、ぐちゃりとどうしようもない粘着質の音がする。それが恥ずかしいことだとわかっているは目を伏せて頬を染めた。



「あはっ、気持ち良いんじゃん!」

「い、じ、わる、」



 ジュダルに抵抗するように、は重ねていない方の手で、ジュダルの腕に爪を立てる。



「良いじゃんか、別に、」



 ジュダルは寝台の上に広がっているの長い銀色の髪を軽く撫でながら、自分の躰を彼女の中に深く埋める。は背をそらして声を上げた。ジュダルは自分が埋まっているであろうの薄い腹に手を当てる。

 北方系の血筋を持つの肌はジュダルの小麦色の肌とは違い、真っ白だ。熱を持てばすぐに赤くなるし、痕をつければ目立つ。色素の薄い、長い白銀の髪に手を絡めながら、細い躰を揺さぶる。



「うっ、ふっ、あ、」



 桃色の唇が紡ぎ出す高い声は、心地が良い。

 以外の女を抱いたことがないわけではない。最初は面白くて綺麗なに対しても性欲処理程度の感情しかなかった。だが、今は他の女には感じていなかった執着と、心地よさをに感じている。

 性急に快楽を求めるだけのために行為をするのではなくて、温もりを求めたり、優しくしてみたり、口づけたり、そういう寄り添う柔らかさを、に求めるようになった。



「うぅ、ふっ、あ、あぁああ、あ、」



 押さえきれない嬌声がペースを速める。限界が近いらしい。必死でこらえるように眉を寄せ、たまに奥歯をかみしめ、翡翠の瞳を潤ませる。頬を上気させている彼女は、酷く扇情的で、ジュダルの背筋をぞくぞくとする感覚が通っていく。

 ぎりっと中を収縮させ、ジュダルのものを締め付けるの頬を優しくなでて、コツンと額を重ねる。

 その拍子にこぼれ落ちたジュダルの長い漆黒の髪が、の白銀の髪と混ざり合う。




「じゅ、じゅだっ、やっ!あぁ、あ、う、」




 は助けを求めるように、ジュダルに手を伸ばしてくる。

 元々彼女はあまりイくのが好きではないし、怖がる。だからジュダルはその手を受け入れ、彼女の背中に手を入れて自分の躰にの躰を沿わせるように引き寄せる。躰が密着すればそれだけ繋がりが深くなるため、ひくりとまたの中が震えた。




「もう、ちょっと、な?」




 前のような刺激だけではない、感情が寄り添うという感覚的な快楽。それが何故生み出されるのか、ジュダルはその理由も名前も、与えられたことがないから知らない。やり方もわからない。 

 ただただ、この誰も入り込めない、二人だけの空間が心地よい。

 間近での翡翠の瞳を見下ろせば、翡翠の瞳が苦しそうにすっと細められ、目尻が下がる。紅潮した頬、水の膜の張った瞳、ジュダルにとって、それは何よりも欲望を煽り、腰に来る。




「うぅ、うっ、ああああ、ぁああ、ひっ!」




 狂ったようにが泣きじゃくって、大きく身体を震わせる。それとともに与えられる圧迫感に絶えきれず、ジュダルも薄皮を隔てての中に、己の欲望をはき出した。の上に倒れ込み、余韻に身を委ねるように目を閉じる。

 自分の下にある躰は汗ばんでいるが、なぜか満足感を与えてくれた。



「おも、い、ぃ、」



 まだ余韻が抜けないのか、声が震えているが、ぺちぺちと小さな手がジュダルの腕を力なく叩く。



「仕方、ねぇな、」



 ジュダルは髪をかき上げ、の隣に横たわって、彼女の躰を抱き寄せた。抵抗する気力もないのか、はされるがままだ。基本的に足が悪く、運動をしないは体力がない。行為の後はぐったりだ。

 それでも、嫌がりもせず応じる。



「明日は戦かぁ、」



 ジュダルはぽつりと呟く。明日になれば軍隊を平野に集め、決戦の予定だ。ただし開始の前に、国王との会談が行われる予定だ。



「んー、うん、…そうだね、」



 はそう言って、目尻を下げたまま、ジュダルの方に躰を寄せてくる。



「…あー行きたくねぇな。」



 不安そうに目尻を下げて自分の腕の中にいるを見て、生まれて初めて、ジュダルは初めて戦争に行きたくないと思った。



緩慢なる夜が惜しい