が目を覚まして三日後、初めて司法権を取り戻し、主席魔導士として正式に任じられたと立法を司る議会の長・イマーン、そして今回ヴァイス王国を圧政を強いていた国王派から取り戻すのに協力した煌帝国の代表であり、皇太子でもある紅炎が一堂に会し、重要決定をする場を設けることとなった。

 その場には当然、煌帝国の神官でマギのジュダル。第3皇子の紅覇、第1皇女の白瑛。そして何人かの神官が同席している。また、ヴァイス王国側の行政官なども軒並み顔をそろえる、まさに会議と言うにふさわしい状況だった。

 その中では白い手をそろえて、にっこりと笑う。



「うん。良いんじゃないかな。」

「ぜんっぜん考えてねぇなぁ、おい。」



 ジュダルはひらひらと手を振って、あまりに薄っぺらい彼女の「許可」を嘲った。



「…じゃあ、まあ、今言ったとおりにするよ。」



 の従兄弟のフィルーズはため息交じりで書類にサインをする。

 ヴァイス王国の司法権は、首席魔導士であるのものに戻った。とは言っても、本人が実務を行えるはずもなく、かわりにほぼ全ての母方の従兄弟で、名門・スールマーズ家出身のフィルーズが担うこととなっていた。

 の母で、先代の首席魔導士であったマフシードが亡くなってから、国王による弾圧によって司法庁は、ほぼ壊滅的打撃を受けていたが、旧家出身であるフィルーズの指揮の下、その機能をほぼ回復しつつある。

 立法を司っていた議会の方は、国王による粛正によって議員の数こそ減っていたが、議長であるイマーンの指導の下、何とか役目を果たせる状況にある。落ち着き次第、また選挙が行われ、議員が補填されるだろう。



「問題は、行政権だ。」



 同席していた紅炎が、低い声ではっきりと言った。それによって、全員の表情が硬直する。

 行政権を持っていた国王は、部下であったババクによって殺された。それによって現在、行政権の保有者は不在と言うことになっている。




「ぎょーざいけん?」



 はよくわからないのか、こそっと隣に座っているジュダルに尋ねる。



「バカ、行政権だよ。要するに実際にお国がすること全部。」

「国がすること?」

「そ。予算を決めんのは議会だけど、実際やんのは、行政ってことだ。その命令を出すのが、行政権持ってるヤツってこと」



 出来るだけわかりやすく説明する。だがとしてはよくわからないのか、首を傾げるばかりだ。



「なんで、みんな難しい顔するの。」

「そりゃ、まー、煌帝国にそれをとられちゃ、困るからじゃね?」



 ジュダルは興味もなく、背もたれにもたれる。

 この場で皆が緊張した面持ちをしているのは、行政権を煌帝国が牛耳るのではないかと危惧しているからだ。

 煌帝国に行政権をとられ、好きなようにされるのであれば、国王の独裁とそれほど変わらない。ましてや主席魔導士のが煌帝国の庇護下にある状況では、三権分立の内、二権を煌帝国にとられることとなる。

 ヴァイス王国側は自治を認めてくれるのであれば煌帝国の参加に下ることも、一定の税を支払うことも構わないと考えている。だが、三権分立など、国家の根本的な制度を変える気はないのだ。



「んー、そう、かな?」



 はやっぱり理解出来ていないらしく、ことの成り行きを黙って見守っている。

 殺された国王ヴィルヘルムには子供がおらず、王族は遠縁のみ。これと言った適任者もいない。さらには煌帝国軍が駐屯していることもあり、ヴァイス王国は煌帝国の全ての要求を、拒否出来る立場にはなかった。



「少なくとも行政権は、煌帝国に明け渡してもらう。」



 紅炎がはっきりと要求を口にすれば、ヴァイス王国の者たちが反対の声を上げる。攻撃的な応酬が飛び交う。それをまるで遠い日のことのように、はぼんやりと眺めていた。



 ――――――――――そうだ、ソロモン王は傲慢だ!!



 平等を望んでいたはずなのに、失った者が大きすぎて、何も見えない。皆幸せに生きていきたいはずなのに、他人が自分を傷つけるのではないかと他人を信じることが出来ず、恐れるから、自分の権利が失われることが、権利を手に入れられないことが、耐えられない。

 そして、権利を失ったことを、得られないことを誰かのせいにする。それはどちらも変わらない。



 ――――――――――あの人を王にしたのは誰よ!!



 黒い何かが行き交う。根源は全て悲しみのはずなのに、それがいつの間にか不安や恐れに変わり、憎しみや恨みへと繋がっていく。



、どうした?」



 ジュダルの声がを現実に引き戻す。


「なんで、みんな、」



 怖がるのかな、と口にしようとした時、周りにいた神官たちが歪に、弾かれたように顔を上げた。ルフの流れが変わったことに気づき、は視線を神官に向ける。



「ねえ、ジュダル…」



 ジュダルやの周りにいる神官たちは、変だ。ルフを見るようになってから気づいたが、神官たちの一部は、空っぽで、人とは違う。そしてだいたい黒いルフを纏っていた。ジュダルも同じなので黒いルフについてはおかしくないのかも知れないが、少なくと、神官たちは人ではない。

 それにたまに黒いルフが、どこかと行き来しているのが見えていた。

「黙ってろ。」



 が何を目で追っているのか、気づいたのだろう。ジュダルはの耳元でぴしゃりと言って、「後で教えてやる」と口にした。は翡翠の瞳を瞬いて神官たちを見ていると、彼らが口を開いた。



「皇太子殿下、その決定、しばしお待ちを。」



 神官の一人が深々と頭を下げ、紅炎に言う。



「なに?」



 紅炎は神官たちを鋭い目で睨んだ。

 本国から伝令が来たであろうことはすぐにわかるが、何故このような公の場で口にするのか、その理由を知りたいからだろう。本来であれば耳打ちすればすむ話だ。

 だが、神官の次の言葉で、紅炎はその意味を理解した。



「皇后陛下が、もうしばらくしましたらおつきになられるそうです。」



 神官の言葉に、誰もが大きく目を見張る。



「こーごへーかって、玉艶さん?」



 もよくわからず、首を傾げる。ただのよくわからないは“何故来るのかわからない”程度で、恐れも不安もなかったが、他の者たちは明らかに政治的な意図を懸念していた。

 ヴァイス王国にとって、煌帝国の皇后を迎えるなど重荷以外の何物でもなかったし、煌帝国の主張を補填しに来ると恐れている。だが同時に紅炎も、皇后である玉艶が決して自分の味方ではないと知っているため、眉をしかめた。



「…へえ、」




 ジュダルは興味もなさげに言う。

 玉艶が来るとなった途端に、行政権の話は棚上げになり、準備やなんやと会議はあっさりと実務的なものから、突然訪れるという皇后への対策会議へとなり果てた。



「おい、おまえ、何か聞いていないのか?」



 紅炎がジュダルを睨んで言うが、こちらに降られても困るというのが実際の所だ。



「知らねぇよ。」



 玉艶がどうしたいかなど知らないし、今回は何の指示も与えられていない。組織からの指示も特別なかったため、自由に振る舞っていただけだ。



「…」



 そう言いながら、ジュダルはふと思い当たって、へと視線を向ける。

 組織とて、がどれだけおかしい存在か、この世の理から逸脱した存在であるか、わかっているだろう。なのに、彼女を組織の支配下に置くことも、堕転させようとすることもなく、ただジュダルの下にいることを許している。

 その意味を、ジュダルはあまり深く考えたことがなかった。更に言えば、はかつてないほどに、皇后・玉艶のお気に入りだった。



「おまえ、なんか聞いてねぇの?」

「なにが?」



 突然話を振られたは、翡翠の瞳でただただジュダルを見上げてくる。




「だよなぁ。」




 はジュダルにべったりで、基本的にほとんど離れることはないし、玉艶との面会の際にも、常に同席している。聞いていない話などあるはずがない。

 紅炎は疑念を持っているようだったが、間違いなく玉艶は彼の救いの神ではなさそうだった。







普遍な諍い