ジュダルは隣に座って満足そうに夕食をとっているを見やる。紅炎も彼女が気になるのか、視線を送っているが、口を開かない。白瑛も紅覇も心持ちは同じだったらしく、複雑そうに顔を見合わせていた。
はというと、他の人間の視線に気づかず、いつも通り口に食べ物を放り込んでいる。
「おまえ、なんで紅炎を選んだんだよ。」
ジュダルは疑問を口にする。
ヴァイス王国の国王が殺され、次の行政権を持つ者を選ぶにあたり、は紅炎を推挙した。それは事実上ヴァイス王国が煌帝国の支配下に入ると言うことになる。
紅炎は非常に狡猾で、煌帝国の文化や、制度を属国になった場所に強要する。当然それに見合う懐柔政策も行うため、反乱までに至らないが、不満は噴出する。ヴァイス王国もこれからそうなる可能性はあるのだ。
はその現状を見れば、傷つくかも知れない。
に二度とヴァイス王国の案件について触れさせないか、皇后である玉艶に請うて何らかの方法をとるか、政治的なことに元々疎いジュダルはどうしたらよいのかわからない。
ただ少なくとも、紅炎はヴァイス王国を完全に煌帝国の領土として手に入れるため、手を打つだろう。
はもともとあまり紅炎や紅炎のやり方を好ましいとは思っていなかったはずだし、強引な紅炎をは好ましく思っていなかった。
何故、彼を選んだのか。
確かに皇太子という立場がある限り、紅炎を選ぶのは妥当だが、はそういうことに元々疎いし、仲のよい紅覇や白瑛を選んでもよかったはずだ。
「あ、うん。言い忘れてたかな。」
は口をもごもごさせてから、一度食べ物を飲み込み、口を開いた。
「何がだ?」
紅炎は視線をあげ、を見る。
「紅炎おじさん。おじさんがもし、みんなが嫌だって言ってるのに、それを無理矢理するなら、わたしはおじさんの権利を停止するよ。」
「おい、おまえ!」
紅覇がのあまりに失礼な言い方に、声を上げる。だがそれを紅炎が目で制し、続きを促した。
「わたしはね、みんなが行政権について話し合ってて、ババクさんのお話を聞いてね、みっつわかったことがあったんだ。」
は国王に仕えて多くの人を殺し、最後は国王を殺したババクの捕らえられている牢へ、ジュダルとともに赴いていた。そして彼女なりに考えるところがあり、その上で行政権を誰に預けるか、一つの答えを出したのだろう。
「一つは、みんなこんなに酷い目に遭っても、強い王さまが欲しいこと。二つ目は、みんな王さまとか、力を持っている人が怖いってこと。」
人が人に力を与える。強い人に治めて欲しいと思う。なのに、力を持っている人が怖い。強い人が怖い。それが思い込みを生み、正しさを判別出来ず、人を盲目にさせる。
「最後のひとつは、みんな誰かを守りたいってこと。」
守れなかったとしても、何だったとしても、命を賭けて守りたい者があって、それを守るために強い人の庇護下に入り、強い人を恐れる。ババクにもかつては守りたい国があり、強い国王の庇護下に入り、強い人を恐れ手たくさんの人を殺した。そうして、本質を忘れた。
きっとそれが、人という者なのだろう。
「わたしはよい答えを、今も見つけられていないんだと思う。」
は翡翠の瞳でまっすぐ紅炎を見つめる。
「でも、わたしはたくさんの人が幸せだって思える国が良いから、それをおじさんがその強さで崩すなら、司法権を持つ人として、わたしが貴方の権利を停止する。」
絶対的な答えはない。だからこそ、ヴァイス王国は長らく国王の絶対主権を認めず、行政権、司法権、そして立法権を国王、主席魔導士、議会が分け合ってきた。それは互いに互いを対等として、止めるためにある。
だから、例えそれが煌帝国の皇太子である紅炎であったとしても、原則を変えるべきではない。
「…嫌だと言ったら?俺は煌帝国の皇太子だぞ。」
紅炎はゆったりと背もたれに身を委ね、不敵に笑う。その凄然たる笑みは、大きな圧力とともにへと向けられる。
だが、は顔色一つ変えず、いつもと同じのんびりした涼やかな声で言った。
「ならわたしは、おじさんを、王さまにしないだけ。」
「は?」
あっさりとした答えに、の隣で座って聞いていたジュダルが驚きの声を上げる。流石の紅炎も目を見ひらき、笑みを消した。
「おいおい、紅炎を王にしなくてどうすんだよ。白瑛とか、紅覇にでもする気なのか?」
「違うよ。ジュダル。それじゃあ、結局紅炎おじさんの思い通りになっちゃうかな。」
白瑛や紅覇を仮に王にしたところで、第一皇女とはいえ先帝の皇女である白瑛の権力は知れているから、実質的な支配権を行使するのは紅炎だろう。紅覇に至っては兄である紅炎の意思を優先するはずだ。だから二人を王にしたとしても、何の意味もない。
には政治などわからないが、白瑛と紅覇の性格を考慮するなら、紅炎に逆らわない、逆らえないだろうと予想していた。
「おじさんが駄目なら、玉艶さんに頼んでみるよ。」
の言葉に、全員の顔色が変わる。
玉艶を利用しようとか、紅炎と玉艶の政治的な確執だとか、そういったことをは知らない。神官団やアル・サーメンの存在すらも、はよくわかっていないだろう。彼女には、策略や計画性、政治的な関係への配慮は存在しない。考えもしない。
だが、個人的な関係から、はそれを埋める。
「わたしは第二皇女になったんでしょう?それに、困ったことがあるなら、言っておいでって、言ってくれたし」
玉艶は、これ以上ないほどにを気に入っている。今回わざわざヴァイス王国にやってきたのも、を第二皇女に封じるため、皇帝へと掛け合ったのも、全ては皇后・玉艶の采配だろう。
そして恐らく、玉艶は、がヴァイス王国の行政権を玉艶に与えたいと言ったなら、喜んでヴァイス王国をの望む形で自分の支配下に組み込むはずだ。むしろ豊かなヴァイス王国からとれる税収などのことを考えれば、玉艶をはじめ神官団は潤う。
それは表だって対立していないとはいえ、玉艶と利害の反する紅炎にとって、避けたい事態だった。
「、貴方、」
白瑛が、いや、誰もが驚くほどに狡猾な答えを、彼女は個人的な関係から創出した。悪意も、計画性も、政治に対する考えも、何もなくだ。
当の紅炎は少し考えるように自分の髭を撫でていたが、興味深そうにを見た。それは才能のある者や、まだ見ぬ歴史を見つけた時のような、素直な関心がそこにある。
「おまえはまだ、ジュダルの最初の質問に答えていない。」
「最初の質問?あ、おじさんをどうして選んだか?」
は少し首を傾げて、「だっておじさんしかいない、かな。」と身も蓋もないことを言い出した。
「ジュダルは嫌でしょ?わたしも嫌だもん。白瑛とこーは君はどっちを選んでも一緒だもん。」
「何故最初から玉艶を選ばん。」
紅炎の疑問とは全く違うところへ話を派生させたに、紅炎が問う。は翡翠の瞳を何度か瞬いて、隣に座るジュダルを見る。
「なんだよ。俺に関係あんのか、」
「んー、ジュダルもそうだし、白瑛もそうだけど…なんか、みんな嫌そうだったから。」
紅炎がヴァイス王国の文化や制度を尊重しないのであれば、は紅炎を何らかの形で制限しなければならない。そのために玉艶の存在を視野に入れたことはあったが、行政権を預ける候補に入れたことは、基本的になかったのだろう。
その理由は、皆が嫌そうだったからと言えば随分と私情を挟んでおり、よい言い回しではないが、周囲が納得しないからそれを配慮してと言うことだ。
「まあ、面白い答えだな。悪くはない。」
紅炎は腕組みをして、珍しく満足げに笑う。
「…何が面白いんだか。」
ジュダルはぽつりとそう言いながら、隣のを見下ろす。彼女はいつも通りジュダルに躰を寄せて、淡い笑みを浮かべていた。
一つの答え