国王によって殺された人々の追悼式典は、夜に火を焚いて行われた。

 行政の要である王城の牢には拷問などの末に殺された人々や議会派の議員たちの遺体がいっぱいで、彼らは議会派と煌帝国の軍隊が王城に入った後、身元がわかる遺体は家族の元へと返された。だが手足だけになってしまった遺体は、どれが誰の者なのかわからない。家族全員が殺されている場合もある。

 そのため、追悼の意味合いも含めて、合同で葬儀が行われ、火がたかれることになったのだ。

 火葬の薪には多くの香木が積み上げられ、生前大切にしていたものも、一切合切火に投げ入れる。かつては彼らの奴隷まで投げ入れたとされるが、現在はそう言った葬儀の文化は廃れている。とはいえ、華美を美徳としないヴァイス王国としては珍しいほど葬儀に金子を惜しまない。

 葬儀を行うのは司法庁のドルイドと、司法庁の長の地位にある主席魔導士のである。かつてはドルイドと呼ばれる神官や、それらを兼任する首席魔導士が全ての裁判を行っていたことから、今でも国葬は司法庁によって行われる。

 とはいえ、は何も出来ない。実際の所実務的なことを取り仕切ったのはの従兄弟であるフィルーズだった。



「君、ジュダルと一緒に、座ってるだけで良いから。」



 あっさりとした短い言葉とともに彼はとジュダルに席を用意してから、忙しそうに去って行った。あくまで儀式であるため、粛々と手順通りに行われていく。

 冬であるため、炎を炊いていても寒くて、は身に纏っていた毛皮を引き寄せる。ジュダルもそれは同じだったのか、「さみーな」と一言言って、火にあたりにいこうとを抱え上げ、二人そろって用意されていた席から抜け出し、炎の近くの石台に座った。



「お葬式って、こんなのなんだね。」



 は炊かれた火を眺めながら、小さく呟いた。夜闇を照らし出す赤は、毒々しくもあり、柔らかくもある。人々が静かに炎を眺め、故人を偲ぶのを、はぼんやりと眺めていた。

 ばらばらの遺体の中には、恐らくを育ててくれた養父母の遺体もあるのだろう。だが、は養母の遺体を直接見た記憶を忘れてしまっている。養父の遺体も、指だけで、ルフが知らせてくれただけ。死んだと言われても、実感がわかないのだ。

 ただ、自分が育ったファナリスの村が国王によってつぶされ、人がたくさん死んだことは聞いている。もう、あの穏やかで牧歌的なのんびりした生活に、戻ることは出来ない。



「まあ、煌帝国も火葬だけどな。」




 ジュダルは何度も宮廷で、皇族や高級官吏の葬儀に出たことがある。確かに形式などは違うが、方法は火葬で、香木などもともに燃やす点でも、ジュダルの知るものと変わりはなかった。ただ、はあまり葬儀に出席したことがなかったのだろう。

 当然ながら、何らかの感慨を抱いたことはない。肉親のいないジュダルにとって、泣けるほど愛情を抱ける人間など、いなかった。

 泣いている女たちと、奥歯をかみしめ、うなだれる男たち。ヴァイス王国では女は泣き、男は黙って故人を偲ぶというのが、もっとも良い形とされるそうだ。


「ふぅん。」



 日頃なら退屈さに足をぶらぶらさせたりするも、周囲の雰囲気に押されてか、静かだ。翡翠の瞳は夜の中では黒く青光りして見えた。

 ジュダルは燃える火を眺めながら、目を伏せる。

 あの炎の中には恐らく、ジュダルが出会ったの養母の遺体も含まれているだろう。ジュダルと白瑛が彼女に会った後、彼女がどういう形で国王に捕らえられ、殺されたのかはわからない。どちらにしても彼女の遺体もまた、あの炎の中にある。

 が養父と、養母の遺体を目の当たりにした記憶を忘れてしまったのは、良いことなのかも知れない。あまりに残酷な光景は、彼女の心に深い傷を残すだろう。それをきっと、命を賭けて彼女の養母も望んでいない。

 だから、ジュダルが覚えていれば良いのだ。



 ―――――――――――あの子を人として死なせてあげて。


 の養母であったセピーデフはそう言っていた。

 記憶を取り戻せば、は人ではなくなるのかも知れない。いや、既に人ではないのかも知れない。だがどちらだったとしても良い。

 炎を眺めながら、ジュダルは目を伏せる。


 ―――――――――――ごめんなさいね。貴方に多くのものを背負わせてしまう


 そう言って、ジュダルを生まれて初めて抱きしめてくれた、の養母はもういない。彼女はルフの流れに戻り、炎の中その遺体すらも消えていく。




「ジュダル、どうしたの?」

「あぁ?なんだよ。」

「なんか、寂しそう。」

「…まあな。」



 よく考えれば、自分が語らったことのある人間の葬儀に出るのは、初めてかも知れない。元々親しい者など、親族のいない、素性のわからないジュダルにはいない。そう思えば今までは退屈で、遠いものでしかなかった葬儀という儀式が、急速に自分に近しいものとして認識される。

 温もりが遠い気がして、ジュダルはの細い躰を自分の方に引き寄せた。するともなにか思うところがあったのか、ジュダルの肩に自分の頭を持たせかけた。

 人が静かに炎の間を通り抜けていく。空気はどこまでも重々しく、明るさはどこにもない。ただ火に薪が足され、炎だけが煌々と闇を照らす。ぱちりと散る火花が、まるでルフのようにあたりに舞う。



「そういや、昔、焼き芋とか、してたかな。」



 は薪を見て暢気に、村で育っていた時にした焼き芋を思い出す。



「やきいも?」

「そう。秋になったらお芋を薪に放り込んで焼くの。」

「ざっつい料理の仕方だなおい。」



 ジュダルはの髪を軽く撫でてやる。さらりと白銀の長いお下げが、彼女の膝元まで落ちた。



「そう?ほくほくしてて、すごく美味しいんだよ。お父さんが好きでね。…っていうか、そうだよ。村にいる時はわたし、ごはんの量普通だったもん」

「何言ってんのかわけわかんねぇよ。小食だったのか?」

「違うよ。わたしはみんなと同じだけ食べてただけだもん。」



 が育った村に住んでいたのは、ほとんどかつての実母に助けられたファナリスだった。怪力や頑強であることで有名なファナリスは、もしかするとかなり大食だったのかも知れない。そんなファナリスの養父母に育てられたもかなり大食いだ。

 が言いたいのは要するに、村での食事量は普通だと言うことだろう。


「何の慰めにもなんねぇな。それ。」



 ジュダルは心底呆れたように言って、軽くの頭を叩く。ジュダルの肩に頭を預けたまま、彼女は動かない。ただぽつぽつと話す。



「みんな狩りとかするけど、わたし足が悪いから出来なくて、でもみんな力持ちだから、よくわたしを抱えて、見渡しの良いところに置いてくれたの。」



 幼い頃から足が悪いは村の子供たちのように走ったりすることも、狩りや農作業を手伝うことも出来なかった。それでも村の人々はを大切にしてくれたし、足が悪いことを理解してくれてはいたが、特別扱いはしなかった。

 彼らがに敬語を使ったのも、が村に出る時、一度きりだった。

 何故そうしたのかは、わからない。ただわかるのは、首席魔導士の娘であり、身分の違ったはずのを、彼らは平等に育てた。



「わたしはいつもよく見てなくて、眠っちゃったりとか、そんなばっかりで、でも怒られることもないくらい、のんびりしてた。」



 は平坦で、穏やかな声音で、視線は炎に向けたまま、呟くように声を発する。



「もう、戻れないんだね、」



 村はない。人々もいない。そして何より、義父もいない。

 記憶のないにとって養父母と育った村は、例え離れたとしても唯一の故郷であり、心のよすがだった。

 遺体を前にしていないため、養父が亡くなったという感覚はない。ファナリスたちがいなくなったということもよくわからない。たまらないほど退屈で、穏やかだった、あの村から、戻れない場所まで来てしまったということはわかる。

 二度と戻ってきてはならないと言われていたけれど、故郷がなくなるというのは、心許ないものだ。



「…良いじゃねぇか。記憶の中でも、あるならそれで。」



 ジュダルには何もない。どこで生まれたのか、誰が両親だったのか、そんな簡単なことすらわからない。それに比べれば、記憶の中であったとしても、もうなくなったとしても、帰るべき場所が合ったというのは、幸せなことなのだ。



「…うん。」



 答えるの声は、堪えたつもりだというのに、震えてしまっていた。ぽんぽんとジュダルの手がの頭を軽く叩き、撫でる。

 心許なさと、不安、寂しさ。

 ない交ぜの感情を抱えながらも、確かに安心していられるのは、ジュダルのおかげなんだろうなと、彼の手に自分の手を重ねた。




悼む夜