の食べ方は非常に汚い。

 絨毯の上にぺたっと座り、手でべたつく桃を向いて、遠慮なく頬張る様は、楚々とした容姿でなければ見るに耐えないような行動だろう。その拍子に白く薄いワンピースのような布地に、ぼたぼたと桃の汁が落ちる。正し彼女はそれを気にしない。

 それを見て舞手の少女たちはこめかみを押さえてため息をついた。



「アンタもーちょっとさぁ。綺麗に食べなよ。」



 年かさの李欄は子供にするように手ぬぐいを持ってきて、の口元を拭き、膝に落ちた桃色の果汁を拭き取る。



「おいしいね。これ。」



 桃を一つ食べ終わると、または次の桃の皮を剥き、もきゅもきゅと食べる。手ぬぐいの上に果汁が落ちるがお構いなしだ。

 が住んでいた北方の辺境の村でとれる果物は林檎など、固い実のものばかりで、桃のように果肉が柔らかい果物はなかった。そのため最近ののお気に入りは桃で、だいたいいつでも食べていた。



「あんた本当に食べ物以外に興味ないわよね。」

「もったいなーい。」




 教房の少女たちも呆れたように言う。ただその口元には苦笑するような笑みがあり、次の桃をわざわざ剥いてやる。どうしてもを見ていると、やってあげなければ仕方ないなぁという気分になるのだ。



「こっちの桃も、食べる?」



 李欄は皇族から下賜された極上の桃をに手渡す。



「やったーありがとー。」



 はそれが高級品だと言うことには全く気づかず受け取ると、口に入れる。ただやはり食べ方が汚いせいか、間抜けだ。楚々とした容姿で、細いその体躯で、もう既に桃を5つも平らげているのも、食べ盛りで、夕飯の後であると言うことを加味しても、十分におかしい。



「本当に仕方ない子。」



 李欄もの口元を手ぬぐいで拭う。舞手の少女のひとりが、彼女の膝においた手ぬぐいをめくると、彼女が零した果汁がしみて、丸く白い服の布地が桃色になっていた。

 それを見て少女たちが顔を見合わせてくすくすと笑う。



「おまえ、すっげー大食漢なのな。」




 ふっと自分の上に影が出来ていて、それに気づいて顔を上げると、そこには宴の時にに声をかけてきた少年がいた。

 漆黒の長い三つ編みに、小麦色の肌。整った顔立ちの中で、緋色の瞳がぎらぎらと強い輝きを放っている。ただその輝きの強さは、まるで夏に肌を焼く、太陽のようだ。彼の口元の笑みが、なんだかどう猛で、狡猾な猫科の捕食動物を思い出した。




「え、え?神官様!?」





 舞手の少女たちがざわつき、呆然と口元を押さえる。




「昨日の人、かな、」




 は桃から口を離し、手ぬぐいで手を拭いてから彼を見上げる。にぃっと彼の唇の端が上がった。

 彼の身長が特別高いわけではないが、足の悪いは絨毯に座っているため、彼に見下ろされている形だ。



「おまえさ、結構貴族の奴らから貢がれてんだろ?なんでそんな味気ない格好してんだよ。」



 上から下までその赤い瞳で眺めて、彼は問う。は自分の姿を上から下まで同じように眺めて、首を傾げた。



「そう、かな?」



 白い布をただ纏ったようなワンピースに、右側だけ文様の入った布を腹の帯で留める。それが北方にあるヴァイス王国では普通に着られていた服だ。ただ露出の多いこの服装は、確かに煌帝国では珍しいかも知れない。



「でも、貴方も薄着だよ。」



 は彼を見上げて返す。

 彼もまた、煌帝国の人々が普通に着るような服ではなく、露出の多い、どちらかというと南の地域で良く着られる服を着ていたし、お腹が出ている。



「そんな話、してねぇよ。宝飾品とか、もらってたんじゃねぇの?」

「おーしょくいん?」



 何をもらったんだろうか、とは首を傾げる。



「おまえ、耳悪いなぁ。ほーしょくひん!首飾りとか、指輪とか、もらったんじゃねぇの?!」

「もらったかな。」



 生憎もらった物の全てを把握しているわけではないし、だいたい全て教房の舞手たちにあげてしまうので、あまり記憶にない。



「わたしはご飯が好き。」

「んなこと聞いてねーよ。ってかその話、この間の宴の時に言ってただろ」



 ジュダルは絨毯に座り込んでいるの隣に腰を下ろし、胡座をかく。



「そうだったかな。」

「おまえ、記憶力も悪いのかよ。頭も悪い癖に。」

「そうかな。興味がないだけだよ」




 はそう言ってから、ふと彼の傍を待っている黒い蝶々のようなものを目で追う。ふわふわ浮いているそれは、自分や皆が持っている金色の物と違って、漆黒だ。これが他の人には見えていないと言うことを、はよく知っていた。


「見えてんだな。それ。」



 彼は満足そうに笑う。は彼を振り返って、首を傾げた。



『なぁに、こいつ!』



 そういえば宴の時も、彼は一直線にの所に寄ってきて、が答える前によくわからない話をしていた。



『おっもしれー。顔も可愛いし、それに、』



 彼はそう言って、不躾にもの太ももをさらりと撫でたのだ。舞手の少女たちが気にしていたのは性的な意味だろうが、は彼がどうしてそこを撫でたのか、すぐにわかった。

 の太ももには、翡翠の宝石と、白金が埋められている。幼い頃から何故か自分に埋め込まれたそれを知っているのは両親だけで、何故彼が見た途端にわかったのか、理由は知らない。ただ彼は気づいたのだ。



「い、いけません、芸妓など!」



 どこからやってきたのか、教房に入ってきた神官たちが、彼を止める。



「うっせぇなぁ、これ俺に頂戴。」




 彼はを人差し指で示し、にっこりと笑って見せる。それに怯んだのは神官たちだ。彼らは文句を言うことも出来ず、ぐっと黙り込む。どうやら、この少年は年若いくせに、すごい人らしい。



「ん?わたし?」



 は彼に言われた意味がわからず、自分の肩にくっつくまで首を傾げる。



「おまえ、今日から俺のな。」

「…?」



 おまえ、おれの、おれのもの?今日から?

 反芻してみても具体的に何をしたら良いのか、どういうことなのか意味がわからずぼんやりしていると、舞手の少女たちが頭を下げた。



「お、お許しを!はまだ物もわからぬ子供です!!どうか、どうかご容赦を、」



 李欄も絨毯に頭をすりつけるようにして、彼に対して許しを請うていた。ただは彼女たちの行動の意味もよくわからない。




「はぁ?うぜぇなぁ、おまえら。」




 立ち上がり、腰に手を当てて、彼は舞手たちを睨んだ。

 奴隷や宮廷に買われてきた人も多い、身分の低い舞手と最高位の神官である彼とでは、雲泥の身分差が存在する。本来なら舞手たちが直接彼に意見すること自体が間違いなのだ。しかしながら、はそう言った身分差も、階級差も、社会的な地位もよくわからない。



「それより、あなたのお名前はなんだったっけ?」



 はのんびりとした声音で尋ねる。


「は?誰に言ってんだよ。おまえ。」

「え、貴方。」

「俺?って、…はぁあああああああああああああああああああ?!」




 彼は意味がわからず惚けたようにを振り返り、一瞬の間の後、声を上げる。




「俺名乗っただろ!?忘れたのかよ!!マジで?!」

「はすらーとか、かな?」

「誰だよ!!一文字もあってねぇよ!!」

「違うのかな?ごめんなさい、」




 は怒られていることに素直に謝る。ただし次も恐らく、しょっちゅう会う人の名前でなければ、人の名前をきちんと覚えていないだろうし、覚える気もないだろう。

 李欄と舞手の少女たちはあまりにも予想通りのの態度に緊張も忘れてため息をついた。





芸妓と神官様