は目の前の部屋にいっぱいある贈り物を見て、同じ言葉を繰り返す。
「それは教房の子に配ってあげてきて、」
 神官たちは最初こそ驚いたり、を止めたりしていたが、言っても無駄だとわかっているのか、もう何も言わない。



「かしこまりました。」



 そう言って聖なる存在である神官たちが、豪勢な宝石やら布地やらを持って走って行くのは、なかなか不思議な光景だ。ただは不思議だとも何とも思わないのか、カウチに座ったまままた、ヴァイス王国から届いたバームクーヘンを食するに戻った。



「今日もよく食うじゃねぇか。」

「うん。おいしいからね。」



 はいつも通りにぱっと明るい笑顔で返して、またバームクーヘンを食べ始める。ジュダルはそれを生ぬるい目で眺めた。

 ヴァイス王国からチーズやらパンやらの物品が届いたのだ。中にはバームクーヘンというヴァイス王国名産のケーキがあり、それをはワンホールどころか、棒に張り付いたままの状態でもきゅもきゅと食べていた。

 隣の部屋に山積みにされていた宝飾品には全く興味を示さない。

 に大量の贈り物が贈られてくるようになったのは、ヴァイス王国から帰ってきて、冬があけてからだ。地方の州牧から皇族、宮廷の官吏まで贈り主は様々だが、意図は一様に同じだ。要するにには政治的な影響力があると考えられたのだ。

 は皇后のお気に入りであり、第二皇女である。その上、後ろ盾は言ってしまえばマギであるジュダル。大きな発言力が考えられると思ったのだろうが、には全くその気はない。



「おまえ、もらった贈り物、また教房のヤツらにやったのか?」



 教房というのは、舞手などの芸妓の育成所だ。はジュダルに買われる前、その教房で竪琴弾きとして、集団生活をしていた。



「うん。わたし、いらないかな。」



 は本当に全く興味がないのか、あっさりと言った。

 贈られてきた宝飾品や一級の絹などを、はかつて一緒に過ごした教房にだいたい下げ渡してしまう。一部はかつて一時期過ごした遊郭にも贈られ、遊郭はいつの間にかただの飲み屋になっているそうだ。先日礼をしたためた文が届いていた。

 ジュダルにも毎月届くが、それは全て神官団と自分が勝手をするための資産になっている。服やら何やらを高級品でそろえることも出来るわけだが、はあまり物を欲しがることもなかった。

 食事に関してはそこそこ執着を見せるし、エンゲル係数は恐らく極めて高いはずだが、最近ではヴァイス王国から定期的に食物が届くし、贈り物として食物を年頃の女に贈ろうと思う者は流石にいないらしい。そのためへの贈り物は、彼女が欲しないどうでもいいもので占められているようだった。

 結局何を贈られても、彼女がつける装飾品は、ジュダルが贈った翡翠のついた金色の房飾りを持つ耳飾りだけだった。



「色気もへったくれもねぇな。」



 の食べているバームクーヘンの欠片をとり、ジュダルも口に入れる。甘い香り、ふっくらとした食感は悪くないが、ジュダルには正直少し甘すぎる気がした。

 彼女はお腹がいっぱいになって機嫌が良いのか、高い声音で歌う。



「焼き鳥もたべたかったなぁ〜、いやでもそーでもないかな?やきとりーもたべたかったなぁ、たべたいたべた、」



 心地良い高い声音をぼんやり聞き流そうとしていたジュダルは、内容を理解して、すくっと椅子から立ち上がり、の頭をはたく。



「いっ、いたたたた、」



 ついでに久々に銀色のお下げを引っ張ると、油断していた彼女は体のバランスを崩し、カウチからずり落ちた。




「おまえ、まだ食うのかよ!」

「…冗談、かな?」

「その間はなんだ、その間は!」




 ジュダルはむかつくのでもう一発彼女の頭を叩いてから、少し乱暴に彼女をカウチの上に戻した。

 ヴァイス王国から帰ってきたからと言っても、の生活は、それほど変わったわけではなかった。

 常にジュダルのそばで過ごすは、相変わらずジュダルの部屋でのんびりと日々竪琴を奏でたり、唄を歌ったりして過ごしている。たまにが贈り物を下げ渡した相手や、ヴァイス王国から文が届くことはあったが、それだけだ。

 外向きに、の政治的な立場を利用としてか、宦官や官吏がひっきりなしにやってくるようになったが、ジュダルや神官、女官たちが追い出して終わり。贈り物攻撃もがすぐに他者に下げ渡しているため、意味はない。

 煌帝国の中にいる限り、自主性のないはだいたいのことをジュダルに預けている。しばらくすれば政治的な影響力がないとわかり、宦官や官吏たちがやってくることもなくなるだろう。どうせ対応はジュダルがして、は箱庭にいるだけだ。



「そういや、なんかね、ご飯くれたよ。」

「は?誰がだよ。おまえまさか、知らねぇやつからもらったんじゃねぇだろうな!?」



 ヴァイス王国から煌帝国に戻ってきてから、ジュダルはに二つのことを教えた。

 一つは知らない人から食べ物を絶対にもらわない。食べないこと。そして、ジュダルから黙って離れないことだ。

 食物に毒が混ぜられるのはよくあることだ。その上、宮廷での大食いを知る人は決して少なくない。食べ物に毒を盛られるというのは、ジュダルも良くとられた手段だ。魔導士だとしても、体内から壊す毒には抵抗のしようがない。

 またジュダルから離れれば、不慮の事態に巻き込まれても助けてやれないし、誰か知らない人間についていくということも、ならば十分に考えられる。

 彼女は煌帝国の第二皇女として遇されているが、ヴァイス王国の主席魔導士である。が攫われても、ある意味で切り捨てても問題ない皇女たちと違い、殺されても国際問題になるのだ。煌帝国にとっても、ヴァイス王国にとっても、それは不利益である。


 ジュダルとしてはそんな政治的なことはどちらでも良いが、ひとまずがいなくなると嫌だという感情だけは大きくあった。



「え、ち、違うよ。なんか贈り物の中にあったんだよ。おいしいお魚。」



 は慌てた様子で自分に贈られてきたものの中に食べ物が混ざっていたと誤魔化そうとするが、最後の言葉が全てを台無しにしている。



「美味しいって何だよ。」



 普通食べていないなら、「美味しそうな魚」だろう。何故、食べたこともない魚が美味しいと知っているのだ。



「あ、」



 は白い手で自分の口元を覆うが、もう遅い。ジュダルも賢い方ではないが、彼女はその上を行く。



「おまえな、言ったじゃねぇか!?知らない人から食いもんもらうと危ないって!!」

「…ごめん、美味しそうだったから、」




 どうやら自分に来ていた贈り物の中にあった魚が美味しそうで、食べてしまったらしい。




「それに知らない人じゃないよ。」





 は自信満々に大きく頷く。



「誰なんだよ。」

「じば??なんだったっけ、名前書いてあったよ。」




 はひらっと紙切れを見せる。

 だいたい彼女に贈られてきた物とともにあった手紙には、最後に役職が書いてある。北のヴァイス王国辺境の村で育ち、煌帝国すらも知らなかった彼女にとって、役職はまず馴染みのものではないし、つまらない手紙など文字が嫌いな彼女は最後まで読まない。

 ただが差し出した手紙を見ると、最初に大きな文字でシンドバッドと書かれていた。



「…シンドバッドじゃねぇか?」

「あ、知ってる人?良かったぁ。わたしも名前しかしらな…」

「それ知ってるって言わねぇんだよ!」



 ジュダルはの頭を思い切り平手で叩き、手紙を奪ってゴミ箱へと放り投げる。苛立ち紛れの投擲は、生憎ゴミ箱からそれてしまった。



「うー、あんまり叩くと馬鹿になるんだよ、」



 は頭を押さえながら、恨みがましい目をジュダルに向ける。



「安心しろ、おまえはもう救いようのないバカだから、これ以上バカになりようがねぇ。」



 ジュダルはそう言って、ため息をついて疲れたように手で額を覆った。



「…どうしたの?」



 が心配そうに浮遊魔法でジュダルの傍までやってきて、下から顔を覗きこんでくる。指の間から見える翡翠の瞳はただジュダルを素直に心配している。何もわかっていない無垢な瞳に対して自分が抱く劣等感や、憧れ、そしてこみ上げてくる温かくて切実な、感情。

 忘れたつもりだったものが蘇ると同時に、どうやったら守れるのかと、祈りにも似た気持ちで考えてしまう。



「…魔法使うなって、言っただろうが!!」

「っ、いたい、いたたた」

「おまえなんも聞いてねぇじゃねぇか!?この耳は突起か?あぁ?」



 ジュダルはの白い耳を引っ張りながら、怒鳴りつける。は「いたい〜」と高い声で悲鳴を上げた。



「ごめんなさい…。」



 ジュダルが耳から手を離すと、少し涙目で謝ってくる。

 懲りた雰囲気だけは見せているが、きっと明日には忘れているのだろうな、と思うと、真剣に怒っている自分がばからしくなって、ジュダルは脱力感にうなだれた。

ゆるゆる回る