皇族たちが一堂に会し、遠乗りが行われたのはが正式に皇女としての謁見を終えた、次の週のことだった。遠乗りと言っても、要するにピクニックである。馬に乗れないジュダルとは絨毯に乗って行き、絨毯に乗って帰ることになっていた。
「ぇー久しぶりだねぇ!」
紅覇が楽しそうに笑いながらやってきて、に抱きつく。用意された椅子に座っていたは、彼の勢いに負けて彼ごとひっくり返ることとなった。
「もう手ぇかすのもめんどい。」
毎回のことに、ジュダルは椅子に座って足を組んだまま、げんなりした表情で返した。敷布のところで二人そろってばたばたしていた紅覇とだが、しばらくすると紅覇に引っ張られても身を起こした。
皇后、8人の皇女、4人の皇子、そして皇族たち。
母親の出自と、金属器を持つなどの重要性からその順列は決まっており、男の中では当然第一皇子の紅炎が一番上位に位置し、女の中では皇后と、皇后が産んだ前皇帝の娘、現在は第一皇女である白瑛が重要な地位を持つ。
ヴァイス王国首席魔導士であるが第二皇女に遇されたのは、一年ほど前に第二皇女が亡くなったこと、年齢が第一皇女である白瑛より少し下であることなども加味されたが、順列的な意味も含まれていた。
要するに今回の遠乗りはの順列を皆に大々的に示すためのものでもある。そのため、後から皇后である玉艶もやってくるし、紅炎らも参加していた。
「まあ、紅覇様と、」
「元芸妓とあればお盛んなこと。」
皇女の一部はが第二皇女として遇されたことを面白く思ってはいない。
皇女たちにとって宮廷内での順列が全てであり、国際的な権力関係など、頭の中に入っていない。そのため、互いで互いの価値を競い合い、表向きには美しいほほえみを装っていたとしても、足を引っ張り合う。
ジュダルはぼんやりとそんな話に耳を傾けながら、の頭を軽く撫でてやった。
「え、な、なに?」
「いや、形の良い頭だなと思って。軽そうだけどな。」
ジュダルはそう言って、敷布に座り込んでいるを長椅子に引っ張り上げた。
先ほどから皇族や官吏などが、に挨拶に来ている。彼女の好みを聞き出そうとしたり、政治的な話をしたものもいたが、生憎彼女はそう言った話題に疎い。首を傾げ、ジュダルが適当にあしらって終わりだった。
が彼らの意図に気づくこともない。
「って本当に鈍いよねぇ。」
幼い頃から皇子として、陰口も宮廷での権力争いも見てきた紅覇から見ても、挨拶に来た彼らの意図は明らかだが、相変わらず彼女はジュダルの隣で笑っているだけだった。
「本当にうるさいよねぇ。馬鹿たちって。炎兄たちは、シカ狩りに言っちゃったみたいだしぃ。僕も行けば良かったぁ。」
「あぁ。おまえ、マジでうるせーから、今からでも行け。」
紅覇に素っ気なく言い捨てて、青い空を見上げる。
まだ早春。温かい煌帝国であっても、まだ上着がないと少し肌寒い時期だ。空は春らしく柔らかい水色をしていて、影は寒いが、日の光があるところは心地が良い温かさで眠気を誘ってくる。
「シカがとれるの?それっておいしい?」
は首を傾げ、紅覇に問う。
「そうだよぉ。おまえ、何も知らないよねぇ。シカとか、兎もとれるし、」
「トナカイは?」
「なにそれ、のところではあんな不格好な物食べるのぉ?あぁ、あと、釣りとかも出来るよ。」
釣りくらいにも出来るかもね、と偉そうに紅覇は腕組みをして言って見せた。
「おさかな!?おいしい?」
どこに行きたいとか、何かを見たいとか、そう言った強い望みのないにしては珍しく、勢いのある食いつきだ。
季節としては早春と言うこともあり、シカ等もとれるが、近くに川もあり、渓流釣りも楽しめる。ただとしてはとる過程が楽しいのではなく、とったものを食べるのが楽しみなのだろう。単純なヤツである。
「ジュダル、自分で取って食べるのは良い?」
先日、に知らない人間からもらった食物に絶対口を付けるなと注意していたにもかかわらず、彼女は名前が手紙に書いてあっただけで、贈り物の食べ物を毒味もせず食べてしまった。よって、ジュダルは、自分の許可なしにもらった物を食べるなとに言った。
一応今のところ、彼女はそれを忠実に守っている。
「あぁ、良いんじゃね?」
ジュダルは適当に答えながらも、それに心底安堵する。
少し痛い目を見れば良いのかも知れないが、あまり彼女には危ない目に遭って欲しくない。幸せに育った彼女に、あまり傷ついて欲しくない。そう、どうしても思わずにはいられなかった。
「こーはくん、釣りに行こう、」
「えー、魚なんてぇ、なまぐさいよぉ。」
「お肉飽きたよ。魚かな、」
「おまえら、うるせーからよそでやれって。」
ジュダルは眉を寄せて、手をひらひらさせる。
と紅覇はなにかと仲が良い。ジュダルや白瑛はどうしてもの頼りなさ故になにかと彼女に世話を焼いてしまうが、紅覇はまだ幼い故に対等に考えている。そのためか、噛みあっていないのに無邪気に言い争ったり、一緒に遊んだりしていた。
ただその仲の良さが、最近とみに不快だ。
「じゃあ、こーはくん、行こうよ!」
は浮遊魔法で長椅子から離れようとする。だがその首根っこを後ろからジュダルが掴んだ。
「ぐえっ、」
カエルがつぶされたような声を上げて、はジュダルの方を振り返る。
「魔法使うなって言ってんだろ。」
「でも、魔法使わなかったらわたし、動けないよ。」
足が悪い彼女の行動手段は、だいたい魔法か人間だ。魔法が使えないのでは人に抱きかかえてもらうしかないが、ジュダルは行く気がなさそうだし、身長が同じの紅覇では少しは重すぎるだろう。衛兵たちも忙しそうで、ファナリスのアルスランも荷運びの手伝いをしているので、につかせるのは酷だった。
彼女自身が浮遊魔法で行くというのが現実的だったし、ヴァイス王国から帰ってきてしばらくは体調を崩していたも、今は元気になっている。本当なら魔法を使っても問題ないだろう。
だが、どうしても気に入らない。紅覇と二人で行くというのが。
「あぁ…んーっとな、挨拶がだいたい終わったら、一緒に行ってやるから。」
「ほんと?」
ジュダルの内心の思案など知らない彼女は、心底嬉しそうに笑う。その後の言葉が「おさかなー」なのが色気もへったくれもないが、一応ジュダルは満足だった。ただし、満足に感じる自分にため息が出てくる。
まさにの都合の良いように扱われている気がせんでもない。
「結局ってジュダル君なんだよねぇー、面白くないよぉ。」
紅覇はそう言って、の細い腰に抱きつく。
「あははは、紅覇くん、くすぐったいよ」
「おい、どけよ!」
は腹に触れられてこしょばいと笑うが、ジュダルは本気でから紅覇を引きはがそうと、紅覇の首根っこを掴んだ。
遠乗り