は薪の前で素肌の上に温かい衣を羽織りながら、長い白銀の髪を乾かしていた。といっても自分で乾かしているのではなく、手ぬぐいを巻いて彼女の長い髪を乾かしているのはジュダルだ。
「おまえ、本当にどんくせぇなぁ。」
魚に釣り竿が引っ張られたくらいで、バランス崩して水に落ちるか普通。
彼女はどうやら釣り竿が曲がっているのを見ても、魚にひっぱられているから曲がっているという感覚はなかったようだ。ぼんやりと見ていたら、思い切り魚に引っ張られてそのまま水中にダイブ。しかも足の悪い彼女は泳げなかった。
おかげでジュダルは彼女を白龍と二人がかりで引き上げることになってしまった。
「でも、魚とれた!」
は自分で捕った魚を指さして笑う。
「とれたっていわねぇよ!掴んだっていうんだよ!」
溺れていたはずの彼女だが、魚を食べたいという願望だけは強かったようで、釣り針の先についていたマスだけはしっかり抱きしめていた。彼女の食い意地には感服する。
「大丈夫ですよ。俺が料理します。」
白龍がとジュダルのやりとりに苦笑しながら、包丁をで魚を捌く。
ジュダルが濡れたの衣を脱がせたり、女官に服を用意させている間に、白瑛や白龍、そして紅覇がたくさんの魚を釣り上げてくれた。このあたりに人がなかなか来ないのか、餌を垂らせば大きな魚がすぐに釣れる。
最初は服が汚れると嫌がっていた紅覇も、やってみると入れ食い状態で面白かったらしく、そこそこの数をつり上げていた。
それらと女官や衛兵たちが持ってきた野菜などをあわせて、昼食と言うことになるだろう。
「おまえ川縁に近づくなよ。もっぺん落ちたら困るからな。」
ジュダルはの髪を綺麗に拭き、一つに編み直してやりながら、言う。
「はーい。でももう一回釣りやりたいかな。」
「おまえ、今の話聞いてたか?ふざけんなよ。」
「聞いてたよ。でも、…もう一回したいかな。」
はにっこりとジュダルを見上げて笑う。だがその頬をジュダルが掴んで横に引っ張った。
「だだだだ、いだ、」
「ふ・ざ・け・ん・な!もうてめぇの口車には乗らねぇぞ。都合良く俺を扱いやがって、良いご身分じゃねぇか。」
色々不満がたまっていたらしい。随分と怒っているジュダルに鈍いも気づいたのか、痛む頬を両手で押さえ、申し訳なさそうに目尻を下げる。
「…ごめんなさい、」
「良いけどよぉ。」
どうせ明日になったら忘れている程度の反省だろう。ジュダルは真面目に自分が苛立ったことに脱力感を覚え、ため息をついた。
「昼からまた国賓の奴らが来るんだぜ?」
濡れ鼠で人々の前に顔を見せる訳にはいかないだろう。
昼過ぎには煌帝国にいる各国の外交官や国賓が皇族に謁見する予定だ。朝の皇族同士の顔合わせなど、知れたもので、本来の目的は外交官や国賓に対する接待の意味合いが強い。当然今回はも出てくるようにと皇后に命じられている。
だから、後で捕れた魚の話を聞かせろ等と、玉艶に言われたのだ。もう一度戻ってくるとわかっているから。
「ふぅん。」
は心の底からどうでも良かったのだろう。全く話を聞く気がないようで、白瑛と白龍がせっせと運んでくる料理に釘付けだ。
あまり他国の情勢や政治、文化にも興味がないから、外交官たちが来ると言われても興味はそそられないし、話も心底どうでも良いのだろう。外交官がもしも食べ物の話を振れば、食いつくかも知れないが、公の場で料理の話題はない。
「、どうぞ。」
白龍が水に落ちて躰が冷えているであろうことを気にしてか、魚と野菜をたっぷり入った汁物をに渡す。
「わぁ、美味しそうなにおいだね。ありがとう。」
は喜んでそれを受け取る。
ジュダルが着替えさせ、髪を解いて乾かし、編んでやったため、少し髪は濡れているが、一応先ほどと変わらず、綺麗な装いを保っている。だが満足して緩みきった頬が何やらこちらまで緩ませてくるようでむかつく。
の前では彼女が鈍くさすぎて、怒りが続かない。
「そうだよ、落とすんじゃねぇぞ。おまえ食べ方汚ねぇんだよ。」
ジュダルは慌てての膝の上に手ぬぐいをおく。
「あはは、ジュダルくん、の親みたい〜」
「こんなくそめんどい娘いらねぇよ!」
紅覇がちゃかしてくるが、本当に勘弁して欲しい。ただとうのはというと、熱い汁物を食べるのに必死で、全然聞いていそうになかった。
「白龍、すっごくおいしいね!」
「おい、白龍がうまいみたいな台詞になってんぞ。」
「ジュダルも食べた方が良いよ、すっごく美味しい。」
はジュダルに自分が食べていた汁物椀を突き出す。
「え〜、俺、魚はなぁ…」
文句を言いながら椀に口を付けて、眼を丸くした。
薬味と濃い味噌で臭みは消してあるが、それ魚の脂身とマッチしていて、味が濃くともまろやかで舌触りも良い。香りも良く、食欲をそそる。
「うまいじゃん。」
「でしょ?白龍のご飯美味しい。」
の翡翠の瞳が今までにないほどきらきら輝いていて、纏っている金色のルフが楽しそうに浮いている、といってもおかしくない不思議な飛び方をしていた。よほど美味しかったらしい。水に入った躰が冷えているのもあるのだろう。
指先がまだ冷えるのか、先ほどから頻繁に手を重ね、こすっていた。
「…まだ寒いのか?」
「うん。ちょっと。」
早春の水はやはり凍えるほどに冷たい。
昼からも国賓が来ることがあり、魚を掴んでにおいがついていた彼女に、ジュダルは問答無用で川の水をぶっかけ、洗ってしまった。においは取れたが、先ほどからが薪の前から離れていないことを考えても、少し酷なことをしたのかも知れない。
「おい、アルスラン!上着もってこいよ。」
従者のアルスランに命じると、彼はぱっと立ち上がって、すごい勢いで荷物置き場へと走って行く。まるで馬の全速力のような勢いで、皆が呆然としていた。流石駿足を歌われるファナリスである。
「来いよ。」
ジュダルが腕を広げると、やはり寒かったのか、は遠慮なく前から抱きついてきた。ジュダルとしては少し熱いが、の躰はひんやりといつもより少し冷たかった。水に入ったり慣れないことをし、少し眠たかったらしく、ジュダルの肩に頭を預け、うとうとする。
食べて、眠って、本当に子供のようだ。
「はい。」
アルスランが恐るべき大量の服をどさりと敷布の上に置く。
どうやらジュダルとの服以外にも、ありったけの服を他の皇族たちから取り上げてきたらしい。とはいえ、どうせ神官であるジュダルの命令なら、誰も文句は言わないだろう。
「あーー、ジュダルくんがとらぶらぶしてるぅーー!」
紅覇が指さしてジュダルに叫ぶ。
「うっせぇよ!おい、アルスラン、あいつ黙らせてこい。」
「はい。」
アルスランがいつも通り抑揚のない返事をし、紅覇を追いかけ出す。紅覇が全力で逃げるのを見ている間に、はジュダルの腕の中で眠っていた。
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遠乗り