昼からジュダルとにわざわざ最初に謁見を求めてきたのは、ヴァイス王国の外交官だった。
「あ、貴方たち…チーズの人だ、」
ヴァイス王国から赴任してきた外交官は、がヴァイス王国を去る時に見送りにやってきた、まだ年若い議員と若い司祭だった。ただしの脳内では、チーズの話をしたという記憶しかない。
「あはは、お久しぶりでございます。」
色素の薄い亜麻色の髪の年若い議員ヘサームは軽い調子で頭を下げ、それを隣にいる若い司法庁の魔導士であり、司祭のファイザルがその薄茶色の瞳で睨んでいる。
「ひさしぶりだね。チーズは持ってきてくれたかな、」
「もちろん。たくさん持ってきましたよ。」
ヘサームは軽いの言葉にも、同じくらい軽く返す。
「…匂いきついんだよな、あれ。」
ジュダルはぼそりと不満を漏らす。
最近わかったことだが、チーズというのはいくつか種類があるらしい。あまりチーズになれていないジュダルも、固くてにおいの少ないチーズを焼いて食べるのは結構好きだ。しかし、が好むのは柔らかく、においの強いもの。
あれはジュダルとしては食べにくいし、部屋で食べるとにおいが残るので何となく好きではなかった。
「そっかー。」
はわかっていないのか、ころころといつも通り高い声音で笑う。ジュダルはそんな彼女を横目で眺めながら、ふと視線に気づいて顔を上げた。
「連絡は私を通してお願いいたします。」
ファイザルが膝をつき、わざわざジュダルに向かってそう言う。
司法庁はかつて宗教も司る場所で、今でも多くの司祭と魔導士が所属しているらしい。例にも漏れずファイザルも魔導士のようだ。そして現在司法庁のトップにいるのは主席魔導士であるだ。彼女は煌帝国にいるため、実質的に取り仕切っているのは彼女の母方の従兄フィルーズである。
どうやらファイザルは、ジュダルとフィルーズの連絡役でもあるらしい。
見送りの際にフィルーズにも少し話したことだが、玉艶と組織の下にいるジュダルには、を守るための独自のルートがない。だからこそ、フィルーズはファイザルをよこしたのだ。
「あっそ。」
ジュダルもわざと素っ気なく答える。はというと、そんな難しい話は何も考えず、先ほど白龍が焼いてくれた魚をまだ食べていた。その間に、ヴァイス王国の二人は他への挨拶のためにジュダルの前を辞していった。
疲れのせいか、釣りの後、少し眠っていたも、数時間で起きた。
その頃には各国の外交官や国賓も訪れ、皇后や皇族に順番に挨拶を初めていた。当然は注目されている。現在神官とは言え、身分としては先日第二皇女になり、ヴァイス王国の主席魔導士でもあるため、注目は当然だ。
ただし、のんびりとはヴァイス王国の人々以外の話には生返事だった。の性格を知るヴァイス王国の二人、ファイザルとヘサームはしっかり食べ物の話をしていったが、他の者は一般的な挨拶などを並べるのでが聞かなくなるのだ。
「リサーチがたりねぇってな。」
本気で取り入る気ならば、食事でも用意してこれば良いのだ。なんて。ジュダルは考えながら、人が挨拶をしてくるのをこちらもだいたい無視して、隣で食べることに必死なを眺めていた。
「あの…」
衣擦れの音とともに、躊躇いがちな声が響く。そこにいたのは、赤色の髪を金の簪で束ねた少女で、にも見覚えがあった。
「あ、あの時の、」
がぽんっと手を叩くと、彼女はばつが悪そうに目尻を下げた。
がジュダルに囲われるようになってしばらくした頃、何故かはよくわからないが宮廷の庭にお茶のために連れ出されたのだ。彼女が誰なのかはさっぱりわからなかったが、彼女は愚痴を怒濤の如く話し、ジュダルに対する不満はないのかと言っていた。
ただにはあまりジュダルに対する不満がなかったため、よくわからなかったのだが、その後が問題だった。
主であるジュダルに許可も取らず勝手に部屋を出たことを責められ、怒られたのだ。も彼女の勢いに負けてあっさりついて行って、楽しくお茶をしていたので、怒られて当然と言えば当然のことだった。
もう随分前のことだが、彼女は自分のせいで、がジュダルに怒られたことに、少なからぬ罪悪感を持っているようだった。
「よぉ、紅玉、何しに来たんだよ。」
ジュダルが唇の端をつり上げ、おちょくるように笑う。
「楽しかったか?休暇。」
その言葉を聞いた途端、彼女は顔色を変えた。
紅玉はを無理矢理連れ出したことでジュダルの逆鱗に触れ、皇帝によって休暇を与えられたのだ。しかも辺境の、ぼろぼろの離宮へ。
「うるさいわね!」
紅玉はぎろっとジュダルを睨む。事情を知らないは紅玉の怒鳴り声に驚いて、翡翠の瞳をまん丸にした。その無垢な瞳が、ますます紅玉の言葉を奪い、口元を袖で隠したまま、紅玉はどうしようかと混乱する頭で必死に考える。
彼女に一言で良いから謝りたくて、ここに来たのだ。
「なぁ、、こいついくつに見える?」
紅玉が言葉を発する前に、ジュダルがに問う。
「え?わたしと同じくらい、かな。」
はじっと紅玉を見てから、ジュダルに答えた。
「あははは、こいつ、おまえよか5つは年下だぜ!!」
の答えは予想通りで、けらけらとジュダルは手を叩いて笑う。
は年齢よりも幼く見える。実年齢は17才くらいのくせに、ジュダルと同じぐらいの14,5才だ。対して紅玉はジュダルと同じくらいの年齢に見えるのに、ジュダルよりも年下だった。別にに他意はなかっただろうし、そう答えるだろうと思っていたが、ジュダルとしてはささやかなネタだ。
「5つ、」
は悪気なく、じっと紅玉の方を見つめる。その無垢な瞳に先に耐えきれなくなったのは、紅玉で、肩に力が入り、口を開く。
「…う、うっさいわね!どこからどう見ても、貴方たちがガキっぽいんでしょう!?やっかまないでくれる!?」
「あぁ?!俺は年相応に決まってんだろうが!おまえが老けてんだよばばあ!!」
ジュダルが負けじと咄嗟に言い返す。だいたいジュダルと紅玉は顔を合わせる度にこんな感じで、口論するのが常だ。ただそこでいつもとは違う、小さな声が間に入った。
「…ガキっぽい…。」
呟くように悲しそうな高い声。紅玉とジュダルが同時にを振り返ると、は自分の頬に両手を当てて、首を傾げる。
「わたし、こども?」
目尻を下げて、翡翠の瞳が潤んで見上げる。その仕草があまりに哀れを誘って、ぐっと二人そろって唾を飲み込んだ。
「…てめっ、、いじめてんじゃねぇよ!」
「いつもいじめてんのはジュダルちゃんでしょ!?」
「いじめてねぇよ!」
「髪の毛引っ張ってたじゃない!!」
ジュダルと紅玉が今度は内容を変えて口論を始める。が首を傾げてそれを見ていると、お菓子をわざわざ運んできてくれた白龍が、にっこりと笑った。
「俺もまだ元服してないですから、子供ですよ。」
「それに大丈夫〜!はだからぁ〜」
紅覇がやってきて、の腰に抱きつく。自分より年下の二人の言葉を聞いて、は少し考えてから、「うん。」と頷いて自分の答えに納得する。
「そうだね、わたしは、わたしだね。」
卵と小麦、蜂蜜を使って蒸した丸いケーキをは口に放り込む。甘いケーキはの心を一杯に満たす。
「おい!紅覇、何抱きついてやがる!」
ジュダルが気づいたのか、振り返って紅覇の襟元を掴む。
「やーだーぁ!いいじゃーんねー。たまには!」
「離れろ!!」
「し、しまっ、紅覇くんお腹苦しっ、はくりゅ!」
紅覇の腕が離れまいとの腹に周り、遠慮もなく締め付ける。たくさんものを食べているだけに中身が出そうだと、は白龍に助けを求めた。
「し、神官殿!!」
白龍は慌ててジュダルを見たが、既にの方が限界そうだった。
遠乗り