は何故か、シンドバッドに抱えられて戻ってきた。



「バカ殿じゃねぇか。」



 ジュダルは一言口にしてシンドバッドの腕に抱えられているを見て、不快感に眉を寄せる。



「ごめん、」



 はシンドバッドから離れ、浮遊魔法で浮いてジュダルの所までやってくる。伸びてきた細い手を掴み、自分の方へとの躰を引き寄せ、強く抱きしめた。

 彼女の耳元に鼻先を寄せ、力一杯抱きしめれば温もりも、いつもの彼女の細さも感じられる。焦燥が一瞬にして消え、怒りも不安も落ち着く。長い銀色のお下げが揺れ、彼女が苦しそうな声を上げたが、しかりと彼女が生きていると感じない限り、心が落ち着かないのだ。

 ゆっくりと心を静めてから、ジュダルはから僅かに身を離し、上から下へとその軽そうな頭を思いっきり叩いた。




「っ!!」



 は驚いたのか目をまん丸にして、叩かれた頭を両手で押さえる。



「おまえの耳は節穴か!?単なる突起物か?!」



 ジュダルはの耳をひっつかみ、思い切り引っ張った。



「いたいい、ジュダルいたい!!」

「言ったよな!知らないヤツについてくなって!!勝手に出んなって!!」

「い、いいい、言ったかな?い、いたっ、いたたたたあ、言った、言いました!多分、言った!」

「人の話これっぽっちも聞いてねぇよなぁ!こっちは心配して言ってんのに!!」

「ごめんなさぁいいい!いたっ、で、でもシンは、知ってる、知った!さっき!!」

「さっきだろうが!最初はどうなんだよ!!最初は!!」



 くだらない口論を繰り広げて、一通り髪の毛とか、耳とか、引っ張れそうな所を引っ張ってから、ジュダルはから手を離した。

 浮遊魔法を使う気力もなくなったのか、はぼさぼさになってしまった頭を両手で抱えて、地面にぺたんと座り込む。彼女の髪の毛を引っ張り、不安や怒りも少し解消されたジュダルは、仕方なくを抱き上げた。



「あんま心配かけんじゃねぇよ。」

「ジュダル見つからなかったの。」




 けろっとして言って見せる彼女は、やはり懲りていないだろう。



「いや、見つからなかったじゃなくてな。おまえのことだから途中から探すのぜってー忘れてただろ。」

「かも、かな?ごめんなさい。」




 は細い腕をジュダルの首に回す。目尻を下げて素直に謝る彼女を許すところが、ジュダルも結局は甘いのだ。彼女に。



「世話になったらしいな。」



 ジュダルはを抱えたまま、シンドバッドに視線を向ける。



「…あぁ、まぁな。」



 敵意とも困惑ともつかない表情をシンドバッドはジュダルへと向けた。

 当然のことだが、ジュダルとシンドバッドの間には長い確執がある。煌帝国、組織に操られるマギとして、ジュダルは恨まれるに十分のことをシンドバッドに行ってきたし、彼自身それを許すことは出来ないだろう。

 ジュダルにとっては、自分では選ぶことの出来なかった、最高の王の器でもある。




「ジュダルの知り合いなのかな。シンがね、この間、お魚贈ってくれた人なんだって。ご飯の美味しい国らしいんだよ。良いねぇ、」



 は友人を紹介するようににこにこ笑って言うが、数日前、シンドバッドを知っているとジュダルが口にしたことは、既にすっかり忘却の彼方なのだろう。

 母親が死んだ以前の記憶を魔法で消されていることは間違いない。ただし、の記憶力は非常に悪く、聞いている風に見えても聞き流していることが多いので、彼女の記憶力自体も同時に当てにはならなかった。

 それを魔法のせいとするには、彼女をよく知るジュダルにとっては飛躍しすぎだ。



「おまえ、飯以外の話題ねぇの。」

「あ、シンの国にはマゴーって言うのが生えてるんだって。」

「それも食いもんじゃねぇのかよ。しかもマンゴーじゃねぇの。それ。」

「…あ、そうか。うん。かも?」



 は悪びれもなく素直に頷く。段々真面目に怒るのも、真面目な話をするのも面倒くさくなってきたジュダルは、ため息とともに全ての葛藤をはき出し、改めてシンドバッドを見た。

 だが、言うべき言葉が見つからない。かわりに口を開いたのはやはりだった。



「シンがね、迷子なのを助けてくれたの。」

「あぁ、そうだ。離宮から少し行ったところで、ふらふらしていたんだよ。」



 シンドバッドも何を話せば良いのかわからなかったのだろう。の口にした話題に、全力で乗っかった。



「おまえな、俺捜しに来て、自分迷子になってりゃ世話ねぇだろ。」

「見つけてもらえて良かったよね、」

「あぁそうだな。一人じゃ戻れねぇもんな。知らない人間についてくとか危ねぇんだから、本当に気をつけろよ。」



 ジュダルが何度言っても、彼女はすぐに気づけばどこかへ行ってしまう。日頃はジュダルから離れず、べったりなのに、一度離れるとなんとなくジュダルが不安になる。いつも一緒にいるからだろうと結論づけて、ジュダルは腕の中のを抱き直す。




「そうだぞ。まあ、声をかけた俺が言うのも何だが、あまり知らない人間について行くのは、良くない。」



 シンドバッドも一応ジュダルを援護して常識的な意見を口にする。



「でも何もなかったよ。」

「結果論だろ。なんでマギの俺がおまえみたいなのの面倒見なきゃなんねぇんだよ。」



 生まれてこの方、ジュダルは世話をされる側の人間として生きてきたというのに、気づけばジュダルが世話をする側の人間となっている。それに理不尽さを感じるのだが、彼女は別に気にしていないし、そんなジュダルの感情を理解もしない。



「そうなんだよ。ジュダルは優しいんだよ。」



 自慢するように、シンドバッドに言う。



「そ、そうか。…良かったな。」



 ジュダルと様々な確執を持つシンドバッドは答えに窮し、頷くことしか出来ない。ジュダルもジュダルで、彼女の言葉がこそばゆく、かといって意地になって止めるのもシンドバッドの前で嫌だし、口を噤む。それを見て、シンドバッドの方に、ささやかな意地悪い感情が生まれた。



はジュダルのことが好きか?」

「うん。」

「他にも好きな奴はいるのか?」

「うん。白瑛と、紅覇くんも面白いから好きだよ。あとは、」



 は単純に指折り数えていく。



「でも、ジュダルとは夜に特別なことをするだろう?それは、本当は一番じゃないと駄目なんだぞ。」

「おいっ!」



 シンドバッドが大人ぶって、に教えた。ジュダルが止めるも間に合わない。ジュダルは自分の腕の中にいるを眺めるが、彼女は首を傾げた。シンドバッドが面白がってにやにや笑っているのがとても気分が悪い。

 恋愛の話などよくわからないのだろう。は少し考え込むように視線をさまよわせてから、ジュダルをその翡翠の瞳で映す。



「なんだよ、なんか言いたいことあんのか?」



 いたたまれず、ジュダルが先に冷たい言葉をかける。それは若さ故の意地でもあったが、は別段それに気づくこともない。



「いや、ないかな。」



 いつものイエスでもノーでもない言い方をして、彼女は一つ頷く。



「シン。大丈夫だよ。ジュダルが一番好き、」



 拍子抜けしそうな無邪気な答えに、今度はシンドバッドが目を見ひらき、ばつが悪そうに視線をそらした。



「…そ、そうか。はっきりしてるな。」



 多分、恋愛感情とは違うだろう。ただ、彼女にしてみればその答えで十分だし、シンドバッドからしてもそこまで言い切られてしまえば、他に説明のしようがない。



「だって、ジュダルといれば一番安心出来るし、うーん、どうしてかな。ほっとするんだよ。」



 はのんびりとしながらも、はっきりとそう言い切る。

 シンドバッドは彼女の答えを聞いて一瞬、眉間に皺を寄せて目尻を下げたが、納得したように顎を引いた。





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