部屋に先に帰らされたため、にはジュダルとシンドバッドがどんな話をしたのかはわからない。だが少なくとも、シンドバッドの話はジュダルを落ち込まれたらしい。部屋に暗くなってから戻ってきたジュダルは、ぼんやりしていた。
食欲もないらしく、夕食もあまり食べない。夜が更けて湯浴みをし、着替えて眠る時間になっても、やはり彼はぼんやりと宙を眺めて考え事をしている。
「ジュダル?」
は躊躇いがちに名前を呼ぶ。珍しくゆっくりと彼はに視線を向けて「あ?」といつもほどの勢いもなく、首を傾げて見せた。
「もう、寝ようよ。」
は奏でていた竪琴を長椅子の近くに立てかける。
明日は離宮からまた帝都の禁城に戻るため、昼間で寝ていることは出来ない。早く眠った方が良いだろう。は長椅子から浮遊魔法で立ち上がり、そのまま寝台へと移動する。
「あぁ、そうだな。」
ジュダルは相変わらずいまいち上の空だったが、ひとまず椅子から寝台に歩み寄った。
「眠たくないの?」
はころんと寝台に転がる。
ふたりで眠るために用意されたこの部屋の寝台は当然、広い。むしろ禁城のいつもの部屋よりも広いくらいだ。が躰を反転させたくらいで落ちはしない。ただ、ジュダルから反応が返ってこないのが面白くなくて、は身を起こした。
宙を眺める彼の横顔。漆黒の髪はそこそこ硬そうであちこち跳ねている。いつもは上がっている口角は今日は下がっていて、細い眉もいささか下がっている。風呂に入った後で髪を解いているせいか、関係ないのだが、流されるがままに流れているそれがますます元気がなさそうに見えた。
「・・・おまえはさ、なんで俺といんだよ、」
ぽつっとジュダルが力のない声で問うた。僅かに震えたその声には少し驚きながらも、彼の寝間着を引っ張る。
「こっち向いてよ、」
彼が視線をこちらに向けないのが嫌で、彼の足の間に手をつき、彼の顔を下からのぞき込むように見上げる。少し戸惑うように揺れる赤い瞳。いつものようなぎらぎらとした光はなくて、そこにあるのは当たり前の、不安を宿す少年の顔だ。
「わたしがジュダルといたいからかな、」
どうして、なんて決まっている。
多分もし、白瑛に一緒に暮らさないかと言われたとしても、多分はジュダルといたいからいらないと答えるだろう。
「なんでだよ、」
「なんでかな、」
「は?なんだよそれ、」
「いっぱい理由は付けられるけど、答えは変わらない。わたしはジュダルといたい、」
は戯れるようにジュダルの額に自分の額を押し当てる。傷のない白い手を、彼の少し自分より大きな手に重ねる。長い漆黒と白銀の髪が混ざり合い、絡み合う。
「だめ?いや?ジュダルは困る?」
答えない、相変わらず困惑したような顔をしているジュダルの態度に不安を覚え、は問う。
「・・・困るわけ、ねぇだろ。」
ジュダルはくしゃっと表情を歪めた。
「良かった、」
は翡翠の瞳を細めて、ジュダルの首に手を回す。
最初はただ、マギであると聞いたから、彼について行ったけれど、今はジュダルの傍が一番居心地が良くて、離れがたく思っている。口づけることも、抱きしめ合うことも、温もりを分かち合うことも、そして躰を重ねることも、ジュダルとならば心地良い。
「俺はマギだけど、そんなに強かねぇんだよ。」
ジュダルは吐き捨てるように言う。ただは彼の言葉が何を指し示しているのかがわからない。
「まあ、わたしも弱いからね。」
自分が弱いというのに、人に強くあれなんて、言えるはずもない。あっさりと返してしまったが、それはジュダルが望む答えではなかったのだろう。
彼は一瞬ぽかんとしていたが、眉間に皺を寄せた。
「はぁ?んな話してねぇよ。」
「え?そういう話じゃないのかな、」
「ふたりで弱くてどうすんだよ。」
「良いんじゃないかな、おそろい?」
ジュダルが何を言いたくてこんな話をしているのか、どこに問題の所在があるのか、には全くわからなかったが、二人そろって弱ければ、おそろいというか、ある意味でお似合いだろう。何も気にすることはない。
まさに赤信号、みんなで渡れば怖くない、の原理だ。
「んな馬鹿みたいなおそろいしてどうすんだよ・・・」
心底呆れたように、というよりは恐らく脱力したのだろう。肩を落として、ジュダルは細く、長く息を吐いた。
「それに、ジュダルはジュダルだよ。強いとか弱いとかじゃなくて、ジュダルかな。」
ジュダルが何を難しく考えているのかはわからないが、は元々頭の良いほうではない。
今、目の前にいるのがジュダルで、強いから良いとか、嫌だとかそういう感情はにはない。彼が強いから一緒にいたいわけでもない。弱いからいらないとか、逃げたいわけでもない。ジュダルがジュダルでなくならない限り、それで良いのだ。
「おまえ見てっと、俺が真面目に考えてんのが馬鹿みてぇじゃん。」
ジュダルは少しから身を離すと、自分の髪を軽くかき上げる。
「大丈夫。わたし馬鹿だってよく言われる。」
「・・・なーんかな、もう良いわ。」
ふっきれたのか、彼は軽く頭を振って、を押し倒し、白い寝間着をたくし上げてきた。
が戸惑っている間に、彼の唇がの胸元に触れ、痕を刻む。彼の指先が肌の上を滑るのはくすぐったく、身を捩った。
「俺もおまえの躰、好きだぜ、」
にいっといつも通り、彼の口角が上がる。首筋に強く唇で吸い付かれ、噛まれれば少し痛む。肌を暴くその手は少し荒いけれど、元気なくうなだれ、ぼんやりしているよりはずっとジュダルらしいと言えるし、としても安心できる。
「っ、うぅ、からだ、だけ?」
肌を撫でる指が与える感覚にこみ上げる声を抑えながら、淡い笑みとともに尋ねる。彼は少し驚いた顔をしたけれど、弧を描いた唇をのそれに重ねた。はそっと彼の頬に触れる。すると、唇が離れた。
「あはは、安心しろよ。その高い声も好きだぜ?」
だから、声押さえんな、と喉に口づけられる。いつの間にか寝間着がはだけられ、恥ずかしさにが敷布を引っ張ると、その手にジュダルの手が重なり、指が絡められる。
「あ、んっ、う、」
片方のジュダルの手が、の足の間をまさぐる。太ももには翡翠と白金、二つの王の証を宿す、金属器が埋め込まれている。それが他の女性にそれがないと知ってから、他人に見られて変だと言われるのが怖かったが、ジュダルは何も言わない。
記憶がないことも、に足りないたくさんのものも、ジュダルは何も言わない。馬鹿にしながらも受け入れてくれる。
だからも、ジュダルが持つものも、与えるものも、ありのまま受け入れる。
「・・・痛いか?」
まだまだ慣れていない狭い躰を気遣って、ジュダルがのこめかみに口づける。躰が熱さを訴えていて、下半身に熱が集まる。不思議な感覚は、何度か彼と躰を重ねる内に自然と覚えたものだ。
疼くようなそれを覚えれば、だいたいは彼を受け入れられる。
「っ、だ、だいじょ、ぶ、」
うまく言葉にすることは出来ないけれど、はジュダルを求めるように手を伸ばす。彼は安堵したように緋色の瞳を細め、の腰をつかみ、ゆっくりとの躰に自分を沈める。
「あっ、うぅ、」
「っ、きつっ、おい、力抜けって、」
無理矢理わけいってくる感覚、それに伴って無意識に収縮した自分の中が、彼をぐっと圧迫するのがわかる。どろどろに溶けてしまいそうな、熱。思考がまとまらず、ただ快楽だけを貪る。
彼と自分の境界線が、曖昧になる。それがどういうことなのか、わからなかった。
よわさの終着