「紅覇くんも行くんだね。」



 は紅覇の元へと浮遊魔法で移動する。



「う〜ん。まぁね。炎兄が行くって言うからさぁ。僕も行こうと思ってぇ。」

 紅覇は自分の刀を腰に差し、用意をしながらそう言った。



 華奢に見えても煌帝国の皇子である限り、武人として鍛練を積んできている。紅覇の剣の腕はなかなかのものだったが、年齢としてはまだ若い。それでも、兄の役に立ちたいと思う気持ちは本当なのだろう。



「貴方たちも行くの?」

 は紅覇の隣で不安そうな顔をしながらも、覚悟を決めた面持ちで拳を握りしめている人々を見やる。

「と、当然ですわ!」

「はい。もちろんです!紅覇様もお行きになられるのですから。」

「我らも行かねば!」



 3人の女性の魔導士が、揃って口々に言う。

 躰のどこかに包帯を巻いている、不思議な容姿の女性たちだった。恐らく年齢もそれぞれ違うだろうが、魔力の量が非常に多いのがわかる。彼女たちの目には紅覇への絶対的な信頼がうかがえた。



「そっか。」



 はあたりを見渡す。

 迷宮に入ることになっているのは、紅炎と紅覇、その部下と雑兵。そしてジュダルと、神官団だ。雑兵たちの顔には恐怖や躊躇が浮かび、今にも逃げ出しそうな表情をしていたが、紅炎や紅覇の部下たちの表情に迷いはなく、強い覚悟がうかがえた。

 それだけ、彼らは紅炎や紅覇を信頼しているのだろう。



、来い!」



 紅炎がを呼び、手をさしのべる。は魔法の杖を持ったまま彼の元へと浮遊魔法で飛び、その大きな手に自分の手を重ねる。それと同時に長い白銀のお下げがひらりと揺れた。手を掴まれたと思った途端、そのまま抱え上げられる。



「おいおい、そいつは俺のだって言ってんだろ。勝手に使うなよ。」



 ジュダルは腕を組んで、不満を丸出しで紅炎を睨む。



「魔法はともかく、治癒要員としてこいつ以上のヤツはいないからな。それに一応俺の妹だ。」



 形式上は、と紅炎は言って、を自分の肩に担ぎ上げた。は後ろのジュダルを振り返ったが、彼がため息をついてそれを容認したのを確認して、紅炎を見下ろす。



「なんだ、おまえでも緊張しているのか。」



 紅炎の肩に座っているため、の躰の硬直が彼に伝わったのだろう。薄笑いを浮かべて問いかけられ、は自分の白銀の魔法の杖を握りしめる。



「・・・かもかな。」



 同じ迷宮ではないけれど、は確かに迷宮を攻略し、何らかの形で力を手に入れた。その証が二つもの太ももに埋まっている。もちろんなくした記憶の明確な答えは、きっとここにはない。でも欠片はきっとここにある。

 記憶に向き合うのは未だに怖い。向き合う気もない。

 でも、ジュダルがいるなら、記憶に触れる可能性があったとしても、怖い場所にも行ける。彼と一緒にいるのが、何よりも安心する気がするから。

 そして、



「あまり離れるなよ。おまえはすぐに死にそうだからな。煌帝国の金属器使いが減ってもらっても困る。」



 紅炎は素っ気なく言うが、どうやらを守ってくれるつもりらしい。正直少し驚いたが、彼はを妹として、そして煌帝国の金属器使いのひとりとして扱う気のようだ。



「なんだその顔は。」

「いや、紅炎お兄さんは、案外良いお兄さんなのかなって。」

「おまえ本当に失礼なヤツだな。」



 紅炎は悪態をつきながらも、迷宮の入り口の前に立つ。先ほども見てみたが、きらきら光っているだけで中の様子は全くうかがえない。はその光にひかれるように、手を伸ばす。



「馬鹿!」



 ジュダルが叫んだ瞬間、そのまま躰が勝手に浮き、引き込まれる。



「え、」



 が振り返り、手を伸ばす。だが結局その手を掴んだのは、ジュダルの方だった。が強く彼の手を握り返した途端、恐ろしい勢いで引きずり込まれる。

 光が消える頃、とジュダルは宙に放り出されていた。



「わっ・・・」



 下へと引っ張られるような強い重力を感じる。咄嗟の反応すら忘れていると、ジュダルがを抱きしめたまま、危なげなく浮遊魔法を使った。ふわりと躰が浮くのを感じ、ジュダルの躰にしがみついては躰を硬直させる。




「おまえっ!むやみに入り口に触んじゃねぇよ!!」


 ジュダルに怒鳴りつけられて、は初めて自分の身に起こったことを理解した。



「おい、大丈夫かよ。」

「・・・び、びっくりした。」



 やっと自分の身が安全だと思い、躰の力を抜いて安堵の息を吐く。



「しっかりしろよ・・・本当に大丈夫か?」



 出だしからこれでは不安も募るというものだ。ジュダルは浮遊魔法でゆっくりと下へと降りていく。長方形の石を積み上げた筒状の空間には何もない。彼の漆黒のお下げと、の白銀の下げが、ひらひらと下から吹いてくる風に揺れていた。

 だが、が下をのぞき込んでも、底は一向に見えない。真っ暗闇にぞっとしては首をひっこめ、慌てて彼の首に抱きついた。

 底にたどり着けば、道に勝手に火がつき、あたりを照らし出す。



「すっごく綺麗ね、」



 地面はごつごつした茶色だが、あちこちに水晶の柱が突き刺さっており、それが灯りに照らし出されて煌々と輝いている。はジュダルから離れて水晶に触れようとしたが、ジュダルが手を離さなかった。



「おまえ懲りろよ。いらねえもんに触んじゃねぇ。」

「あ、そっか。」



 先ほど光に触れて、紅炎の肩から引きずり下ろされたばかりだった。ジュダルに助けてもらえたからよかったようなもので、そのままひとりなら浮遊魔法を使う暇もなく驚いている間に転落死していたかも知れない。

 魔法の杖を持っていたとしても、魔法が使えなければ一緒だろう。



「みんな来ないね。」



 は辺りを見回す。

 炎に照らし出されて道は見えるが、それほど広いようには思えない。多くの人が迷宮攻略のために来ていたから、降りてきたらわかるだろうと思うが、一見しても人の気配はない。



「先に入っても後からくることがあるし、どこに落ちてるかもわかんねぇよ。」

「そうなの?」

「だから紅炎はおまえを抱えたまま入ろうとしたんだって。」



 手を繋いでいたり、抱えていれば同じ場所に出ることが出来るだろうが、手を離していたり、僅かでも時間を空けてはいると、同じ場所に出ることが出来るとは限らない。全く別の時間に、別の場所に出て、そのまま死んでしまうこともあるのだ。

 ダンジョンとはそういう場所である。



「案外、・・・怖いんだね。」



 玉艶やジュダルにあれほど注意されても、は入るまで実感がわいておらず、だからこそ、先に入り口の光に触れてしまったのだ。自分のやったことが相当危ないことだと気づいて、は今更ながら怖くなって、ジュダルの手を強く握りしめる。


「・・・そのぐらいいつもしおらしかったら、俺、おまえのこともっと好きになれそう。」



 ジュダルは戯れるように片手での頭を自分の方に引き寄せ、こめかみに口づける。ちりりと、彼からもらった耳飾りについた金色の房飾りが音を立てる。

 は少し怯えた自分の心を慰めるように、ジュダルの温もりに頬を寄せた。




迷宮