少しが落ち着くと、ジュダルとは上を目指して移動することとなった。



「迷宮を攻略するためには、宝物庫に行かなきゃなんねぇんだよ。紅炎たちもそこを目指してるはずだぜ。」



 ジュダルは説明しながら、何故こんな初歩的な話を、金属器を二つも持っている人間にしているのだろうと、自問自答したくなった。ついでに言うと紅炎が既に兵たちに向けてその話をしていたが、彼女は聞いていなかったのだろう。

 彼女はいつも通り「ふぅん、」と適当な答えを返してくる。



「なんかきらきらしてるね。」



 は浮遊魔法で歩くジュダルについてきながら、周囲をきょろきょろ物珍しそうに見回す。その拍子にひらひらと長い白銀のおさげが動きにあわせてせわしなく揺れていた。

 道には水晶なのか、多くの鉱物があり、きらきらとそれが炎や淡い光に揺れて、煌めく。確かにその様はここが迷宮であると言うことを忘れれば、単純に綺麗だろう。ただ、これから上に上がっていけば迷宮生物も多い。

 随行している兵士たちがどのくらい生き残れるかは、彼らの力量と、落ちた場所による。半分実力、半分運と言ったところだ。

 最初入った時に、宙に放り出され、転落しかけたことに少し怯えていたは、まだぼんやりとしていた。



「迷宮って、マギが出すんだよね。」

「そうだな。」



 ジュダルは前、にそう説明した。

 は周囲から魔力を集めることが出来る。それはマギと同じ能力ではあるが、は迷宮を出現させることが出来ない。また、マギが王を選ぶ人間であるにもかかわらず、は王の証である金属器を保有している。

 そういう点では、やはりはマギとは違うのだ。



「わたしが、攻略したって言う話の迷宮って、ジュダルが出したの?」



 はジュダルから少し離れて、水晶を眺める。炎に反射してゆらゆら揺れる光が、石灰石を切り出した白い壁面に、歪な影を作り出す。




「え?」



 ジュダルはに言われて、何故自分がそのことに思い当たらなかったのかとぽかんと口を開く。

 が迷宮に初めて入ったのは十数年前、シンドバッドが初めて迷宮を超えてそれほど時間のたっていない頃の話だ。恐らく彼女は5,6才だった。ジュダルが初めて迷宮を出現させた頃。だが、ジュダルはヴァイス王国の近くに、迷宮を作ったことはない。



「・・・あいつか、」




 レームのシェヘラザードが、ヴァイス王国の近くにわざわざ迷宮を作ったとは思えないし、彼女はあまり金属器使いが増えることを望んでいない。ならば、が攻略した迷宮を作り出したのは、間違いなく、



「まるいのかぱぁって、ぱっくん?」



 ふとのんびりとしたの高い声音で呟く。



「は?」



 ジュダルが声につられて顔を上げると、そこにいたのはかぱっと大きな口を開ける、丸い怪物だった。気づけば大量にこちらを見て、かじりつこうとしている。



「見たことないくらい丸いし歯がぎざぎ・・・」

「おいおいおいおいおいおいおい!!!」



 さも当たり前のように手を伸ばそうとしているの首根っこをひっつかみ、全速力で逃げる。だが当然ながら丸い大きな口だけを持った怪物たちは、浮遊魔法が使えるのかすごい速度で追いかけてきていた。



「なにあれー、」



 は引っ張られながら、状況に似合わぬのんびりした声音で尋ねる。



「黙れよ馬鹿!!おまえマジで馬鹿だろ!!ありゃ迷宮生物だよ!!」

「丸くてかわいいね、」

「かわいくてねぇよ!」



 迷宮生物の一部は肉食で、よく兵士などが食べられているのを見ているジュダルは、悠長に構えていられない。だが、を引きずっての逃亡は分が悪く、しかも相手は浮遊魔法で飛んできているため、追いつかれてしまう。

 ジュダルはすぐに魔法の杖を構える。こんなところでマギがやられていては笑えない。だがはジュダルの魔法の杖を掴んだ。



「だめ。食べる気ないよ。」



 ジュダルは彼女に言われて、改めて自分たちを取り囲む丸い迷宮生物を眺める。

 青色の、水晶で出来ているかのように固そうな丸いそれは、躰の半分が口のようで、牙も大きい。軽くの頭くらいならば一呑みにしてしまえるだろう。迷宮生物はとジュダルの周りをしばらく回ったが、攻撃せずにじっとしていると、すぐにどこへと去って行った。



「ぱっくんちょ、どっか行っちゃったね。」

「よかったぜ。」




 ジュダルは心底安堵の息を吐いてから、腰に手を当ててを睨む。



「おまえなぁ、ちょっと気をつけろよ。」

「ごめん、でもなんか、ぱくってするだけだったから、」

「どー考えても人食えるぞ。あれ。」



 ジュダルは魔法の杖をくるりと回してから、懐にしまう。はというとぼんやりと辺りを見回し、壁に文字が書いてあるのを見つけ、それを自分の指でなぞる。



「叙事詩?」



 彫刻されているその内容は、まるで一つの歴史のようだ。ある種族があり、その長があり、そして他の一族を束ねた王がいる。が宮廷でもよく教えられた、大陸の叙事詩と似ている。



「だいたい同じ話かな、」



 冒頭は少し違うが、結末はいつも同じ。



「おまえ、トラン語読めるんだっけ?」




 の実母は首席魔導士であり、実母が生きていた頃、は学んでいただろう。だが、は実母が殺された10年前以前の記憶を持っていない。なのに、トラン語が読めるのは、おかしい。



「おまえ、記憶ないんじゃねぇのかよ。」

「うん。教わった記憶はないんだけど、」



 辺境の村でも、勉強はさせられていたが、それはこの世界の共通語だけだ。の養父母は元々ファナリスの奴隷で、村の者たちも同じ。読み書きは出来ても、王族や貴族たちだけしかだいたいの場合は読むことの出来ないトラン語を読むことが出来るものはいなかった。

 だが、事実としては読めるのだ。



「なんだぞりゃ。」



 ジュダルは少しそのことを訝しんだが、深く考えなかった。もともと賢い方でもない。論理的に繋がりを考えるのは苦手であるため、についてあまり深く考えようとはしなかったし、同時に、彼にとって彼女は傍にいるだけでよい存在で、彼女を守るため以上の彼女の背景にそれほど興味がなかった。



「なんか、でも、これちょっと違うね。」



 は指で彫り込まれたトラン語をなぞっていく。

 戦いにより疲弊していた人々が、治癒の幼子によって助けられ、同時に大王に救われたとされている。が一般的に知る物語と、少し異なるものだが、時々治癒の幼子が出てくる話は確かにあった。ただし、たまに治癒の老婆の場合もある。

 その点では珍しいと言えば珍しいが、特筆すべき程でもなかった。



「んなことどうでもいいって、進むの面倒くさそうだぜ。」




 確かに珍しい話なのだが、そんなことはどうでも良いことだ。

 先ほどまで舗装された道が続いていたというのに、奥にはたくさんの水晶が壁から突き出て道を塞いでいる。



「でも、ぱっくん向こうに行ったってことは、通れるんじゃないかな、そこにいるし。」



 はどうしてもあの丸い迷宮生物が可愛くて仕方がないらしい。こちらの様子をのぞき込んでいる迷宮生物にぶんぶんと手を振る。すると、大きな口を持った迷宮生物は、の所までやってきて丸い躰をすりつけた。




 頬をにすりつけるそれは、の後ろに何かを見たように硬直する。ふと振り返れば、ジュダルとの背後に、丸く巨大な、水晶の鱗を持つ蛇の姿をした迷宮生物が、じっと二人を見下ろしていた。



「ひっ、」



 ジュダルはあまりに大きな体とそれに比例して大きな口を見て、喉の奥から悲鳴を上げる。



「わ、大きいね。あれ、でも食べる気ありそうかな、」



 驚いていないのか驚いているのかわからないような反応とともにはのんびりとそう言うが、小さな丸い迷宮生物もの手から必死で逃げようとしていた。少し体の大きな丸い迷宮生物の何匹かが、の服を咬み、無理矢理引っ張る。



「あ、あらら、え、服破れちゃうよ。」




 浮遊魔法を使っているため、そのまま迷宮生物に軽く引きずられていく。




「おい、待てよ!!」




 ジュダルは慌てて引きずられているについて行く。

 水晶の突き立っている場所でも、巨大な方の迷宮生物は遠慮なく突き進み、水晶の柱を破壊しながら襲ってくる。だが小さな方の迷宮生物もこの場所の構造についてはよく把握しているのか、を無理矢理狭い場所に連れ込み、でかい方から逃れる気のようだ。



「あたたた、」



 は狭い所に無理矢理引きずり込まれたため、水晶の柱に頭をぶつけ、とろい悲鳴を上げる。



「我慢しろよ!そのくらい!!」



 ジュダルはついて行きながら、ため息をついた。




迷宮