丸く口の大きな迷宮生物は、どうやらを仲間だとでも思っているようだった。
「疲れた。」
浮遊魔法を使うのに疲れたは、魔法の杖を持ったまま丸いその迷宮生物に両半身を乗っけて浮いている。丸い迷宮生物たちはの周りに大量に群がっており、どうやらを群れの一員として捉えているらしい。
ただジュダルはそうでもないらしく、ジュダルが近づくと威嚇する。
たちを襲ってきた蛇の姿をした巨大な迷宮生物は、小さく丸い迷宮生物たちの天敵のようだった。
「でもよかったね。上へ行かなくちゃ行けないみたいだから、一緒に行ってくれて。」
どうやらこの丸い迷宮生物は、奥へと入る道を知っているようで、ジュダルとは順調に宝物庫まで進めそうだった。
「なーんか、俺、おまえが自力で迷宮超えた気がしねぇわ。」
ジュダルはや迷宮生物とともに上へと登りながら、そう思った。
「いやまぁ、そりゃな。おまえの力って言っちゃあ、おまえの力なんだろうけどさ。」
「?」
は言っていることがわからなかったのか、首を傾げる。
彼女が迷宮を攻略したのは4,5才の頃。恐らく、史上最年少の迷宮攻略者であることは間違いないだろう。体力、技術、判断力、そのすべてが全く足りない、あまりに幼すぎる王だ。そして同時に、恐らくその王の資格もまた、他の王とは全く異なる。
シンドバッドが助けに入ったとはいえ、彼曰く、彼がたどり着いた時には既に迷宮を攻略していたという。
「迷宮生物に手伝ってもらったんじゃねぇの?」
「さぁ、覚えてないからわからないかな。」
彼女はジュダルが尋ねても、根本的にあまりそこに興味がないのか、丸い迷宮生物に頬を寄せている。
迷宮生物もどうやらを仲間だと思って疑わないのか、楽しそうに口をがじがじさせている。ただ口がの頭を軽くかじれるくらいあるので、ジュダルは心底危険性を感じたが、彼女はそうでもないようだった。
迷宮生物に案内されるがままに上の階へと行くと、大きな部屋にたどり着き、そこには見上げるのに苦慮するほど巨大な扉がある。
「大きいね、」
「おい、絶対触んなよ!!」
ジュダルは今にも手を伸ばしそうなの手を先に掴んだ。先ほど入り口の扉に引き込まれたことを全く忘れてしまったかのような態度に、ジュダルは眉を寄せる。ただ彼女は軽く首を傾げただけで、後ろを振り返った。
「でもここ、すごい大きな空間だね。」
細い道が多かったが、ここは酷く開けている。ジュダルたちが入ってきた通路から、あの丸い迷宮生物たちが顔を覗かせていた。
「・・・なんか、心配されてるみたいかな。」
「そりゃおまえのとろさを見たら心配にもなるぜ。」
ジュダルは肩をすくめて言ったが、彼女は唇に人差し指を当てて「んー」とまた、元来た通路の方を振り返る。
「ジュダル、」
「なんだよ、」
「なんかね、危なそうかな。」
「は?」
はくいっとジュダルの服を引っ張って、近くにあった水晶の柱に隠れようとする。
「なんだよ、」
「・・・あの子たちが怖がってるから、隠れた方が良い気がする。」
ジュダルの腕にしがみつくようにしている彼女は、珍しく本気で怖がっているようだ。広いその空間をじっと眺めていると、別の水晶の影から、大きな体をずるずるという音とともに引きずりながら、先ほど見た蛇とは比べものにならないくらい大きな蛇が出てきた。
鱗のひとつひとつがジュダルの身長くらいありそうだ。体表は非常に固そうで、ジュダルの氷魔法でも気合いを入れないと貫けないだろう。
どうやら迷宮生物たちは、これを怖がっていたようだ。
「おいおい、ありゃなんだよ。」
「あれは、わたしたち食べたそう。」
「いやいや、誰が見てもわかんだろ。」
あの強大な体躯と蛇という動物の姿をもしている限り、あれは人を食べるだろう。
巨大なあの大きさの蛇を相手にしようと思えば、魔法の一つくらい使えなければ不可能だろう。あれを殺せる人間がいるならば、まさに王にふさわしい強さを持っているはずだ。
「どうする?わたしたち、別に迷宮攻略しに来たんじゃないし。」
もジュダルも迷宮の攻略を目的としているわけではない。これほど大きな蛇を相手にする危険を冒してまで、前に進む必要性があるのか。
「そうだなぁ。」
紅炎と合流することが最大の目的で、別に蛇を倒す必要性はない。もいるのだし慎重に進むべきだろうとジュダルがを振り返ると、彼女は壁にあった隙間に躰を滑り込ませるようにしていた。壁の向こうには先ほどの丸い迷宮生物がいる。
「おまっ、何してんだよ!」
「なんかこっちだって、」
は躰がぎりぎり入るくらいの隙間を、ゆっくりと進んでいく。でもちまちましか進めないのだから、彼女より間違いなく躰の大きいジュダルがともに行くのは難しいだろう。だが、あちら側には少なくとも空間があるらしい。
宝物庫に行く道はいくつもある。必ず紅炎がここを通るかどうかはわからないので、ここでただ待っているわけにもいかない。当然、蛇に食われたくもない。戦いたくもない。
「仕方ねぇな。」
ジュダルもに続くように隙間に躰を滑らせる。この方法がとれるのは随行した人間の中で、多分とジュダル、そして紅覇だけだろう。紅覇の部下の女たちは胸が引っかかるだろうと思ってから、ふとって貧乳だよなと今更気づいた。
隙間を抜けた彼女を改めて見てみるが、まったくない、というほどではないが、ふくよかとは言えない。
「なにかな、」
視線を感じたのか、丸い迷宮生物を連れた彼女が振り返る。
「・・・いや、おまえ、ガキっぽいよな。」
紅玉は確かに老けて見えるが、は逆に見た目が本当に幼い。第二次成長期はいつあるんだろうかと言った感じの身長と、見た目である。自己申告はヴァイス王国でも確認したので間違いない。ジュダルよりいくつか年上だが、誰もジュダルより年上だなんて思わないだろう。
ジュダルはに言ったが、彼女は外を見たまま、動かない。
「あぁ、おまえ知らねぇのか。ここは外に繋がってんだよ。っていっても異空間の外だけどな。」
迷宮は基本的に魔法と魔法道具の塊だ。全く異なる空間に繋がっている。建物の外には大抵の場合、無人の街が広がっていることが多かった。どうしてこのような構造になっているのか、それはマギであるジュダルにもわからない。
はそれをその翡翠の瞳で眼下の町並みを見回す。どうやら建物は塔のようになっており、隙間を抜けてジュダルたちは外への通路に出てしまったようだ。
「わたし、ここ、知ってる気がする、」
は無人の街を愛おしそうに眺める。どこからともなく吹いてくる風に、長い白銀のお下げが揺れる。その風に人々の声が混ざっているような気がして、は静かに目を閉じた。
迷宮