結局、ジンであるレラージュの好みの問題から、紅覇が金属器を持つことになった。




「28人の犠牲者か。」



 紅炎が冷静に犠牲者を見下ろす。本来なら迷宮で死んだ従者たちの遺体の回収などわざわざしないのだが、いつもは適当に他人に従うが譲らなかったのだ。

 探索魔法などほとんどわからないであろう彼女は、それでも2時間待てと言ったまま、あちこちから遺体を捜して宝物庫まで持ってきた。

 それにつられた紅覇が手伝いはじめ、仕方なくジュダルが探索魔法を使い、当然紅覇やジュダルが手伝い始めれば従者も手伝わざるを得ず、結局全員で遺体探索という、非生産的な活動に5時間を費やすこととなった。

 迷宮生物に食べられ、見るも無惨な遺体もある。それでも食べられていない衣服や、宝飾品をとってきて、は自分の服で包んでいた。

 この細やかさは為政者としては致命的に思えたが、そうでもないのだろう。

 事実紅炎と紅覇の従者たちはあまり批判せず遺体の回収を手伝い、同時に少しだけほっとした顔をしていた。自分たちが危険な任務に携わる主に付き従っている限り、主にかわって死ぬ覚悟はあるだろう。だが、遺体と自分たちが紙一重の場所にいたことは間違いない。

 そしてその遺体を丁重に扱うに、悪い感情を抱くわけがなかった。



「どうしたんだよ。静かじゃねぇか。」



 ジュダルがの様子をじっと観察している紅炎が気になったのだろう。問いかけてくる。



「そうだな。最初はただの馬鹿だと思ったが、知れば知るほど使える妹だ。」



 紅炎は隠すことなくはっきりと言いきった。

 は紅炎が統治者であるという自負故に切り捨てた場所を、紅炎に批判が集まらない形で拾い上げていく。紅炎を批判することもない。軽んじることもないが、非常によく拾い上げる。



「飽きたら言え。」

「は?」

「おまえがをいらなくなったら言えと言ってるんだ。俺がもらう。」

「はぁああ!?」




 ジュダルは顔を顰め、身を乗り出して声を上げた。だがそれに答えることなく、紅炎はの方へと足を踏み出す。



「これで、全員分かな。」



 は自分の手元にある、犠牲者の宝飾品なども含めて数え、満足したのか大きく頷く。



「満足ぅ?本当に、服が汚れちゃったよぉーー」

「服?あ、いっぱい布地とかもらってるから、紅覇くんにあげるよ。あと、亡くなった人の家族とか、怪我をした人にもあげなくちゃ」



 煌帝国の皇女として、またヴァイス王国の首席魔導士としての政治的立場から、にはたくさんの贈り物が贈られている。それに興味を持たないにとって下げ渡す相手は、自分が思う人間ならば誰でも良い。


 言葉通りその全てを、犠牲者の家族や怪我をした兵士たちに分配するだろう。



「そんなのいらないしぃ、それに、僕だってちゃんとするよぉ。」



 紅覇が偉そうに言うが、がいなければ亡くなった犠牲者の家族にまで継続的な援助はしようと思わなかっただろう。紅炎はふよふよと銀色の杖を持ったまま浮遊魔法で浮いているに手を伸ばし、自分の肩に抱え上げる。

 は浮遊魔法を使うのに疲れていたのか、大人しく紅炎の肩に腰を下ろした。



「紅炎お兄さんは怪我してないかな。」

「あぁ。問題ない。」



 一応確認のつもりで尋ねてきたのだろう。それに紅炎は淡々と答えて、を見上げる。

 長い白銀の髪が水晶の間の壁に塗られた青い塗料に透けて、淡い青色に輝く。表情は少し悲しげで、今度は紅覇のジンとなったレラージュへと目を向けた。



「貴方はどうしてここにいたのかな。」

『お許しください。それに答えることは許されていないのです。』



 レラージュは紅覇と紅炎に対しては不遜とも言える態度を取ったが、とマギであるジュダルに対しては敬語を使い、深々と頭を下げ、敬意を示す。それは何故なのか。恐らく、理由があるのだ。




「ひとりなの?」

『・・・はい。』

「そっか、ひとりなのは、とても寂しいかな」




 は目尻を下げて、酷く、自分のことのように悲しそうな表情を見せる。レラージュは瞠目してから、眉間に皺を寄せ、遠い日を思い出すように目を細めた。



様は、いまお寂しくないですか?』



 問いに、はレラージュから視線を地面へと下げ、小首を傾げて口元に手を当てる。その拍子に長い白銀のお下げが揺れる。



「さみ、しい?」



 実母を殺され、育ててくれた養父母もなくし、祖国であるヴァイス王国から離れ、ひとりぼっちで煌帝国にいる。が心許なく思っていても無理はないことだと、紅炎は思う。

 だがは顔を上げると、紅炎の肩に手をついて紅炎から離れる。かわりに彼女が手を伸ばしたのはジュダルにだった。当たり前のようにジュダルもの手を取る。同じ方向に、白銀と漆黒の長い三つ編みが揺れた。



「うぅん、ジュダルがいるから、寂しくない。」



 彼とは血が繋がっているわけではない。たまたまを見つけ、そして彼女を自分のものにした。それだけだ。それでも、は誰よりもジュダルと繋がっている。彼の傍にいて、それを満足に思っている。

 レラージュは何とも表現しがたい、切なそうな表情で一つ頷くと唇の端をつり上げる。それは酷く不格好な、泣き笑いのようなものだった。



「貴方は、わたしを知ってるのかな。」



 はレラージュの態度などからそう考えたのだろうが、レラージュにとってそれは答えることの出来ない質問だった。すぐに首を横に振って見せる。



「そっか、そうだね。ごめんね、困らせてしまって。」



 は素直に謝った。

 仕立ての良い高級な布地の服。大きくはないが、質の良い翡翠の耳飾り。従者たちからの敬われ方、マギや王族たちとともにいることから、彼女は今も非常に高い身分を持った人物なのだろうと、レラージュの目にも推測できる。

 なのに、その優しさも、率直さも、彼女はちっとも統治者らしくないし、上に立つものとしては、ふさわしくないように見える。

 でも、誰よりも優しくて、誰よりも弱くて、誰よりも強い。愛すべき主だ。



『何も、何も言うことは出来ませんが、忘れないでください。』



 レラージュはの小さな手に、自分の大きな手を伸ばす。マギと繋いでいない、もう片方の手を両手でとり、ひざまずいて額に押し当てる。



『敵も、味方も、同じように貴方を愛し、貴方に恨みも憎しみも抱いていなかったということを、』



 白い小さな手、遠い日もまた、彼女の手は白く、小さかった。その小さな手で、必死で抱きしめていたものがあった。堪えた悲しみと寂しさが、後悔があった。

 白いルフが、彼女の周りに集まり、守るように輝く。




『私たちが誰よりも、誰でもない貴方の、貴方の幸せを願っていると言うことを。』




 レラージュがゆっくりと顔を上げると、顔の割には大きな彼女の翡翠の瞳が、柔らかな青い色合いを抱く。



「しあわせだよ、ジュダルがいてくれて、みんながいてくれて、しあわせ、」



 高い声音、澄んだまま、レラージュの耳に届く。たくさんの絶望と悲しみの中にあっても、いつも、いつもそうだった。幸せ、しあわせ、シアワセってなんだ。

 貴方の幸せは、どこにあった。



『あの歌を、もう一度お聞かせ願えないですか。』

「歌?」

『この部屋に入ってきた時、貴方が歌っていらっしゃった、』

「良いよ。」



 は穏やかなほほえみとともに、その願いを受け入れる。レラージュは部屋の青い壁に透ける彼女の青みがかった白銀の髪に、かつての大王と幼女の姿を思い浮かべる。

 懐かしい旋律がレラージュの耳に届く。

 少なくとも紅覇とともにいれば、もそこにいるのだろう。手を出すことが出来なくても、この歌とともに歩むことが出来るのならば、それはレラージュにとって本望だ。

 レラージュは瞼を下ろし、かつてここにたくさんの人が溢れていた日々のことを思い浮かべる。青い髪と青い瞳をした青年と、同じ髪と瞳の幼女とともに。


迷宮