吐息が熱い。肌に触れる全てが熱くて、悶える。

 重たい瞼をうっすらと開けば、漆黒の隙間から窓を開け放ったままであるため、月光が降り注ぐのがぼんやりと見える。きらきらするそれがただ綺麗だと目を細めると、躰の中にある熱がくすぐるように動いて、を苛む。



「ほら、」



 気づかない間に横を向いていたらしい。頬に自分より大きな手が添えられて、視線を上げればジュダルの顔が目の前にある。どうやら漆黒は彼の長い髪だったらしい。そのまま促されるように口づけられ、また目を閉じる。

 唇が少し冷たい気がして、軽く舌を出して舐めると、彼が唇の近くでふっと笑ったのを感じる。唇がまた重なって、今度は舌が入り込んでくる。熱い、触れる肌も、唇も、全部熱い。僅かに指先を動かすと、シーツが少しだけ冷たい気がした。だがその指先もすぐに熱い指に絡め取られる。



「あっ、うぅ、っ、」



 高い声が重ねられる唇の合間に漏れてしまう。嗚咽ではない愉悦を含んだ声に自分でも気づいて、頬を染める。ジュダルの赤い目が目の前にあって、それが恥ずかしくて顔をそらそうと身を捩ると、追い詰めるように腰を押しつけられた。

 元々足が悪いのでそうされれば、逃げられない。ずり上がることもできず、身を震わせるしかない。ただ、嫌ではなかった。

 が眉を寄せると、ジュダルがそこに口づける。



「っ、きつ、いか?」

「だ、だいっ、じょ」



 少し苦しい。でも、嫌なわけでも、辛い訳でもない。感覚は逃れたくなるけれど、甘美なその感覚に少し怖じ気づいているだけだ。

 ジュダルもそれを理解してか、にいっと意地悪く口角をつり上げる。



「っ、じゃあ、良いわけだっ、」



 くつくつとのど元で笑われて、ますます恥ずかしくなって勝手に顔に血が集まるのを感じたが、ジュダルの手が頬にあり、顔を背けることが出来ない。ぐっと足を広げられ、奥に入り込まれれば息が詰まり、同時に言いようもない快楽が躰に広がっていく。

 最初は痛くて苦しいばかりだったというのに、今はもうジュダルに慣れてしまった。



「ふっ、うぅ、あ、」



 動きが速くなれば、吐息と漏れる嬌声だけで、言葉にはならない。声は溢れるのに、躰は引きつるような硬直と、流されそうな快楽。怖くて、重ねられたジュダルの手を強く握り、もう一方の手を彼の背中に回す。



「あっ、うぅ、うう、ひぁああ、」



 堪えて、でも堪えきれずに先にイったのはだった。恥ずかしげもなく高い声音をあげて体を震わせる。躰がひくっと引きつってこれ以上ないほどに硬直し、次の瞬間、脱力する。だが、ジュダルが動くのをやめない。



「ひぃうっ、や、や、あ、あ、だっ、」



 イったばかりの躰に、激しい刺激は毒だ。焼き切れそうな感覚にまた躰が硬直し、流石に苦しさのあまりジュダルの背中に爪を立てる。




「っ、我慢しろっって、」



 ジュダルが苦しそうな声でそう言って、僅かな抵抗を示すを強く抱き込んだ。



「あぁ、あう、っ」

「うっ、ぐっ、」



 彼の躰が何度か小刻みに震える。そしてそのまま彼の重みがの上に振ってきた。もやっと躰の力を抜いて、重たい瞼を閉じる。

 ジュダルが荒かった息を整え、ゆっくりと躰を引く。まだ感覚の残る躰に引き抜かれる感覚が辛くてぎゅっとシーツを握れば、その手を取られ、口づけられた。ジュダルがの隣に横たわり、少し嬉しそうにを抱きしめる。

 快楽を貪るのもそれなりに意味があるのだと思うけれど、こうして身を寄せ合って話したり、じゃれ合う時間が、酷くしあわせだ。最初は痛いばかりだったけれど、いつの間にかこうやって温もりを分け合って、身を寄せ合うことを覚えた。退屈で意味のないはずのこの時間を幸せだと思えるようになった。

 それは本来であれば人として、恋人として当たり前のことだ。

 ただ何もわからず、普通の恋愛も、普通の暮らしもよく知らないジュダルにとって、それは決して簡単なことではなかったし、手に入れられると考えたことのないものだった。



「んっ、」



 ジュダルは戯れるようにの唇に自分の唇を重ねる。触れるだけのそれが酷く心地良くて、は熱でまだ潤んだとろんとした瞳のまま、ゆったりと微笑んだ。



「大丈夫か、」

「・・・た、ぶん、」

「多分?」

「だって、ちょっと、」



 声が余韻で勝手に震える。

 イったばかりに動かれるのは、肉体的に非常に辛いし、しんどい、と訴えると、ジュダルは少し身を縮めるを可哀想に思ったのか、宥めるように耳元で「わりぃ、」とぼそりと言った。それは彼の口から聞く初めての謝罪で、は瞠目した。



「え、」

「・・・なんだよ。」



 ジュダルは少しばつが悪そうに素っ気なく言って、口をへの字にする。



「・・・うぅん、ジュダルが優しいかなって、」



 はジュダルの胸に自分の頬を押しつける。とくとくと生きている心臓の音が聞こえて、自分と同じように生きているのだとわかる。毛布ごと、ジュダルの腕が自分を抱きしめるのを感じて、なんだか先ほどのことなどどうでも良くなって、は笑みを深くした。

 魔法がなくても、金属器がなくても、ご飯がなくても、きっとはこの瞬間とても安心しているし、とても幸せで、何よりも満たされている。

 それでふと、父の言葉を思い出す。



『親がいなくたって、いつかおまえも誰かと家族になって、おまえが親になるんだぜ。それはな、人として何かを残せる、すばらしい営みだ』



 自分には覚えていなくても実母がいた。夢の中でしか会えない実父がいる。そして自分を育ててくれたファナリスの養父母がいた。そしてその親に育てられたがいて、こうしてこの場でジュダルと躰を重ねている。




「人の、営み、」




 その意味はにはまだわからない。でも両親が死んで、一人のは、でもやっぱり一人ではなくて、隣に自分の髪を撫でてくれるジュダルがいる。



「は?」

「なんかね、お父さんが言ってたんだ。親はいつかいなくなるもので、誰かとわたしはいつか家族になって、また親になるんだって。」



 の髪を撫でるジュダルの指が止まったことに、は気づかないまま、続ける。



「それはすばらしい営みだって。」



 生物として当たり前の営み。親が愛情を子供に注ぎ、育てる。いつか子供は他の、血の繋がらない誰かを見つけて、寄り添って、そうやって家族を作る。そして子供たちを作っていく。いつか親は死ぬけれど、何も寂しくなんてない。

 家族と言っても様々な形態がある。血が繋がっていても白瑛と母親の玉艶のように他人行儀な親子もいれば、とファナリスの養父母のように、血の繋がりがなくても愛情一杯に育ててくれることもある。

 ただ、もし普通の道を歩むのならば、きっとこの温かくて緩慢で、そして優しいまどろみが、いつか家族を作り、また生み出す“人の営み”なのだとは思う。

 に知識欲はない。物欲もないし、特別強く求めるものはほとんどない。でも感じる。それが運命なのか、それとも他人の感情なのかはわからないけれど、感じるのだ。は温かい場所を感じて、それを広げる。無意識のうちに、それを願っている。




「・・・いつか?」



 ジュダルは想像もしたことがない未来に、僅かな期待を持つ。それは無意識のうちに諦め、考えたこともなかった当たり前の未来。奪われていた温かな場所。その僅かな光が、かすかではあるが小さな疑問と光をジュダルの心に差し挟む。



「温かいね、」



 ジュダルは温かい、とは思う。そしてジュダルもまた同じように思う感情が、生み出すありきたりなもの。それが大きな希望とともに憎しみすら生む恐ろしいものであると言うことを、は覚えてはいなかった。

 覚えていなければならないのに、忘れていた。

尊い営み