久しぶりに米の食事をしたジュダルは、寝台にを横たえると隣に自分も転がった。

 甘みの強い酒をアギスから勧められ、少し飲んだため体が少しほてっている。隣に身を横たえているの白い肌も、赤みを帯びていた。

 先に幼い王太子ソロンは部屋を辞したが、どうやら王妃の雪雁は煌帝国の現状を知りたかったらしい。

 彼女が嫁いだ頃はまだ煌帝国は小国で、彼女の兄の白徳もそれほど権力がなく、皇帝と名乗れるほどではなかった。また彼女は身分の低い妾の娘で、軽んじられていたこともあって蛮族と言われるトゥーボー王国に嫁がされたそうだ。

 そのため彼女のことを歌った悲劇的な詩が煌帝国にはたくさんある訳だが、彼女はトゥーボー王国で正式に正妃として遇され、幸せに暮らしているようだった。



「遠乗り楽しみかな。」



 は少し酒が入っているため艶やかな、とろりとした高い声音で呟くように言う。

 一週間ほど後には煌帝国の訪問団をもてなすための狩猟が催される予定なのだが、雪雁がに名産物の珍しいチーズやラマの肉を食べさせると約束したのだ。どうやら一部だが米をつかった粥のようなものもあるらしく、煌帝国の食生活をよく知る雪雁が食事の采配を振るうことは、米の好きなジュダルにとってはありがたかった。



「そうだな、」



 ジュダルは寝台で体を反転させ、の方に躰を向ける。

 彼女は枕を預け、長い白銀の髪を褥の上に滑らせ、ぼんやりとしていた。翡翠の瞳は僅かに潤んでいて、頬が赤いのはまだ酒が残っているからだろう。赤い頬が熱いのかが気になって、ジュダルは彼女の頬に手を伸ばす。

 しっとりとした、それでいて滑らかな感触。掌から感じられる体温は少しいつもより高い。彼女はその手に答えるように艶やかに、それでいてふわりと笑う。



「これまでの生活を変え、ひらりひらりと飛ぶ燕のように、遠く西の異国へ赴いた。山は高くそびえ、川はゆったりと流れている。父上、母上よ、その道のりは遙かに遠く、嗚呼、しかしなんと美しきことか。心は流れに満たされ、夢を見るようだ。」



 蛮族に嫁ぐ皇女の悲劇を歌った詩をかえ、はジュダルに身を寄せたまま、囁くような声音で高く、柔らかに歌う。

 異国に嫁いだ皇女は今、王妃としてこの国で生きている。




 ――――――――――恋人か?





 アギスはに、ジュダルとの関係についてそう尋ねた。

 その疑問に答えるのは難しい。身分や地位を抜きにするなら、とジュダルの間柄は、なんと言えばよいのだろうか。

 現在もジュダルに捧げられた神官と言うことになっているが、は煌帝国の正式な第二皇女であり、ヴァイス王国の首席魔導士でもある。身分や地位という点で、その優越はジュダルがマギだと言うこともあり、微妙なところだった。

 が基本的に全ての物事の決定をジュダルに任せるため、うまく廻っているのだ。

 今までは主とただの寵姫のような扱いだったが、今は全く異なる。ジュダルにとってははただの玩具で、それ以上でもそれ以下でもなかった。でも、今はささやかな不都合で彼女を手放そうとは思えない。

 そして、彼女が地位や身分を得たことによって、ジュダルと対等の立場になった。彼女もまた、ジュダルとともにいたいか、田舎を考えることの出来る立場となったのだ。

 そうなるとこの間柄はどうなるのだろう。



「恋人、なぁ、」



 ジュダルには恋人など、いたことがないのでわからない。

 恋心も、同じだ。あの女性は美人だ、とか、歌がうまいとか、そういう話は宮廷では当たり前にあるし、を最初に見に行ったのも、美人がいると噂になっていたからだ。ただ、“恋する”というのがよくわからないのだ。

 独占欲が恋だというなら、間違いなくジュダルはに恋しているのだろうが。

 はジュダルの二の腕に頭をのせ、ジュダルの髪を解いて遊んでいる。白くて細い指がジュダルの漆黒の髪を絡める。それが酷く扇情的に見えるのは、自分のものだと実感できて、こみ上げてくるこの感情はなんなのだろう。



「こい、びと?」



 はジュダルの言葉を反芻する。少し舌っ足らずの高い声音が幼げで、それなのに艶やかだ。酒が残っているのはも同じらしい。



「そういえば、娼館にいた頃、こいびとと、逃げた人がいたかな。」



 は宮廷に買われる前、少しの間娼館の芸妓をしていた。

 とはいえ足が悪く、明確に琴の腕を持つは幼かったこともあり春を売る必要はなかったが、そう言った行為を目撃したことは当然ある。

 華やかに見えて貧しい生活。芸妓ではない娼妓たちは春を売る以外に、なんの技術も持たない。知らない人に体を売り、心を病んでいく。その中で、客との逢瀬に本気となり、命を絶ったり、逃げたりするような人は少なくなかった。

 多くの場合は捕まり、折檻を受ける。恋人もただではすまない。


「でも、こいびとって、なにかな。」



 が口にするのは、ジュダルと同じ疑問だ。



「なんだろうな。」

「好きならこいびと?」

「そりゃ片思いだろ。」

「じゃあふたりとも好きならこいびと?じゃあ、お父さんとお母さんは恋人?」

「そりゃ夫婦だろ。」

「わからないかな。」

「・・・だな。」




 権力の渦巻く宮廷には、普通の恋人同士などほとんどみかけない。恋愛結婚なんてものは夢もまた夢。事実も、ジュダルに無理矢理買われたに等しい。

 男は女をそうして手に入れ、女もまた地位の高い男に媚びる。そこに純粋な恋愛感情など存在しない。ましてや幼い頃から宮廷で育ち、どこで生まれたか、両親すら知らないジュダルにとって、“恋”という感情もまた、よくわからない物だった。

 でも、自分のものに対する独占欲はしっかり感じる。最近では紅覇とが話しているだけでも苛々するのだ。

 本当のことを言うと、自分の知らない彼女の過去を知る人間がいるのも不快だ。同時に彼女の過去も今も、全て自分が知りたい。何を感じているのか、何を思っているのか、何を見ているのか。視線も、体も、過去も現在も、そして未来さえも、彼女の全てを独占したいのだ。

 優しくしたい、酷くしたい。笑って欲しい。自分のために泣いて欲しい。自由にさせてやりたい、閉じ込めたい。

 自分の中に渦巻く、相反する感情をは理解できないだろう。



「俺、酔ってるな。」



 変なことばかり考える。元々難しく考えるのは苦手だし、アルサーメンのコマである自分が深く考えても無駄なはずなのに。



「わたし、よってないかな。」



 ふわりと響く声音は高くてぼんやりとしている。目の前にあるのいつもは白い頬は赤く染まっていて、ジュダルは同じく赤い鼻先に口づけた。



「よく言うぜ、おまえも酔っ払いだ。」

「そんなことないよ。わたしはいつもどーりかな。」

「いつも通りなぁ。あぁ、馬鹿なところはいつも通りだな。」

「ひどーい。」



 が唇をとがらせて、ジュダルの首に細い腕を伸ばしてくる。ジュダルが彼女の体を抱きしめると、ころころと楽しそうに笑って仕返しだとでも言うように、ジュダルの頬に口づけてきた。

 やはり、酔っているのだろう。



「あー、酒ってやべえわ。」



 抱きしめた服越しの、いつもより少し高い彼女の体温が気になって仕方がないな、なんて思っていると、男の生理現象が止まらない。

 それを酒のせいだと言うことにして、その淡く染まった白い肌を暴くことにした。