「なんだ、こりゃ。」




 アーサーから手紙を受け取ったプロイセンのギルベルトは手紙の中を透かすようにシャンデリアにか
ざして眺める。





からだ。」






 アーサーは不機嫌ではあったが、に頼まれたため仕方なく手紙をギルベルトに渡した。ちなみに
菊宛ての物もある。プロイセンことドイツ、そして日本も、今回の会議にはやってきている。は気
が引けるから国際会議には参加しないことになったが、兄に会いに来るため、一応は一緒に来ていた。
それをプロイセンに教えてやる義理はないが。






「へぇ、あのちびっこが1人でイギリスか。可哀想にな。泣いてないか?って泣いてるか。」





 ギルベルトはさも決定事項のように言うからアーサーは眉を寄せた。






「別に泣いてなんかいないさ。」






 泣いているところなど、見たことがない。屋敷から出ることはほとんどなく、書斎に籠もりきり、不
安そうな顔をするが、泣くこともない。ただ淡々と規則正しく日々を過ごしている。






「は?ないだろ。それ。」

「なに?」

「あのガキ。兄貴と一日離れただけでびーびー泣くんだぞ。泣かないわけないだろ。イギリス行きの船
でも毎日泣いてたんだぞ。」





 ギルベルトはさも当たり前のように反論する。それはいきさつをよく知っているからだ。日本にも軍
制の指南のためによく足を運び、ギルベルトはがイギリスに行く時にも、随行していた。性格も知
らないわけではない。事情もアーサー以上によく知っていた。






「ついて来る奴もいなかったからな。あぁ、もしかしてあれか。案外気にしてんのか?誰だったか、日
本人の将校に、あんまり泣くから国の恥だってどなられやがってなぁ。子供にむち打ちやがる。可哀想
に。」






 だから泣かないのか、とアーサーは納得する。

 ギルベルトは、結構相手のことをよく見ている。

 彼は強者に噛みつくこともするし、言動は容赦がないが、弱い者に優しいところがある。変に子供っ
ぽいところもあるから、にでも慕われるのだろう。






「へぇ、酷いこと言いやがんな。」

「珍しくおまえと意見があったな。だろ?まぁ、海外でいらないことをすまいと日本も必死なんだろう
けどな。一応一発殴っといたが。」






 子供に当たっちゃいけねぇよ、とギルベルトは言う。

 上に立つ人間として、軍人として、教育をきちんと受けている彼からしてみたら、子供を感情的に怒
鳴りつける大人はあまり見過ごせる物ではなかったのだろう。






はきてねぇのか?」

「ヴィラで滞在してる。国際会議には顔は出すのは恥ずかしいから出てこないそうだ。」

「まじで?相変わらず引っ込んでるとこは、日本も似てんな。まぁ、日本はあっという間になれたけど
な。」






 ギルベルトは言いながら、からだという手紙の封を切る。綺麗なアルファベットはまるで教科書
の手本のようだ。それもご丁寧なことに、ドイツ語で書いてある。






「あれ?ドイツ語まで出来るようになったのか。あいつ。」





 ギルベルトも感心したのか、ふむと頷く。

 そう言えばは書斎に籠もって、勉強もしていた。英語がだいたい話せるようになったので、今度
はフランス語とドイツ語を学んでいるらしい。






「結構あってんな。間違ってるところも多いけど。がきんちょってことを考えると、まぁ、そこそこだ
な。」





 ギルベルトはふむふむと内容を理解していく。





「何書いてあんだ?」

「人の手紙のぞくなんて無粋だと思わねぇの?」

「気になるだろ。」





 アーサーはさも当たり前だというように言ったが、ギルベルトは珍しい色合いの目を丸くした。





「なに?好きなのか?」






 ギルベルトは無神経にあっさりと尋ねる。






「ばっ、違うさ!!」






 顔をまっ赤にして慌てて否定すると、ギルベルトは首を傾げただけで、また手紙に目線を戻す。彼の
目が文字を辿る。そしてしばらくすると、盛大に吹き出した。






「おまえんち、飯まずいの。」






 にやりと笑って、ギルベルトはアーサに笑った。






「へ。」

「だって、まっぴんくのケーキ?ひでぇな。食いモンじゃねぇよ。」

「結構上手いんだぞ。あれは。」






 アーサーは反論したが、自分が味音痴であることには、何となく自覚があった。日本は食べ物に関し
ては種類も豊富で豊かそうだったから、美味しいのかも知れない。ふっとが最初にオートミールを
口にした時、凄い顔をして紅茶で流し込んでいたことを、思いだした。






「あぁ、ピンクのケーキの方の味は普通らしいな。それよりもなんだ?あいつもうホームシックか。こ
りゃ酷い。」






 ギルベルトはひらひらと手紙を振る。アーサーは手紙を彼の手からひったくった。

 ギルベルトとは王族が親戚同士なので、言葉はだいたい分かる。読んでみると、時間が不規則でアー
サーとも会う機会はあまりないし、自分は引っ込み思案で屋敷に籠もりがち、食事も合わないし、どう
すれば良いかわからないから寂しいし帰りたいが、菊と日本のメンツもあるのでどうしたら良いのかと
いう事が、遠回しかつ丁寧な言葉でつらつらと記されていた。

 がイギリスにやってきたのは政治的な意図も大きく含まれているから、勝手に帰れないことは彼
女だって分かっている。だからギルベルトに、何か問題のない帰りかたがないかを尋ねているのだ。





「・・・・あいつ、一言も。」





 そんなこと言わなかったじゃないか。アーサーは思う。

 市場に連れて行った時に、彼女は本当に楽しそうな顔をしていたが、あれ以後、危ないからと屋敷か
ら出ることもなくなり、ただ日々を過ごしていた。淡々と日々を過ごすことになれているのだろうと、
勝手に解釈していた。






「言ってくれりゃ。こっちだって屋敷にいたのに。」






 アーサーはぽつりと悪態をつく。

 そんなに寂しいと思っているのならば、一言、夜会などに出ずに自分といて欲しいと言ってくれれば
良かったのにと思う。






「日本人は慎ましいからな。ってか、大人しいし。仕方ねぇんじゃね?文化の違いだよ。文化の。」






 日本をよく知るギルベルトは肩をすくめて言った。

 そう言えばはアーサーに日本の女性はあまり外に出ないと言っていた。外に出ることは不安なの
かも知れない。昔、菊にしがみつくようにしていたを思い出す。それくらい、彼女は今も不安なの
だ。





「でもなんて話せばいいのかわかんねぇんだよな。あいつ、本ばっか読んでるし、飯は・・・あわない
みたいだし。」







 普通の女ならば宝石やドレス、また食事などに連れて行けばそれなりに機嫌がとれるが、は贅沢
をあまり好まず、読書ばかりしていて、何をしたいのかなかなか言ってくれない。だから、アーサーに
はなにをして良いか、わからなかった。






「まぁ一緒に居てやりゃいいんじゃね?あいつ寂しがりだし。本当に日本にいた時何度泣かれたか。」






 ギルベルトはもう飽きましたとでも言わんばかりの様子で額を抑える。

 彼が日本に来た当初のは少女と言うにはまだ及ばない子供で、神社と言う限られた人しか来ない
聖域から出たばかりで、不安で溜まらない様子だった。だから菊にしがみついていたかったのだが、菊
とて日本の変化に応じていろいろな所に出かけていかなければならない。一緒に居て欲しいけれど、仕
方ないことは分かっている。だから、彼女はただひたすらに泣いていた。

 誰が聞いても理由は言わない。ただ、ただ、声を上げて泣きじゃくるのだ。我が儘だとか、子供だか
ら大人を怖がっているとか、使用人達は色々理由をつけていたが、すぐにギルベルトは違うと思った。
彼女は不安に駆られて泣いていたが、きちんと菊が忙しいとも理解できていた。その証拠に、菊が帰っ
てくるところりと泣き止み、出かけるまでは全くと言って良いほどおかしな様子を見せず、菊に模範的
とも言えるほどきちんと従った。



 何度聞かれても、泣く理由だけは言わなかったから、徐々に放って置かれるようになったが。





「あの泣き虫がなぁ。」




 ギルベルトはしみじみと呟く。アーサーは自分よりを知る彼に、酷く不快そうだった。













 
淋しがりやの子供