国家間のために、アーサーがを大切にする理由があるらしい。はそれを敏感に感じ取ってい
た。理由は深くは分からないが、イギリスにとって日本は大切な存在になりつつあるようだ。嬉しいよ
うな悲しいような、気分だ。やっぱり帰りたいなと思ってしまう。





「なーに、暗い顔してンだ、ちびっ子。」




 ぼんやりしていると、目の前に現れたのはギルベルトだった。アーサーがいない間に、ここがベルリ
ンのイギリス大使館であることを良いことに強権を発動して入ってきたらしい。今は国際会議中だが、
ギルベルトは国であるが連邦の中の一国家に過ぎず、代表者はドイツになっているという。






「ギルベルトさん。」

「よー、イギリスに虐められてねぇか?」






 にっと笑ってギルベルトはくしゃくしゃとの頭を撫でる。気さくな彼の様子はいつもを安心
させる。






「あ、はい・・・パーティーに一緒に行かないかと言われました。」





 は少し視線をズラしてよそ見しながら報告する。

 有り難いような迷惑のような気分だ。酷く緊張するし、不安だ。まだ菊やギルベルトならば不安も少
ないのだが、相手がアーサーだと放ってどこかに行かれそうな気もする。屋敷に女性をたまに連れてき
ては遊んでいるのを、実はは知っていた。






「あー、歓迎のパーティーか。日本は帰ったけど、イギリスやアメリカは出るって聞いたしな。」

「そう言えば、みんな出るって言ってました。」

「あぁ、俺の弟のドイツも出る。来るなら紹介してやんよ。」





 ギルベルトは楽しそうに笑う。弟が可愛くて仕方が無いのだ。は菊を思いだして優しい気持ちに
なる。お兄ちゃんは、優しい。





「ギルベルトさんも、お兄ちゃんなんですね、なるほど。納得しました。」

「は?」

「だって面倒見良さそうですもん。」

「それ言っちまったら、イギリスもお兄ちゃんだったんだぜ。」

「え、そうなんですか?」





 そんな話を聞いたことがなかったは目を丸くする。国際間の分布図が、まだにはわかってい
ない。だが、どうしてもアーサーが面倒見が良さそうには見えていなかった。面倒になったら放り出し
そうだ。






「まぁ暇なら出といた方が良いぜ。イギリスの他にも、アメリカ、ドイツ、イタリア、オーストリア、
ロシア、後は・・・・ひとまず結構主要国家の集まりだぜ。」

「そんなに、」






 怖じ気づいてはひくりと口の端を引きつらせるが、ギルベルトは相変わらず豪快に笑った。






「そんなびびるもんでもねぇさ。それに国同士は他の奴らと別枠だ。イギリスについてくんなら別室で
みんなでパーティーだ。他の国には会うかも知れねぇがな。」

「へぇ、そうなんですか・・・・・」






 一般の人間ではなく、国同士。その中に自分が挨拶に回ると思うと、もの凄く気が沈む。ましてや菊
もいない。少数のパーティーならばいざ知らず、いらないことをしてしまったらどうしようと、正直不
安すぎる。






「ギルベルトさんも、来ます?」






 不安そうに上目使いで尋ねると、ギルベルトは驚いたような顔をした。






「一応な。今は俺はドイツの一部だが、ヴェストが出ろと言ってた。」

「・・・・わたし、でなくちゃならないんですかね・・・・・」

「・・・・・出たくないのか。」





 きょとんとして尋ねられる。






「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






 直球な質問には答えられなかった。言った方が良いのは分かるが勇気が出ない。人前に放置され
たらどうしよう。乗り切るだけの自信がない。






「は、イギリスはよっぽど信用ねぇわけだ。」

「ち、あ、ちが、」

「違わねぇだろ。菊がいたら出ただろ。」






 ギルベルトの言葉は鋭すぎて、は怯んだ。その通りだ。菊がいたならば、菊がエスコートするな
らば、これほど怯えることもなかっただろう。おそらくギルベルトでもこれほど信用しないことはなか
っただろう。

 ただ、ふらふらと遊ぶ惚けている日常を知っているだけに、どうしても困ったときに本当に助けてく
れると言う確証が、アーサーに関しては得られていないのだ。だから、不安。






「せっかくアーサーさんが、好意で誘ってくれたので、出た、いのですが、不安で、昨日も眠れなかっ
たんです。」

「おまえ、本当に繊細だな。よくイギリスで生き残ってたもんだ。」

「はい。かろうじて、」





 食事でやられそうになったが、かろうじて生きていたのは、将校の『弱さは国の恥である』という叱
咤と菊からの連絡を頼りにしていたからだ。弱さを見せないようにと懸命に頑張ってきたが、もうそろ
そろ疲れてきた。






「イギリスってそんな遊び人なのか?」





 どさりとギルベルトは勝手に椅子に腰を下ろす。






「それって、・・・プライベート暴露してることになりませんかね。」

「今更だろ?」

「・・・・・毎日昼過ぎないと起きられないくらい夜遅くには帰ってきますね。」






 パーティーやなんやと言っても、そんなに遅くなることはないだろう。要するに他のところで遊んで
いるのだ。それはよくわかっているし、口出す権利がないことも知っている。ただし、それだけ軽いと
言うことなので、実際的に信用をなくすことには繋がる。少なくとも女性であるには。





「日本人は比較的潔癖だからな。」






 日本を訪れていたギルベルトは、その文化を知っている。

 遊びもせずすぐに家に帰る菊に驚いたほどだ。あまり遊びほうけるのは美徳とされないらしいし、軍
人となればなおさらのようだ。好色が好まれないのはドイツも同じだが、イギリスは少しヨーロッパの
中でもそう言ったことには緩い。まぁ、ドイツが厳しすぎるという意見もあるが。イタリアなどはゆる
ゆるである。

 女にうつつを抜かすのは、日頃ならば放っておけるが、パーティーにパートナーとして出席するなら
ば、は慣れておらず、すぐに離れていく可能性のある人間をパートナーにするには、あまりにリス
クが高すぎるのだ。






「そういうのに出て行くのが怖いなら、知り合いたくさん作っといたほうがいいぞー。まぁフランスは
やめとけよ。」

「どうしてですか?」

「弱いし、イギリス以上にたらしだからな。」





 プロイセンがフランスを普仏戦争でフルボッコにしたと言う話は、菊から後日聞いた。

 だからフランス軍制を取り入れようとしていたのに、日本はプロイセンから軍制を採用したのだそう
だ。よくわからないことではあったが、要するにプロイセンの方が強いのだけは分かった。






「どうして、菊はドイツと手を組まなかったのでしょう。」

「は?」

「だって、ギルベルトさんだったら、少しは仲良くできたかも知れないのに。」






 は目を伏せてぽつりと零す。それは、言ってはいけないことだ。国同士の交渉はにはさっぱ
りわからないことで、菊と上司の采配による。なのに、どうしてもは呟かずにはいられなかった。

 ギルベルトがばつの悪そうな顔をしている。どうしたのですかと、尋ねようとして後ろから冷えた声
が振ってきた。





「悪かったな。俺で、」

「え?」





 声を掛けられて振り返ると、後ろには冷たい緑色の瞳があった。背の高いアーサーに睥睨され、
は凍り付く。

 あまりにアーサーの目が冷たくて、はすぐに俯いて自分の失態を思い知った。一体いつから聞か
れていたのだろう。弁解の言葉も思いつかず、ただ恐ろしくて泣くことすら出来ない。






「たらしが信用できないってんなら、誰とでも行くと良い。」





 にこりと恐ろしい程綺麗に笑ってアーサーは出て行く。





「否、それ、俺様が言ったことだが・・・・」





 ギルベルトが引きつる表情で言う。たらしの話を振ったのはではない。ギルベルトが悪かったの
だ。が。





「黙れ、」





 一瞬振り返ったアーサーの目は恐ろしい程冷たかった。








 
病みつき