国と言っても参加したのはイギリス、フランス、イタリア、アメリカ、ドイツ、ロシア、オーストリ
ア、プロイセン、そして日本の代理としてだった。

 10人だけなのでこじんまりしたもので、もちろん初めてそう言ったパーティーに出席するに自然
と視線は集まった。

 はまっすぐの黒髪を緩く結い上げ、それを海洋国家らしい真珠の髪飾りで止めている。白い肌と
黒い髪が映える上質の赤い生地のドレスは、日本の菊がパリで特注させた物らしい。パリは最新のモー
ドが飛び交う場所で、がヨーロッパで馬鹿にされないようにと思ったのだろう。首飾りはルビーの
艶やかな物だった。彼女が持っていた宝飾品は真珠だけだったので、それではあまりに貧相だと思って
購入させた。それほど大きな石が着いているわけではないが、彼女の白い胸元によく映えていた。


 この姿を見て誰も彼女を侮ったりはしないだろう。元々小股で歩く癖がついているせいか、がさつな
動きもない。






「前見たときはちっこくって、菊の後ろに隠れてたのに、あっという間に大きくなって美人さんになっ
たな。」 





 アルフレッドはイタリアやフランスに囲まれるを横目にアーサーに言う。





「・・・・そうだな。」

「何不機嫌なの。君。」





 遠慮などないアルフレッドは不機嫌なアーサーに楽しそうに尋ねる。






「うるせぇよ。」

「あぁ、そっか。プロイセンにの隣を奪われちゃったから不機嫌なんだね。ざまぁ!」

「わかってんならいちいち口出すんじゃねぇよ!!」





 アーサーはアルフレッドを怒鳴りつけたが、彼がかいすることはない。






「こわーい!俺もにちょっかいだしてこよ。」






 アルフレッドはこれ見よがしにそう言って、の方に走っていく。その後ろ姿を見ながら、アーサ
ーはまた舌打ちをした。





「なーに苛々してるんだよーイギリスー。あんなに可愛い子がいるのに。」






 イタリアのフェリシアーノはもうにちょっかいを出し終わったのか、アーサーの隣に来る。





「恥ずかしがりやさんでなかなか話してくれないけど、あのくらい大人しいと可愛いよねぇ。」

「そうだな。」

「あれ、気のない返事。興味ないなら俺に頂戴よ−。可愛い子って癒される〜」





 目を細めるフェリシアーノにアーサーは呆れた。この男はパスタと女さえあれば満足できるような奴
だ。国の事なんてこれっぽちも考えていない時がある。

 彼女はギルベルトとの会話をアーサーに聞かれた時、酷く狼狽えていた。おそらく彼女はアーサーの
怒りを買うことによって日本、しいては菊が不利益を被ることを恐れているのだろう。しかし、実際に
日本政府とイギリス政府の利害は一致しつつある。アーサーの怒り一つで国に送り返すわけにはいかな
いのだ。結局政府、上司達はアーサーの関係のないところの思惑で動く。それをはまだ知らない。
国=政府ではないのだ。少なくとも自分にとっては。






「ダンス、すごく上手だねー。くるくる回ってもちゃんとついてきてくれるんだ。すごいよね。」





 フェリシアーノは背中の後ろで手を組んで笑う。





「そうなのか?」





 芸術に関しては秀でるイタリアが言っているからには、間違いなく上手いのだろう。彼女がダンスが
出来るとは思いもしなかった。極東の日本にはダンスなどないから出来ないとばかり思っていた。






「うん!」





 フェリシアーノは酷く嬉しそうに頷いたが、すぐに顔を背ける。






「…言うなら怖いプロイセンが彼女の隣から離れてくれるとベストかな。」





 イタリアはプロイセンに直接攻められたことはないが、それでも噂で恐ろしいと思っているらしい。
ドイツの強面は基本的に恐ろしいというのがフェリシアーノの意見だった。

 の方を見るとプロイセンのギルベルトの二の腕に手を添えながら、アルフレッドと話している。
結局エスコート役はギルベルトに無理矢理押しつけた。はアルフレッドとそつなく会話してそうに
も見えるが、彼女が掴んでいるギルベルトの服にもの凄い皺がよっているから、彼女は酷く緊張してい
るのだろう。

 その姿が最初に出会ったときと重なる。日本である菊に出会ったときも、彼女は菊の服を握りしめ、
怖がるように体を寄せていた。

 彼女の隣が、自分では駄目なのだろうか。


 ふと、アーサーはそんなことを考えた。






「可愛いなぁ―。よろーしく!」







 アルフレッドが笑いながらに抱きつく。

 は初めてのことに顔をまっ赤にして驚いた。日本では挨拶で抱きつくなんて事はしないらしい。
そのためそう言ったことに免疫はない。アーサーは彼女の態度に慌てたが、あっさりギルベルトが
からアルフレッドを引きはがした。







「アメリカ、やめろよ。困ってんだろ。」

は恥ずかしがり屋だなぁ、ひとまずよろしく頼むぞー、」

「おい!聞いてんのかぁ!?」






 また抱きついたアルフレッドにギルベルトが叫んだ。また引きはがされそうになるが、アルフレッド
は粘っている。軍国主義プロイセンと、強国アメリカ。良い勝負だなとアーサーは思いながらもどちら
に対しても気分が悪くて、目をそらした。






「随分しっかり学んできた方なのですね。」






 オーストリアのローデリヒがアーサーの隣にやってくる。彼もと話してきたようだ。






「何故?」

「音楽に関してよく勉強してこられたのだなと思いまして。熱心に聞いてくださって、楽しい会話をす
ることが出来ました。」





 ローデリヒは言って、窓の外を見る。






「ハンガリーも連れてこれば良かったですね。喜んだでしょうに。」






 同じ女性であることを考えれば、きっと仲良くなれただろう。






「確かにね。きっと喜んだだろ―ね。だって、って可愛いもん。ハンガリーも良いお姉さんだし緊張
もとれたか も?」






 フェリシアーノも賛同する。ローデリヒは頷いてからアーサーを見た。






「随分努力されたでしょう。列強渦巻くこの世界で、極東にありながら、海外知識を身につけようとさ
れたのですね。」





 ローデリヒは彼女の努力に惜しみない賞賛を送る。それでアーサーは彼女がアーサーの書斎に閉じこ
もっていた意味を知る。人に見られないように泣くためというのもあっただろうが、おそらく、知識を
手に入れたかったのだ。誰にも馬鹿にされないように、菊が恥をかかないように。


 海外に一人で放り出されて、不安でなかったわけがない。泣いたら自国の将校に怒られるわ、ヨーロ
ッパ諸国に会ったのは使節団の時一度きりで、知り合いと言えるのはプロイセンのギルベルトだけ
だった。ギルベルトは軍制指南のために日本に滞在していたため、仲も良い。彼女がギルベルトに
頼るのは仕方が無いことと言えた。






「少しくらいのことは、目をつぶって差し上げなさい。」






 ローデリヒは小首を傾げ、アーサーに言う。

 彼はどうやら、とのやりとりをギルベルトに聞いたらしい。プロイセンとオーストリアはもめて
いたというのに、プロイセンがドイツになった途端に徐々に仲良くなった。話を聞いて、一応アーサー
に釘をさしにきたのだ。





「え?イギリス、いじめてるの?」





 フェリシアーノがローデリヒに隠れてこそっと言う。





「別に。扱い方がわからないだけだ。」





 アーサーだって、彼女に酷く当たろうと思っているわけじゃない。ただ、ギルベルトとの会話を
聞いて焦ったと言うよりは、苛立っただけだ。の兄でもある菊がギルベルトを頼るのも気に入らな
い。






「ヤキモチですか?」

「は?誰がんなこと言ったんだよ。」

「てっきりプロイセンが彼女と仲がよいからすねているのかと思ったんですが・・違うんですか。」






 ローデリヒはこれ見よがしに眉を寄せ、腕を組む。






「違うに決まってんだろ!そもそも、こっちはあいつを押しつけられたもどうぜ・・・!!」






 アーサーはあまりの恥ずかしさに勢いのままそこまで言って、はたりと自分の科白を思い返し、
の方に目を向ける。

 あまりの大声に聞こえたのだろう。に抱きついているアルフレッドとそれを引きはがしにかかっ
ているギルベルトが『それは言っちゃ駄目だろ』と言う顔でこちらを見て、隣にいるフェリシアーノも
『あーあ、』という顔をしていた。ローデリヒは頭を抱えている。他の面々もそれぞれ複雑な顔でこち
らを見ている。


 はアーサーに背を向けたままだ。





「・・・・少し、席を外します。」





 沈黙の後、はそう言って広間から退出した。














 
不器用すぎる僕等