「貴方は馬鹿ですか。お馬鹿。言った傍から貴方は何をやっているんですか。」






 ローデリヒが指揮棒を持ったままアーサーを叱りつける。

 日頃ならばしっかり言い返すアーサーも、このときばかりは黙ってその怒りを受けるしかなかった。
は控え室に戻ってしまって、帰ってくる様子はない。泣いているのかも知れないが、女性の控え室
に入るような無粋なことは流石に出来なかった。

 当然ながらアーサーは各国から非難を浴びることになった。





「まったく!貴方という人は。」





 ローデリヒは腕組みをして言う。





「女性の扱い方がまったくわかっていないね。」





 ふふふとフランシスが薔薇を持って笑う。





「優しく、そうして柔らかに扱わなくちゃ。」

「女性の扱いの問題じゃないよー。そもそもそう言う事って本当でも言っちゃ駄目だよね。ましてや嘘
でしょーぉ?」





 フェリシアーノはピザをかじりながらため息をつく。イタリアにまでそう言われたら終わりである。
アーサーも流石に沈んだが、言い返す元気はなかった。

 その上日本がを無理矢理押しつけたのではなく、イギリス側が欲しがったのだ。しかしながら、
はそう言った政治の動きに疎いから、アーサーの恥ずかしさから来た発言を本当だと信じ込んだこ
とだろう。そして弁解の余地すら与えられぬまま、彼女は去って行ってしまった。





「あー、女の子いなくなっちゃって興ざめだよ。パスタがおいしくなーい。」





 フェリシアーノはぷくっと頬を膨らませる。





「え、パスタはおいしいぞ。」






 アルフレッドはもきゅもきゅとしっかりパスタを食べている。彼は一瞬考えるそぶりを見せてから、
近くの部下を呼ぼうとする。






「イギリスに言っても仕方ないから、もう日本に言いつけよ!」





 明るい顔でアルフレッドが笑った。実はアメリカも結構日本と仲がよいのだ。





「ちょっ!!それだけは上司に殺されるから勘弁してくれよ!!」






 アーサーは慌ててアルフレッドを止める。





「えー、どっちにしても、日本の妹のかわいがりようは異常の域だから、どっちにしても殺されちゃう
な。やったぞ!」





 語尾に星マークがつきそうなほど上機嫌にアルフレッドはウィンクする。

 確かにその通りだ。菊は年の離れた妹を驚くほどかわいがっている。国や政府など関係なく、本気で
を取り返しにかかるかも知れない。そうなれば、ロシアと日本が結ぶ可能性だってある。アーサー
は上司に殺されるどころではすまない。





「本当に、怒ったら心にもないことを言ってしまうその性格をどうにかした方が良いですよ。」





 ローデリヒは哀れみの目をアーサーに向ける。

 彼は一応アーサーがを酷く思っていないことは分かってくれているようだ。しかしながら、どう
しても伝わらない。どうにもタイミングも悪いらしい。

 ギルベルトやアルフレッドが彼女と一緒に居るのが嫌だ。不快だ。気分が悪い。だから自分に頼って
欲しいと思うのに、それを上手く伝えられない。優しくしたいと思っているのに、ちっとも伝わらない よう
だ。

 本当に彼女が願うならパーティーにだって行かなくて良かった。喜んで早く屋敷に帰るようにした。
でも彼女が何も言わないしいつまでたってもぎこちないから、気まずいし遊びほうけて帰って、それが
との時間を少なくする。だからといって一緒にパーティーに出ようにも、一緒に過ごす時間が少な
すぎて、信頼されていないため不安がられる。一緒に過ごそうにも、きまずい雰囲気になる。何も言っ
てくれないから、こちらもどう出たらいいのか分からない。





「でもー、このままにベルリンの日本大使館に駆け込まれたら。イギリス。どうする気なの?」





 フェリシアーノが珍しく、本当に珍しく、妥当な可能性を意見する。





「確かに。他国の大使館には干渉できねぇからな。よく思いついたな。」




 ギルベルトが腕組みをしたまま壁に凭れ、フェリシアーノに感心する。

 当然、イギリスが強いと言っても他国にある他国の大使館に干渉する事なんて出来ようはずもないの
で、イギリス大使館にいるうちはイギリスはを保持できるが、此処はドイツだ。ベルリンの日本大
使館に逃げ込まれれば、イギリス側はどうしようもない。ここはドイツであるから、が本気になっ
たらそう言う逃げ方もあるのだ。


 そんな可能性、誰も考えなかった。






「えへへ、ほめられた―。だって、逃げるときにどこに逃げればいいかいつも考えてるから!」

「感心して損した。」





 ギルベルトはきっぱりと言ってフェリシアーノから目をそらす。





「可愛い子だよねぇ・・・欲しいなぁ。」





 ぼそりとロシアのイヴァンが呟く。アーサーがイヴァンの方を見る。





「だって、こっちとしては日本と組んだ方が良いかなぁ・・・なんて、ね。」





 にこりと笑ってくる彼の言うことが冗談なのか、違うのかが分からない。だが、そうなると、ロシア
の南下政策でロシアと敵対しているイギリスは非常に苦しい立場に立たされる。それでなくとも孤立政
策銘打ってヨーロッパと距離を置いているのだ。





「まぁ責任感あるから、イタリアと違って白旗上げて逃げたりはしないだろうがな。」





 ギルベルトはフェリシアーノへの小さな嫌みと共に大きなため息をつく。





「そうなのか?」





 ドイツのルートヴィヒが兄の方を向いた。彼は日本に行かなかったのでよく知らないが、ギルベルト
のことをよく知っている。





「ねぇよ。責任感がないならそもそもとっととどっかの誰かさんみたいにとっくに逃げてら。」





 ギルベルトは目を伏せる。

 手紙を見る限り、元々かなりこたえていたようだ。それでも逃げだそうとしなかったのも、手紙の中
で事を荒立てない帰国の仕方が無いかギルベルトに聞いたのも母国のためであり、誇りのためだ。

 何も考えていないのならば、自国の将校に泣いてばかりいるのは国の恥だと怒られて、自分の行いを
改めて泣かなくなったりはしない。確かに政治には疎いが国の面子に関わることを、誰の判断も仰ぐこ
となくするような馬鹿ではない。


 だから、日本とイギリスが協議しなければならないような事態になる大使館に駆け込むなんてまねは
しないだろう。そんなことが出来る行動力があるのなら、そもそも菊はあれほどを心配しない。誇
りと背負う物のせいで何も一人ではしないから、心配するのだ。





「ひとまず、俺が引きずり出してくる。」





 ギルベルトが壁から離れて、うんと手を伸ばす。





「大丈夫なのかい?」






 アルフレッドが尋ねると、どうにかなるだろと簡単そうにギルベルトは答える。





「でも女性の控え室だろ?それに鍵締めてるかも・・・・・知れないぞ。」





 ルートヴィヒが困ったように兄を止める。





「壊しゃいいじゃん。」

「え・・・・・いや、だが」





 ルートヴィヒは流石に鍵を壊すのにも女性の控え室に入るのにも抵抗があるらしい。それはここに集
まる誰もがそうだった。






「俺達んちだろ。なおしゃ良いじゃねぇか。」






 ギルベルトの言葉にはよどみも迷いもなかった。自分の家であるし、本気でやるつもりらしい。ギル
ベルトはドアから出て行く前に思いだしたようにアーサーの方を振り向いた。






はぐずぐずしてるけどな。今回はてめぇが悪い。」





 決めつける口調は日頃ならアーサーも反論する物だったが、今回は何も言えない。その通りだ。
が悪いのではない。は確かに物をはっきり言わないところがあるが、迂闊な心にないことを口にし
たのはアーサーだ。





「良いか。引きずり出しては来るが、俺はてめぇなんかの味方じゃねぇからな。」





 ギルベルトは釘を刺してから、を連れてくるべく去っていく。アーサーはそんなこと分かってい
ると言いたかったが、恐ろしくて言えなかった。

 去っていく彼の後ろ姿を見ながらアーサーは項垂れる。背後からは皆の冷たい視線が突き刺さる。





「まぁ、誰も君の味方じゃないけどな!」





 ぼふっとアーサーの肩をアルフレッドが叩いてとどめを刺した。




















  鮮やかな喪失