泣きやんで、泣き顔も直って、広間に戻ったを待っていたのは哀れみの目と、アルフレッドの熱
烈な抱擁だった。





―、イギリスの野郎に何もされなかった?」





 抱きついてたずねてくるアルフレッドには驚きながらどうにか体を支える。彼はとても大きい。抱きつ
かれるのも少し苦しかった。






「てめ、何してやがる。」






 アーサーがぎろりとヒスイの瞳で彼をにらみつけるが、一向にアルフレッドは怖がらない。





「きまってるじゃん。イギリスへのい・や・が・ら・せ、さ!!」





 んべ、とアーサーに舌を突き出してにぎゅっと抱きつく。

 完全にわざとである。






「良い度胸じゃねぇか。」

「度胸?勇気かい?当然だろ。俺はヒーロー、」

「うるせぇ!!」





 アルフレッドの言葉をさえぎって、アーサーがアルフレッドにつかみかかる。

 そのまま喧嘩を始めた二人に、は目を瞬かせた。案外この二人は仲が良くないのかもしれない。
そう思いながら、ひと悶着あった後でみなの前に立つのが恥ずかしくて、は少しうつむいた。





「もう、話はまとまったか?」





 ギルベルトが心配そうに隣に立つ。





「あ、ご、ごめんなさい。」





 彼にも心配をかけてしまったと、はぺこりと頭を下げる。





「いや、そんなのはいいけど、大丈夫か?」

「はい、なんとか、話がまとまりましたので。」

「そうか。良かったな。」





 ギルベルトは遠慮もなくくしゃくしゃとの頭をなでる。そのしぐさは酷く菊に似ているのだ。

 彼は厳しいけれど、なぜかにとっては兄の菊を思い出させるものがあって、どうしても甘えてし
まうのだ。





「貴方、嬢には甘いんですね。」





 後ろにいたローデリヒが腕組をしてギルベルトの事を見る。





「なんだ、ローデリヒ。文句あんのか?は大人しくてよい子だろ?何も非の打ち所ねぇじゃねぇかよ。」





 ギルベルトの発言に、はなんだか菊と同じものを感じた。

 外に出たばかりのころ、妹さんがいるのかと言う人々に、菊はかわいいだとかおとなしいだとかたく
さんの形容詞をつけて説明していた。最初はそれがなんなのかわからなかったが、それがわかってくる
と、恥ずかしくなったものだ。やっぱり彼はお兄ちゃんだなと思う。





「貴方ペットの小鳥かなんかと勘違いしているのではありませんか?」





 冷たいローデリヒの言葉にギルベルトが彼をにらんだ。そのせりふが勘に障ったらしい。ギルベルト
はローデリヒを鼻で笑う。





「なんだよ。まだ普墺戦争の時のことを根に持ってんのかよ。領土はとらないでやっただろ?」

「うるさいですね。」





 もめる二人をはぼんやりと見つめる。少しはなれたところではアーサーとアルフレッドがまだつ
かみ合いの喧嘩をしていた。いろいろ仲の悪い二人というのはいるらしい。眺めていると、ドイツのル
ートヴィヒがやってきた。





「・・・・仲が悪いんですね、みなさん。」

「すまんな。兄さんとオーストリアは宿敵なんだ。領土の奪い合いが昔は盛んでな。」





 申し訳なさそうに言うルートヴィヒはでかい図体の割りにこじんまりと縮こまった。





「そ、そうですか。わたし国際情勢をよく存じ上げなくて。」

「・・・知らん方が良いこともある。」

「あ、そうですか。」






 はまたアーサーとアルフレッドに目を戻す。

 それでも今はドイツとなったプロイセンとオーストリアは同盟を組んでいるというのだから、喧嘩す
るほど仲が良いというのか、なんというのか。






―、」





 アルフレッドがのほうに走ってくる。今度はアーサーはフランシスと喧嘩を始めていた。





「ちなみにイギリスとフランスは百年戦争からの500年以上の喧嘩の歴史があるぞ!」

「・・・・酷いですね。」

「そんなもんだ。みんな喧嘩と仲良しを繰り返してきたのさ。」





 アルフレッドはに抱きついたまま言う。彼の抱きつき攻撃にもだんだんと慣れてきた。新しいパ
スタがメイドによって運ばれてくると、彼はぱっと離れてパスタの方に食らいつきに言った。身のこな
しが体は大きい人なのに早い。

 感心していると、フェリシアーノがアルフレッドが離れたのを見計らってやってきた。





「良かった〜無事だったんだね。」





 フェリシアーノがの手をとってくるりと回る。





「ついでだから、一緒に踊ろうよー。オーストリアがピアノを弾いてくれるみたいだしね〜」





 子供のように無邪気に笑って、彼はの腰に手を当てる。少しは緊張を覚えたが、ダンス自体
は好きだし、音楽も同じだ。

 フェリシアーノのステップは軽い。イタリア人はこんなに陽気に早く踊るのだろうか。ついていくの
は大変だったが、良い運動になるし何よりも楽しい。





「やーっぱり女の子が良いよねぇ。」





 音楽が終わると、へらへらと笑ってフェリシアーノは言った。






「国際会議って言ったらむさいのばっかでさぁ、やっぱ花が必要だよね。花が、」





 女のに力説されても困ると首をかしげいていると、長い金髪の男が花を持ったままやってきた。
先ほどアーサーと争っていたフランシスだ。





「あ、フランス兄ちゃん!」

「あぁ、きれいなお嬢さん。一曲踊っていただけますか?」





 聞かれて、は戸惑う。

 このフランシスという人は、ギルベルトから何度となく近づくなと釘を刺されていた人物だった。心
配してか、アーサーが隣にやってきてくれたので、きゅっとアーサーの腕をつかむ。






「えー、だめなの?」

「ぇ、えっと、」





 ははっきり言うのがヨーロッパの文化だといわれたのを思い出す。どうしようかとあわあわして
アーサーを見上げると、彼と目が合った。やさしく細められる緑色の瞳は、が言葉を発するのを待
っている。





「ギルベルトさんが、イギリス以上にたらしだから近づいちゃだめだって、言ったから、だめです。」





 ぎゅっとアーサーの腕を握ったまま言うと、二人の顔が固まる。

 フランシスからすれば、女の子であまりかかわったことのないにあることないこと(彼にとって
は)を吹き込まれ、近づいちゃだめだとまで言って邪魔をしたギルベルトに苛立ちを覚えた。かわいい
女の子と知り合いになれないからだ。

 だが、同じようにアーサーも固まる。その発言はフランスほどではないにしろ、アーサーだって遊ん
でいるということを含んでいる。

 は何の反応も返さない二人にきょとんとするが、同じような二人の顔に小さく笑う。





「なんだよ、」





 アーサーは突然笑い出したに、気を取り直すように髪をかき上げながら尋ねる。





「だって、ふたりとも同じ顔をしているから。」

「そ、そんなことはないさ、まさかこいつと同じ顔なんて!」

「そうだ。ありえねぇな。」





 二人はそろって反論する。それが面白くて、はまた笑った。

 反目しあっているのに、反応はそっくりなのだ。





「なんだ?結構楽しんでんな。仲良くなれたか?」 





 ギルベルトが二人にたかられているの近くにやってきて声をかける。





「はい。アーサーさんともお友達になれそうです。」





 が答えると、ギルベルトは盛大に噴出す。




「そうか、そうか。良かったな。」






 よしよしといつもの妹か動物かにするように、ギルベルトはの頭をなでる。






「女性にそれを言われちゃおしまいだよねぇ。」







 フランシスも哀れむような目をアーサーに向けた。












 
希望の宿る場所