「男同士でロードムービーなんて嫌だから早くを引きずって帰らないとな。」




 運転席のアルフレッドはにこにこと笑う。言葉の割にとても楽しそうだ。





「あはは、確かにそうですね。」





 助手席には笑っている菊、後部座席には縛られたアーサーがいる。

 軍隊の車は固くてあまり居心地が良くないが仕方ない。





「いい加減紐とけよ!」

「駄目だよ。君、車から飛び降りてでも逃げそうじゃないか。」





 アルフレッドはアーサーにさらりとかえして運転に戻る。

 元弟だけあって彼の行動パターンはお見通しのようだ。アーサーならば本当に怪我してでも嫌
ならば車から飛び降りるだろう。





「そもそもさ、君が心ないことを言わなければこんな事にならなかったんだぞ。ちょっと頭に血
が上ると心ないこと言う癖をなおせよな。まったく。」

「それ、ローデリヒさんにも百年ほど前に言われませんでしたっけ?」

「あぁ、そう言えばが初めてイギリスに行った頃の国際会議で言われてたな。ちっとも成長
しないな。アーサーは。」





 アルフレッドは菊の言葉を受けてぷうっと頬を膨らます。

 アルフレッドにしてみれば巻き込まれたも同然の事態だ。まぁ、兄のもめ事に喜んで着いてき
たことは否めないが。

 焼け野原が多く、そもそも道路なんて素敵な物ではなくひたすら砂利道を走る。ガソリンは積
んできたからどうにかなるだろうが、味気ない。線路が隣に走っていて、汽車が大きな音を立て
ていた。汽車にはこれ以上ないほどに人が積まれている。

 軍の士官からの報告でが三重へと向かう汽車に乗ったという確認は取れた。人のたくさ
ん いる汽車で、大丈夫だろうか。弱くはない子だがそれでも心配になるのが親心(親ではない
が) という物だ。





「あの子もあまり体調が良くないようですから熱でも出していないでしょうか。」





 菊は着物の前をかき合わせる。

 これだけ国土が焼け野原であることを考えれば菊だけでなくの体調も良くなくて当然だ。
特に、頑張り屋のが見た目以上に酷いことを菊は何となく知っていた。心配をかけまいと
いつもは菊に何も言わないが、そのあたりは年の功でよくわかっている。無理をする子、出
来る子だ。弱い子ではない。





「前から聞きたかったんだけど。と菊って兄妹だよな。」





 アルフレッドはガムを噛みながらハンドルを握る。





「そうですね。ふたりとも日本の国ですから。」

「ふたりで結婚しようって、思わなかったわけ?」





 アーサーがアルフレッドの科白にびくりとする。それは、アーサーの懸念と言うよりは思い込
みに近い事柄だった。

 国なのだから、人間と違ってそれもありだ。





「俺から言わせれば、逆にあれだけ仲良くて、何の恋愛感情もないって、実は理解できないんだ
な。」





 アルフレッドは女の兄妹と言うべき人はいない。ロシアのイヴァンにベラルーシが叫んで結婚
しようと言っているのは見たことがあるが、そちらの方がアルフレッドにはまだ理解できる。

 一番身近にいる女性で、アーサーは確かにを愛しているけれど、彼女は兄として菊のこと
を愛している。その愛に、違いはあるのか。仲の良さだけで行くならば、菊に軍配が上がるけれ
ど、それは違う物なのか。





「うーん。難しい質問ですね。」





 菊は口元に手を当てて本気で考え出す。





「なんだい、そんなに曖昧な物なのかい?」

「そうですね。あの子は私にとって妹というのもそうなんですが、自分の子供みたいな物なんで
すよね。」






 小さい頃から知っている。本当に夜泣きをしている頃から。

 いつもひとりぼっちでいたから、菊はの誕生をとても喜んだ。引きこもりをしていたのも あっ
て一人じゃないと思えたから。難しい時代にさしかかる時期。はその変化の象徴でも あっ
たけれど、一度も疎ましいと思ったことはなかった。小さなを思えば、いつも強くなれ た。





「結婚というか、貴方たちが来なかったら、ずっと一緒に暮らしていたと思いますけど、ただ 結婚
となると正直考える年齢にはアーサーさんがとっていってしまいましたから、わかりません ね。」





 少しお嬢さんになった頃は勉学と日本が日清戦争を始めたことでイギリスへと出された。
そこでアーサーと愛情を育んで、日英同盟と共に結婚した。早い結婚は日本では決して珍しい
ものではないけれど、少し寂しさを感じるくらいだった。





「まぁ、でも。今も変わらずあの子は妹ですよ。」





 手のかかる可愛い妹。そんな感じだ。





「どうせなら、もう少し気の強い子に育てたら良かったかも知れないですね。随分優しく育って
しまって、こんなことならギルベルトさんの教えに従ってもうちょっと自己主張出来た方が良か
ったかも。」






 菊はにべた甘で、日本に軍制指南に来ていたギルベルトからはよく怒られていた。

 彼はいつもが1人で生きていくときに困るからと自分でなんでもするようにに言って
いた。菊はどうしてもにしてやってしまう。一般的な常識からも神社で育って遠ざかってい
を連れて汽車を見に行ったり、街を歩いたり、忙しくて、心配で、菊がしてやれなかった
ことを、ギルベルトはよくしてくれた。

 汽車に乗る方法、武術、教養、必要な物をきちんと身につけるように、に言ったのもギル
ベルトだ。ダンスやピアノを習いはじめたのも、そう。彼自身がピアノを弾ける訳ではなかった が、
ギルベルトは何よりも欧米で侮られない方法を知っていた。





「ふぅん。みたいに可愛い妹だったら俺も欲しいぞ。俺なんか元ヤンの元兄、こんなんしか
いないから。」





 アルフレッドはアーサーを指さす。




相手には偉そうに言う癖に、ぐずぐず泣くんだぞ。鬱陶しいったら、この間も呑みにつき
あったら酔いつぶれるんだ。酷いと思わないかい?」

「アーサーさんって、素直じゃないですからね。」





 菊も苦笑して肩を震わせる。アルフレッドはどうやらアーサーの愚痴のほとんどをかぶってい
たらしい。アーサーも案外ヨーロッパに仲良しをしてくれる友人がいないから、結局もと弟のア
ルフレッドの所に行くのだ。





「俺はもうこいつにつきあうのは嫌だし、戦争は二度としないでおくれよ。菊。俺はストレスで
胃に穴があくよ。」

「そうなんですか?貴方の胃に穴を開けるとは恐れいりますね。」





 菊はアルフレッドのジャンクフード好きを揶揄して笑う。

 まぁそれを言うならば料理のまずさに定評がありすぎるアーサーは一番胃袋が丈夫だろうから
そう言う意味ではアーサーがアルフレッドの胃袋に穴を開けられるのは妥当なのかも知れない。

 はアーサーの家に滞在するだけで胃袋にくると昔言っていたから。





「そこを左にお願いします。そしたら内宮のはずですから。」





 菊がアルフレッドに指示をする。






「あっちにも神社が見えたけど、あれは違うのかい?」

「外宮ですね。あちらは富受大神っていって衣食住、産業の神様が根付いている社です。
天照大神ですから、」

は、太陽の神様だったかい?」

「そうですね。そして国家の最高神でもあります。」





 菊は少し顔を俯かせた。それを戦争に利用したのは、上司であり、菊でもあった。





「ここからは、車では入れませんから、…アーサーさんどうしましょうか。」





 アーサーは紐でぐるぐるまきにされたままで、芋虫のようになってそれでも逃げようとしてい
る。紐を外せば逃げていくだろう。





「つれて行くに決まってるだろう。」





 よっこいしょとアーサーをアルフレッドが肩に担ぎ上げる。まるで丸太を担ぎ上げるように。





「てめ!離せ、俺は行かない!!離せぇ!!!」





 アーサーは最後の抵抗とばかりに足をばたつかせて暴れるから、アルフレッドはぼたりと肩か
ら彼を落とした。アーサーが砂利道に沈没する。アルフレッドの背からであればただ落とされた
だけでも痛い。





「往生際の悪い奴め」

「確かにその通りですね。」






 アルフレッドの一言に、菊も容赦ない賛同を寄せた。











なんて愚かな