が病院の医院長に呼び出されたのは、3日後のことだった。

 はあれから一度たりとも病院に行かず、フランシスに着替えやらを運んでもらった。病
院の食事がまずいと言うから弁当を作って渡したこともあるが実際には顔を合わせていない。

フランシスはその方が良いと笑っていたが、アーサーは不機嫌なのか、いつもフランシスは
殴られているようだった。

 アーサーの海賊時代と言えばアントニーニョも酷い目に遭っていたらしく、かなり怯えた目
をしていた。見舞いなんて恐ろしくていけっこないし、は早く荷物をまとめて日本に帰る
べきだとまで言われた。

 あんなのアーサーじゃないと、言うのは簡単だ。少なくともの知るアーサーではない。
そして彼ものことなどこれっぽっちも知らない。けれど、器は確実にアーサーで、
日本に帰ってしまえば、アーサーが記憶を取り戻した時にどう思うだろう。少なくとも常のア
ーサーならば狼狽えるはずだ。彼は孤独になることを酷く恐れているから。

 それでも、どういう風に今のアーサーに接すればいいのか分からない。だから病院に足を運
ばなかったわけだが、結局医院長に呼び出されて強制的に召還された。





「カークランドさんは正直体調も問題ありませんし、」






 医院長は遠回しに退院しろと言っていた。どうやら怯えているようだ。

 ベッドに備え付けられている簡易の机に肘をついて、アーサーは楽しそうな顔でそっぽを向
いて笑っている。一体彼は医院長に何を言ったのだろうか。フランシスは点滴から採血から、
ひとまずそう言ったことをさせるのにもの凄い苦労があったと言っていたが、おそらく医院長
もまた大変だったのだろう。





「…彼の体は正常かもしれないですが、頭の方は至って異常ですよ。」






 は一応反論した。

 このまま自邸に連れて帰るのも正直気が引けるし、自分も疲れる。そう思って返したが、医
院長は泣きそうな顔でぶんぶんと首を振った。





「頭も脳波としては正常です!これ以上、こちらで面倒は見られません!!」





 必死の形相が情けない。





「フランシスさんには…連絡なさいました?」





 今の海賊アーサーの面倒を女であるが見るのは厳しい。そう思ったが、窓の外を見てい
たアーサーが振り向いて、を睨んだ。





「あんな奴となれ合えるかよ。」





 アーサーは冷たく吐き捨てる。





「…お話は、したのですが…」





 医院長が申し訳なさそうに頭を下げた。

 ひとりでは収拾がつかないのではないかと危惧して、フランシスに連絡したようだ。だ
が、現代のアーサーならばともかく、仲の悪い時期のフランシスでは顔を見るだけでも苛々し
て、話し合いどころではないのだろう。

 正直困った事態だったが、此処でが頷かなければ多分どういった形であれ、アーサーは
病院を放り出されるか、自分で出て行くだろう。そうなれば問題は色々と大きくなる。





「わかりました。」

「助かります!!」






 不承不承頷くと、医院長はうれし涙を流しそうな勢いでに握手を求め、脱兎のごとく部
屋から去っていった。





「何をなさったんですか?」





 は怯えきっていた医院長を思い浮かべてアーサーに尋ねる。





「別に?ちょっと挨拶しただけじゃねぇか。」






 アーサーは歯をむき出しにして獰猛な笑みを浮かべた。

 その挨拶がさぞかし問題があったようだ。は小さく息を吐いて、ベッドの近くにあるク
ローゼットを開く。中にはぐちゃぐちゃに服が突っ込まれていた。フランシスに頼んでもって
行ってもらった、アーサーの着替えだ。退院するならば片付けなければならない。

 一枚ずつ出してそれを綺麗に畳んで、隣にある小さなテーブルに積み重ねていく。






「なぁ、おまえ何でここんとこ来なかったんだよ。」






 アーサーが翡翠の瞳を細めて見せた。

 いつもの拗ねているような可愛らしい感じではない。完全に責めるような空気を含んでいて
は小さく息を吐いた。






「…忙しかったんです。」

「弁当作ってフランシスに持たせたのにか?」







 忙しかったならばあんな手の込んだ弁当は作れないだろうと揶揄して、アーサーは不機嫌そ
うな顔を見せる。答えなど、彼には分かっているのだろう。

 はそれ以上何も言わず、淡々と服を畳み、全てが終わると今度は紙袋を探した。クロー
ゼットの上に、紙袋が重ねて置いてある。多分フランシスが邪魔だと思って上に上げたのだろ
う。手を伸ばしてみたが、には届きそうではなかった。

 椅子でも持ってこようかと思って考えていると、ふっと自分の後ろに影が出来た。気付けば
アーサーがベッドから起きての横に立っていて、クローゼットの上に手を伸ばしていた。
あっさりとアーサーは紙袋をとって、に渡す。






「ありがとうございま…」






 はそれを受け取ったが、そのまま手を取られ、壁に押さえつけられた。紙袋がばさりと
床に落ちる。






「ぇ、」






 事態について行けず相手を見上げると、楽しそうにアーサーはの手をぐっと押えた。





「おまえ、警戒心あんのかないのかわかんねぇな。」

「なっ、」

「あぁ、でも俺はおまえの旦那様な訳だもんなぁ?」







 けらけらと笑って、の耳元に唇を寄せてくる。吐息がかかって、くすぐったい。それが
酷く艶めいたものを孕んでいて、はぞくりとした。アーサーはそのままぺろりと耳朶を舐
めて、耳たぶを口に含む。こういう事は慣れていないから苦手だ。





「やめてっ、」






 身を捩って離してもらおうとするが、手の力が強くて離れてくれない。逆にアーサーは
の手を自分の右手一本でまとめて押さえつけ、もう一方の手でワンピースをまくり上げて太股
をさらりと撫でた。の体が大きく震える。するとぐっと酷く爪を立てられた。爪の痕が痣 に
なっているだろう。

 愛していないのに、こんなことしないでほしい。いつものように、どんなに乱暴にされても 優し
く触れてくれる手じゃない。荒々しくまさぐられる感覚があまりにいつものアーサーとほ ど遠
くて、は本気で抵抗した。






「なんだよ、おまえ、俺と結婚してるんだろ?」






 アーサーが不満そうに尋ねる。






「ち、違います!今の、いまの貴方じゃ、ない!」





 が愛したのは不器用で、乱暴なこともするけれど、傷つきやすくて優しいアーサーだ。
今目の前にいる粗暴で、乱暴なだけの彼ではない。

 そのの意図は正しくアーサーに伝わったのだろう。翡翠の瞳が疎ましげに細まり、
の手を押える彼の手の握力が上がる。





「へぇ、そりゃ上等じゃねぇか。」





 アーサーはにっと三日月の様な笑みを浮かべ、の首に噛みつく。






「痛っ、」

「痛くしてるんだよ。」






 血が出るほど噛みついてから、赤く引き攣れたそこをざらりと舌でなぞる。傷口にあたる舌
は痛みを助長させる。





「やっ、やめてくださっ、アーサー!」





 助けてと心が誰かを求めて愛しい人の名前を呼ぶ。どちらのアーサーの名前を呼んでいるの
だろうか。目の前で無体を働く男も、同じ名を持つ。そして彼と同じ体を持つ。





「良いねぇ、俺に助けを求めながら、俺に抱かれる女、」





 すっげぇそそる、

 愉悦に体を震わせたアーサーが楽しそうに太股の付け根を指でなぞった。巧みな指が体を這
っていく感触に、は泣きそうになった。だが、それはすぐに中断される。

 がらりと扉が勝手に開いた。そこには一応見舞いの品とおぼしき紙袋を持った三人の男。






「わぉー、大胆だねぇ…」






 状況に似合わぬ間の抜けた声が響き渡る。





「い、いえ、そういう問題では…」





 一番背の低い1人が冷静な突っ込みをした次の瞬間一番長身の影が状況を把握してゆらりと動く。





「何してやがんだよ、あぁ?」

「え、あ、え、ちょ、ギルベルトさん、落ちつい…」







 落ち着いてくださいと菊が言う前に、ギルベルトがアーサーに掴みかかった。
 







 
今にも口にしてしまいそうなほどに切羽詰った溢れんばかりの言葉を飲み込みんで