雨雲と雷を伴った夕立は、とギルベルトが森の中の小さな屋敷に着く少し前に雨を纏い始め、土砂降
りになっていた。狩場のための小さな屋敷には、人は常駐していないのか、片付けられてはいたが、人の気配
はなかった。





「誰もいないみたいだな。」





 ギルベルトはベルを鳴らしても人が来ないのを確認してから重い扉を開いた。

 中は埃などもあったが、中を覗き込むと部屋がいくつかあってベッドも整えられたまま放置されていた。


 はギルベルトの後ろについて歩きながらぬれた上着をかきあわせる。ギルベルトの上着は皮だから
中まではぬれていないが、は布なのでしみこんでいる。少し寒いと思ってぎゅっと自分の体を抱きしめ
ていると、ギルベルトに引き寄せられた。





「寒いのか?」






 夏場とはいえ、影に入れば冷える。夕立のせいでぐっと気温が下がっている上に森の中にあるじめじめとし
た屋敷であるため、体が冷えるのは仕方のないことだった。

 ギルベルトは適当に窓の大きな一室を選んで中に入った。上着を脱げばギルベルトの場合シャツまではしみ
こんでいなさそうだが、は違っていて、ギルベルトは近くのシーツを適当に引っぺがした。





「ぬれた服、脱げ、冷えるぞ。」

「え、あの、でも・・・」





 は顔を赤くしてためらう。着替えがないことはわかっているのだ。





「ほら、シーツかすし、あっちで薪でも探しておくから。」

「で、でも、」

「うるさい、風邪引いたら困るだろ。」





 ギルベルトは彼女の反論を適当にいなして、廊下に出た。幸いにも冬場のたくわえなのか、薪やら火打石は
少ないなりにもある。夏場なので真剣に火をおこさなくても、少し暖が取れて彼女の服が乾かせればよいだけ
だ。


 適当な薪を持って部屋に戻ると、は顔を真っ赤にしていた。一応ぬれた服は脱いだらしいが、シーツ
に包まってカウチの端っこによっていた。






「なんだよ。見えてねぇだろ。」

「だ、だって、」






 シーツで隠れているが、そういう問題ではないらしい。ギルベルトは小さな薪を暖炉の中に放り込んで火を
つけた。ぼんやりあたりが明るくなる。遠慮もなく彼女の脱いだドレスを適当にその辺の柱に引っ掛けて乾か
す。

 雨がひどいのか、窓を打ちつけるしずくの音が聞こえた。雷も遠く響いていた。

 はぼんやりとした目で揺れる薪の火を眺めていたが、ぶるりと身震いをした。まだ寒いらしい。ギル
ベルトは大き目の木を薪の中に放り込んでから、のほうへ歩み寄って、彼女の座っているカウチに腰
掛 けた。

 とたんにはそわそわし始める。子供だなぁと思う反面、シーツの間からのぞく白い肩や細い足は美し
いし、目を引かれる。いつもは隙なくドレスを着込んでいるのであまり感じないが、こういう風に体の線
が出るとやはり女性だと感じた。まぁ、あまり胸は大きいとはいえないようだが。

 は恥ずかしそうにシーツに顔をうずめていたが、くしゃみをした。






、来いよ。」






 間を空けて端っこによっているにギルベルトは言う。手を広げれば、おずおずとだが、少しだけギル
ベルトの方に腰を寄せた。それでもギルベルトの手が届くぎりぎりの距離だ。ギルベルトは苦笑して彼女の
手を引っ張って自分の方に抱き寄せた。





「きゃっ!!」






 は悲鳴を上げて、顔を真っ赤にしてあわてて離れようとしたが、ギルベルトは許さない。薄いシーツ
越しに伝わるぬくもりは、確かに彼女のもので、おかしくなりそうだ。抱きしめたままの白くて細い肩
を見下ろす。あぁ、そそられるなと思った。

 ギルベルトはの首筋に優しく唇を寄せる。吐息の感触にが大きく震えた。反応良いなと彼女
の感度を楽しみながら、このまま抱いてしまおうかという邪念に駆られた。どうせ結婚するのだ、文句を言う
人など、口うるさい宗教関係者だけで、誰も何も言うまい。首筋に顔を埋めたまま、ギルベルトはの表
情を伺う。彼女はぎゅっと眉に深いしわがつくほどきつく目をつぶり、唇を引き結んでいた。

 そういえば、キスしたこともない。








、」






 ギルベルトは凍り付いているの頬をそっとなでて、目を開けるように促す。少し体が離れたのがわか
ったのか、はうっすらとその菫色の瞳を開けた。



 それを確認してから、ゆっくりと彼女の唇に自分のそれを重ねる。



 何もしない、ただ重ねるだけの口付けなのに、は目をまん丸にした。目じりには先ほどの余韻か涙が
たまっていて、上気した頬はそそる。






「嫌か?」







 確認するようにたずねるとはうつむいてから首を振った。恥ずかしかったようだ。






「じゃあうつむくなよ。」






 ギルベルトは笑いながら言った。がおずおずとギルベルトを伺うように顔を上げる。今度は
後頭部に手を当てて、逃げられないようにする。ひるんだの頭を安心させるようになでてから、ギル
ルトはもう一度口付けた。

 次は重ねるだけではなく、重ねた後に少しだけ舌を絡める。





「うぅ、ん、」






 やはりは抵抗して逃れようとするから、後頭部を抑えて逃げられないようにする。なるべくあせらな
いようにゆっくり舌を絡めてそれから彼女の唇を軽くなめて、離れる。それほど長い口付けではなかったけれ
ど、は少し息を乱して、ぐったりした。





「なに、を、」




 なさるんですか、と非難の混じる表情で訴える。そんなをギルベルトは笑って、少しぬれた額に口付
けた。






「キス、したことなかったなと思ってな。」






 この時代は政略結婚が多いのでこんな穏やかな恋愛まがいのことはしないのかもしれない。しかし彼女は
知らないが、別にギルベルトは国であって貴族ではないし、時代のセオリーに従うこともない。との結
婚は確かにたまたま自分を負かした男の最期の願いだったからだが、それでもギルベルトは彼女のことを大
切に思い始めていた。

 ギルベルトは彼女が寒くないように、小さな体を抱きしめる。体の線が腕から伝わってやらしいと思ったが
彼女に言えば嫌われそうだからやめておいた。






「それにしても散々だったな。雨に降られるなんて、」






 ギルベルトは緊張している彼女に気楽な調子を装って声をかける。

 せっかく長期休みに入るから遠乗りに出かけようと思ったのに雨に降られて散々だ。ギルベルトは
に触れられて楽しかったが、は戸惑っているだろう。せっかくシャルロッテンブルクまで出かけようと
思っていたというのに、残念にも程がある。






「あ、い、いえ、あの、楽しかったです。」





 はギルベルトの言葉に、はじかれた様に答えた。即答だったので、ギルベルトも少し安心する。






「宮殿もきれいでしたし、あの、聖堂も、」

「でも雨に降られるなんて、運が悪ぃよ。」

「それは、でも、」





 きゅっとはギルベルトのシャツを握り締める。そしてそのままうつむいてしまった。

 何か言いたいようだが、なかなか口に出せないのか言葉が途切れる。ギルベルトは彼女の答えを根気よく待
った。






「楽しかった、です。」





 しばらくして、小さく、淡く笑って、はギルベルトを見上げた。





「また、連れて行ってください、」






 何かをしてほしいと、が口に出したことはない。

 ギルベルトは自分に向けられた小さな笑みを見ながら、表情が緩むのがとめられなかった。

 最初彼女をしけた面だと思ったし、暗いやつだと思った。日ごろは確かにそうかもしれない。でも声をかけて、
やさしくしたら、それだけ笑顔をくれる。






「今のは反則だろ。」






 ギルベルトは赤くなった顔を隠してそう呻いた。



















 
探し者はきみでした