おそらく最初に気がついたのは狩猟にまったく興味がなく、空を見上げてぼんやりしていただった。




「あれ、なんですか?」




 カラスの群れだ。

 皆が狩猟に夢中になっている中、全く狩猟に興味がないは空を舞っているカラスに気がついて近くにいた森の村人に尋ねる。よく見ればうっすらとだが、煙まで遠いが見えている。




「・・・あれは?どこへ、」





 村人は首を傾げたが、はっと顔を青くしてや一緒にいたテンペルホーフを見た。





「お戻りください。」

「なに?」




 馬をのところまで寄せてきたテンペルホーフが問い返す。




「ひとまず、お戻りを。あれほどのカラスの量は異常です。」

「だが、戦場であれば・・・」





 村人にテンペルホーフはそう返そうとして、言葉を途切れさせる。

 思い当たる節があったのだろう。




「あの方向は。」

「村です。小さな、村がありました。」




 村人はテンペルホーフの短い問いにあっさりと答えた。

 過去形の答えは、村がどうなっているかを示している。強盗団などはまだプロイセンにおいては少ない方だが、それでもいないわけではない。要するに強盗団に襲われたか、はたまた狼か。

 小さな村では強盗団に襲われればひとたまりもない。特に山の中にあればなおさら一目にもつきにくく、強盗団は持って行くものも少ないが、逆にばれるまでに時間がかかり、根城にすることすらあり得るのだ。





「・・・狩猟に行った集団まで誰か知らせに立ってください。」




 は近くにいた兵士数人に命じる。兵士はに頭を下げて数人セットですぐに馬を走らせて去っていった。危険が伴うが誰かに言ってもらわねばならない。

 ギルベルトたちを呼び戻さなければならない。おそらく今頃ふもとの村には生き残りが駆け込んでいるだろうし、関所があるため森を越えなければならないので強盗はまだ森にいるだろう。銃などを持っているため大丈夫だとは思うし、あそこに参加していたのは軍人ばかりだが、ユリウスが心配だった。

 あの子はちゃんとギルベルトについて行っているだろうか。




「兵を集めろ!そこの兵は村の様子を見に行ってくれ!残りは離宮に戻るぞ!」





 テンペルホーフが声を張り上げる。

 国王や王族、そして他国の統治者であるがいる場で危険があっては国家の威信に関わる。このままシューネン離宮に戻るつもりだろう。今日は初日であったため多くの王族などは参加せずシューネン離宮に残っている。それはこの雰囲気で幸いだっただろう。もう一度安全を確認してから出直しだ。

 もしも強盗団ならば山狩りが行われるかもしれない。




様、あまりお離れにならないように。狼であれば危険です。」




 テンペルホーフが集団の端にいるのを見て、に言う。

 強盗団がそのあたりに潜んでいると言うこともまだ考えられる。金目のものを持っている人間が多く、他国の統治者であると言うことを考えれば、後れをとることはできる限り避けるべきだ。の身に何かあれば国際問題にもなりかねない。




「はい・・・でも、」




 ギルベルトは大丈夫だろう。だが、ユリウスが心配だった。狼に襲われたり、危険なことになっていないだろうか。ギルベルトならば敵を倒すこともできるだろうが、ユリウスではそうはいかない。




「ユリウス公子が心配なのはわかりますが、離れてはなりません。御身に何かあればバイルシュミット将軍も心配なされますから。」




 テンペルホーフに冷静に宥められて、は仕方がなく頷いた。




様、こちらへ。」




 テンペルホーフがを一団の中央に連れて行く。あまりは馬がうまくはない。そのためとっさのことに対応できるとは考えにくく、なおさら集団から離れるべきではなかった。少しだけ、歯がゆく思う。子供の無事をすぐに確認してしまいたいのに、それができないのだから。




「酷い状況でした。」




 シューネン離宮に戻る道すがら村を見てきた兵たちの報告は、強盗の後に狼の群れが通りかかっただろうと言うことだった。生き残っていたであろう人々も、かなりの確率で狼に一掃されてしまっており、生き残りはほとんどいなかったと言う。

 兵たちも狼の群れが後から来たと言うことで、すぐに戻ってきていた。現地の確認にはたくさんの人を引き連れていかねばならないだろう。




「・・・ギルベルトたちは遅いですね。」




 は自分の馬の背を見つめた。

 ギルベルトたちへの報告へ行った兵はまだ帰ってきていない。この山は広いが、それほど彼らが遠くへ行ったとは思えない。なのに、彼らはまだ帰還しないのだ。もう知らせを終えて戻ってきてもよい頃だというのに。




「バイルシュミット将軍もいるし、大丈夫でしょう。それにユリウス公子は賢明です。ご自分で十分ご判断されるでしょう。」




 テンペルホーフはの心配に、少し呆れたような顔をした。

 だって自分が心配性なのは承知している。だが、世界でたった一人の息子が心配になるのは仕方がない。かわいくてしょうがないのだ。生意気で、確かに少し意地悪いところもあるが、彼は自分とギルベルトの息子だ。愛しい人との、愛しい息子なのだ。




「大丈夫です。お気を落とされずに、」




 テンペルホーフはに諭すように言った。




「不安なんです。どこかに行ってしまうんじゃないかって。とても、幸せすぎて。」




 彼の言葉に、は小さく笑った。

 自分でも呆れるような不安だった。

 はずっと父に疎まれて育った。母が死んでから、カール公子に拾われるようにしてフォンデンブロー公国に来て、彼すらも戦争でなくなり、はいつも居場所がなかった。

 そのを拾い上げてくれたのは、ギルベルトだった。

 いつの間にかは導かれるようにフォンデンブロー公国の統治者となって、苦難の時は常に彼に助けられながら、ひとりとはいえ、子供にまで恵まれた。

 夫であるギルベルトには妻として、子供であるユリウスには母として、そして国民からは統治者として求められている。慕われ、大切にされ、疎まれて育ったことが嘘みたいに誰からも望まれて、本当に幸せすぎるほどに幸せだ。

 だから、彼らがいないと不安になるのだ。夢ではないのか、と。






「大丈夫ですよ。これは現実ですから。」




 テンペルホーフは軽くの背中を叩く。




「この間、卒倒なさったそうではありませんか。」

「え、な、なんでそのことを、」




 はあまりの恥ずかしさに頬を染める。おそらくギルベルトかユリウスが彼に話してしまったのだろう。





様が暗い顔をなさっておられれば、心配なさいますよ。またユリウス公子は泣き出してしまうかもしれません。」




 テンペルホーフは笑う。

 そうだ。がユリウスが一人で馬に乗っているのを見た時、は驚いて卒倒した。そしてそれを見たユリウスは母親が突然意識を失ったことに驚き、パニックになって泣き出したのだ。

 を大切に思っているからこその、反応だったとも言える。




「・・・そうね。わたしは母親だもの、しっかりしないと。」




 もともと気が弱いこともあって、なかなか強くはなれないが、それでも彼の母親である限り、強くあらねばならないのだ。




「さて、皆さんと一緒に、シューネン離宮に戻りましょうか。」




 は兵たちを振り返って言う。





「はい。」



 ざわついていた兵たちは安心したようにの命令を聞く。

 彼らは率いてくれる人間を必要としてる。は統治者である限り、彼らの望む人間であらなければならない。

 そして、そうして望まれていることを実感していくのだ。




  わたしにうたをほしにねがい を