ユリウスは自分でも驚くほどに冷静だったし、この探検を楽しんでいた。
「こっちだよー、」
人が死んだ村に戻ろうと思ったのは、そこなら必ず時間がかかっても人が来るだろうと思ったからだ。
自分たちは小さいので、固まって隠れていればよい。必ず状況確認のために自分を捜している父やそのほかの兵士たちが訪れるだろう。父に怒られるであろうことはわかっていたが、いつまでもこうしていられるわけではない。ならば怒られるのは早いほうが良かった。
ユリウスは確かに同年代の子供より頭が回るし、知識という観点ならば誰よりも賢い。だが意識は子供そのもので、目の前の父に怒られるのが怖いだけであって、大事になるとか、そう言ったことは全く視野にいれられるような判断力は持ち合わせていなかった。
「クラウス、大丈夫?」
ユリウスはクラウスを振り返る。
彼は幼女を背中に抱えて歩いているため、歩みは遅い。水に濡れたこともあり、6月とはいえ夜も近づいており寒かった。
「いそいでないから、ゆっくりでいいよ。」
疲れてきているクラウスに、ユリウスはそう声をかけた。
少なくとも夜までにつぶされた村の近くまで行ければありがたいが、夜になれば道がよくわからなくなるだろう。それに、どちらにしろ夜が来れば木の上で夜を越さねばならない。地面で夜を越すには、狼などもおり危険すぎた。
だから、ユリウスは別に村の近くまでいければすぐに木の上で寒さを防げるような用意をしようと考えていた。
「・・・ユリウス公子、どうなさるおつもりですか?」
クラウスは不安げに尋ねる。
「だから、むらまでいくんだって。」
「なぜ、あの惨劇の場にまた戻るんですか?」
強盗たちとも近づくことになるし、クラウスは怯えていた。
動きたくないのか、もしくはもう山の麓の村まで逃げてしまいたいのだろう。だが、馬がない子供の足では山の麓まで出るのは危険だし、夜も来る。ギルベルトたちに会える確証はなく、強盗たちだって追ってきているかもしれない。
「だって、とうさまたちが、絶対にじょうきょうかくにんにくるからだよ。」
強盗たちが惨劇の場所にわざわざまた戻るとも考えにくい。そのため村に戻れば死体はあって怖いかもしれないが強盗たちを避けることができるし、待っていれば状況確認に来た役人か、運が良ければギルベルトたちにあえる。
ユリウスはとことん冷静だった。だが、クラウスにはそれが受け入れがたかった。
「死体があるところで一晩過ごせと言うんですか?!」
クラウスがユリウスを怒鳴る。初めてのことで、ユリウスは目をぱちくりさせた。母は怒鳴らないし、父以外に怒鳴られたのは、初めてだったのだ。
「・・・?」
ただ、ユリウスはあまりクラウスが怖いとは思わず、首を傾げた。怒鳴られることには、案外慣れていたのだ。それがいけなかったのだろう、クラウスはますます興奮した様子を見せた。
「どうしてあなたはそう言う勝手なことができるんですか!」
クラウスは今にも泣きそうに表情をゆがめた。
「あなたがこの状況を作り出したんですよ!何考えているんですか!?」
怒鳴りつけられて、ユリウスは初めて戸惑いを覚えた。
彼がなぜ今怒っているのかが、よくわからなかった。クラウスはギルベルトのようにユリウスがした具体的なことを怒っているのではなく、ユリウスが招いた状況自体の話をしている。それがユリウスにはまだわからなかった。ユリウスにとって、一団をはぐれたことを怒られるのは理解できた。だが、それに付随する状況までには全く気が回らなかった。今の状況をどうするかという話しか考えていない。
だから、クラウスがどうして怒っているのかよくわからなかったし、彼の怒りを避けるために具体的にどうすればよいのかも、わからなかった。
「・・・?クラウスはどうしてほしいの?」
ユリウスは目をぱちくりさせて彼に問うた。本当に彼がどうしてほしいのか、さっぱりわからなかった。
「村におります。麓まで!」
クラウスはヒステリックに叫んだ。
「でも、あぶないよ。」
麓まで子供の足でなんて不可能だ。迷子にだってなる可能性が高い。
「これ以上危ないことなんてありません!!」
ユリウスが言うと、クラウスはそっぽを向いた。
パニックで頭がまともに働いていないのだろう。ユリウスは勝手に向こうに歩いていこうとするクラウスにどうすればよいのかわからず、クラウスの服をつかんだ。
「だめだよ。だめ。だめ、ぜったいつけないよ。」
ユリウスは必死でクラウスに訴える。その手をクラウスは払った。
「やってられません!あなたに従うのが俺の仕事です。でも、でも、なんでこんなことになるんですか!強盗だって、どれだけ怖かったか!!」
臣下だからと、見捨てては困るとクラウスは泣きたくても我慢してユリウスについてきたのだ。だが、ユリウスは全然怖いと思っていないし、だからクラウスたちを思いやった行動は全くしない。ユリウスはよくしゃべる割に自分の判断への説明が言葉少なであり、クラウスには理解できないことも相まって、彼は横暴だとクラウスは感じていた。
「だめだって、だめー、」
ユリウスはそれでもクラウスの服の袖にしがみついた。
幼女はふたりの争いをじっと見ていたが、意を決したような顔をして、ユリウスの手をぎゅっと掴んだ。その小さな手は震えている。だが、ユリウスについて行くという決断をしたようだ。
「・・・勝手に、してください!」
クラウスはいらだちのままにそう言って、ユリウスとは反対の方向へと歩み出してしまった。空は赤く染まっていて、彼の陰が大きく広がる。
「・・・ごめんね。」
ユリウスは彼の背を見送りながら、幼女へと言った。
クラウスが怒った理由はよくわからなかったが、それでも自分に原因があることは、何となくわかっていた。
「・・・」
幼女は話さない。だがそれでも、ユリウスの手を握ったまま離さなかった。
クラウス以上に彼女は村へ戻りたくないだろう。だが、ユリウスの言葉に妥当性を見いだしたか、もしくは違うのか、よくわからないが、それでもユリウスのことを大丈夫だと思ってくれたのだろう。
「ぼく、やっぱりむかないかも・・・」
ユリウスは大人と話すのが得意だった。
父も母も賢くてユリウスに対して大人のように説明してくれる。だが、ユリウスは同年代も含めて【子供】と話すのが苦手だった。理由は簡単だ。自分にわかっていることを相手に上手に説明できないのだ。大人ならば持っている知識からユリウスの言っていることを推測もしてくれるが、子供は違う。だから、ユリウスは同年代が嫌いだった。
クラウスは12歳だが、まだ子供だ。ユリウスにとってあまり好きな年代でないことは事実だった。
「よし、いこっか。」
ユリウスは幼女をよいしょと抱き上げた。
3歳、もしくは2歳ぐらいだろう。ユリウスは泣きもしない、笑いもしない幼女の頭をくしゃくしゃと撫でて、不安定ながらも彼女をおんぶした。まだ幼いので歩けないだろうと思ったのだ。クラウスのようにユリウスは長い距離をおんぶしてやることはできないが、休憩を挟みながらなら、多分大丈夫だ。
「ゆうひがきれいだね。とうさまとおなじいろだ。」
ユリウスはそう幼女に笑った。
「・・・」
とうさま?と幼女の唇が僅かに動く。
「うん。とうさまだよ。ぼくのとうさまはとってもつよいんだ。」
ユリウスは父親を思い浮かべる。
強い父。銃を扱うのもうまくて、乗馬もできて、ユリウスはいつも父を尊敬している。もちろん母もだが、父への思いは格別だった。実力で最高の将軍とまで言われた父を、ユリウスは尊敬していた。
「きみもきっときにいるよ。とうさまとかあさまに、しょうかいするんだ。あ、でもそのまえにおこられるかも。」
ユリウスは気楽に、幼女を安心させるようにころころとよく話した。
ふたつのたいよう