「何をなさってるか、わかってるんですか!?」




 クラウスがアルトナインハルト少佐に叫ぶ。




「うるさい、おまえなどに話していない!」




 アルトナインハルト少佐がクラウスを殴りつける。彼が地面にたたきつけられたのを見て、ユリウスはすぐに木を下りて彼を助けたかったが、ぐっと我慢する。そしてそのまま気のくぼみに幼女と共に銃から隠れるように入った。




「・・・なにをしてるか、わかってるの?」

「わかっているとも。君に死んでもらえば、バイルシュミット将軍の地位は落ちるだろうからね。国王陛下も目が覚めるだろう。」




 アルトナインハルト少佐は笑って言った。そこにはギルベルトを優遇する国王への不満がありありと現れていた。ユリウスはなるほどと納得する。




「とうさまに、ふまんがあるの?」




 ユリウスはクラウスの無事をすぐにでも確認したいとを心は慌てるが、心を必死で押さえて落ち着いた様子で尋ねた。




「もちろんだ。国王陛下の寵愛だけを笠に着ている傍系貴族などが大きな顔をできるのは、フォンデンブローがあるからだ。」




 ギルベルトはプロイセン有数の名門の出身とされているが傍系で、才能とたまたま他の親族が死んだと言うだけでバイルシュミット公爵の地位を継いだ。妃のは母方の血筋から跡取りのいないフォンデンブロー公国の後継者として認められ、即位した。フォンデンブロー公家は神聖ローマ帝国の初期の頃からある名家だ。傍系であるギルベルトの正当性を補う存在となり得た。




「・・・でも、ぼくをどうしてころしたいのさ。」

様を殺せば、プロイセンにも関わるからな。私はバイルシュミット将軍さえ消えてくれれば良いのさ。」




 フォンデンブロー公国は農作物の豊かな土地で、大量の農作物をプロイセンに輸出している。もともとプロイセンは農作物のできにくい土地だ。だが、隣国の農作物が大量に流通するようになって民は飢えることが減った。また軍隊用の食物を備蓄することもたやすくなった。

 また、鉱山を多数抱えており、プロイセン王国が大砲などに使う鉄は今やほとんどがフォンデンブロー公国から来ている。そう言う面で、プロイセンとフォンデンブローの関係が途絶えては困るのだ。だから、フォンデンブロー女公であるは絶対に殺せない。

 だが、ギルベルトの息子であるユリウスは世継ぎとはいえ、まだ公爵ではない。そしてまだ子供だ。死んでも問題は少ないし、女公がまだ若いことを考えればギルベルト以外とでも子供は作れるだろう。




「ようするに、ぼくをおとりにとうさまをよびだして、どっちもころしてしまおうってこと?」




 ユリウスはやっとアルトナインハルト少佐の目的を正確に理解した。




「クラウス、きみは強盗のはなしを、かれにしたの?」

「え、いえ、まだ。」




 ユリウスは小さな木のくぼみに隠れているので、ユリウスの場所からはクラウスの姿は見えないが、否定の声が聞こえた。




「アルトナインハルト少佐。どうして、あなたが強盗といっしょにいるの?」

「強盗!?」




 クラウスは驚いてアルトナインハルト少佐を見つめる。




「そうだよ。だって、ぼくらがはなれたのをしらないってことは、ぼくらよりまえにとうさまたちからはなれたんでしょ?そのとき、ぼくらは強盗のはなしをしらなかった。どうして、かれがしっているの?」




 ユリウスの疑問は、あまりに当然のものだった。

 アルトナインハルト少佐は、ユリウスたちが一団を離れる前に、先に一団を離れていた。強盗の話がもしも一団にしれ回っていたとするならば、それはユリウスたちが離れた後だ。それまでは全く聞いていなかった。知っているのは、犯人の一味だけだ。

 クラウスは今までユリウスが彼を警戒していた理由が全くわかっていなかったらしい。そしてもともとユリウスは父がアルトナインハルト少佐と仲が悪いのをよく知っていたし、彼の素行の悪さも知っていた。

 女官のエミーリエが彼の元妻だったからだ。暴力関係で離婚したのだ。誰もが表向きに離婚の理由を話すことはなかったが、母の話を盗み聞きしていたユリウスは知っていた。




「強盗?彼らは傭兵だ。元々は、だがな。」




 アルトナインハルト少佐の話を聞いて、ユリウスは納得した。

 傭兵はプロイセン軍の中に多く存在するが、戦時に増やされ、戦後減らされる傾向にある。戦争がなくなれば職をなくす彼らが強盗を働くことは少なくなかった。そしてまた将校は傭兵を率いる立場にある。その中で元傭兵の強盗と知り合いであったとしても不思議ではない。ただ、問題ではある。




「なるほどね、彼らと知り合いなんだ。」




 ふぅんとユリウスは答えて、持っていた荷物をごそごそと探る。川には行った時もぬらさなかった荷物だ。その中には必要最低限のものしか入っていない。食べ物と、少しの飲み物、そして、




「・・・さて、下りて来てもらおうか。出ないと、ここの少年の命はないぞ。」




 アルトナインハルト少佐は笑いを含んだ声音でユリウスに言う。銃でも向けているのだろうか。




「だ、だめです!ユリウス公子!!」




 クラウスの叫びが聞こえると同時に、鈍い音が響き渡る。殴られたのだろうか。だがそれでも、彼は声を張り上げる。




「あ、あなたは!大切な跡取りなんです、だから、だから!」




 クラウスは口達者でいたずらっ子なくせに、身分関係には案外きまじめなところがある。いつもユリウスを公子として扱い、大切にした。多少のわがままも聞いてくれた。ユリウスにはまだ弟妹はいないが、クラウスは生まれた時からユリウスの傍にいて、これからもそうだと信じていたし、兄のように感じていたのだ。




『部下を大切にしろよ。』




 父のギルベルトはユリウスが一度クラウスに手ひどいいたずらを仕掛けた時、そう言った。




『・・・おまえは、統治者になるんだからな。時には非情も必要だ。見捨てることだって、あるかもしれねぇ。でも、それまでは大事にしろ。これ以上ないほどに。』





 統治者は常に上にあらなければならない。それは死んではならないと言うことだ。ユリウスがもしもフォンデンブロー公として即位するならば、彼は国のトップになるのだ。国のトップが不慮の事態で死ねば、それは国自体の危機となる。



 だが、それはユリウスが統治者となってからの話だ。

 母であるも、父のギルベルトもまだ若い。極端な話、ユリウスがいなくなっても次の子供がまだ十分作れる年齢だ。だから、ユリウスでなくても別によい。だが、父はプロイセンとの友好関係を考えるならプロイセンの将軍であるギルベルトでなくてはならないし、子を産むのはフォンデンブロー公家の血を引くでなくてはならない。

 ユリウスがここで犠牲になることは問題ない。だが、父がいなくなっては困るのだ。そして、クラウスも。大切な、フォンデンブロー公国を支える臣下だ。




「しかたないな。」




 ユリウスは暗がりの中がたがたと腕の中で震えている幼女を見据える。




「だいじょうぶだよ。」




 頭を撫でてやったが、薄汚れた髪の毛についた泥が手に引っかかった。女の子なのに、可哀想に。そう思いながら、そっと彼女の耳元で囁いた。




「かれらがいなくなって、めいかくにあんぜんだってわかるまで、出ちゃだめだよ。」




 ユリウスが殺されるのか、クラウスが死んでしまうかわからない。おそらくアルトナインハルト少佐はこの幼女の存在に気がついていないだろう。真実を伝える意味でも、彼女の存在は重要だ。だから、




「よろしくね、」




 安心させるように笑って、ユリウスはひょこっと木のくぼみから下を見下ろす。クラウスに銃を向けているアルトナインハルト少佐は、ユリウスの姿ににんまりと笑った。その目に、ユリウスは一瞬恐怖を感じた。でも、震えながら首を振って、ユリウスに出てくるなと叫んでいるクラウスを見ると、なんだか安心した。


 大丈夫。




「・・・」




 幼女がユリウスをこの場にとどめたいとでも言うように服を引っ張る。




「だめだよ。ぼくはいかなくちゃ。」





 ユリウスは幼女に言って、そっと足を外に踏み出す。木の幹はぎしりと音を立てたけれど、そんなことは気にしない。




「そのまま下りてこい、」




 アルトナインハルト少佐が笑みを浮かべながらも冷たく言い放つ。ユリウスはゆっくりと木下に下りて、彼を睨み付ける。

 銃声が森に響き渡ったのはすぐだった。


  ただ失えない だけ