ギルベルトたちが狩猟を終えて一度狩猟をせずに川縁で遊んでいる集団に戻ったのは昼を少し過ぎた頃だった。

 既に料理人たちが食事の用意を始めていて、何羽かのウサギを渡したが、料理人たちは既に鴨を料理していた。誰がとったのかと不思議に思ったが、料理人たちは誇らしそうに、ユリウス公子だと言った。

 当然初めての銃であるため失敗もあったそうだが、それでも二匹を打ち落としたらしい。初心者としては上出来だ。




「ほぅ、よく頑張ったものだな。」




 フリードリヒは将校たちの報告に感心したように何度も頷く。




「…あいつ、本当に反省してんのか?」




 昨日の今日であるためギルベルトは渋い顔をしたが、それでも息子の成長が嬉しくないわけではなく、思わず頬が緩んで変な顔になってしまった。




「あら、遅かったではないですか。」




 ゾフィー王太后が柔らかに微笑んでギルベルトとフリードリヒを見る。




「あなたたちがぼんやりいる間に、ユリウス公子がわたくしたちの昼ご飯をとってくださいましたわ。」

「それはそれは、遅くて申し訳ありませんでしたね。母上。」





 フリードリヒは母の嫌みに気のない謝罪をする。




「息子に先を越されたな。」




 ギルベルトは向こうで楽しそうに料理人と話しているユリウスを見やる。




「そう言えば、は確か鴨を好んでいたな。」




 フリードリヒはギルベルトを見やる。





「なんだよ。あいつ、」




 が鴨を好むことはユリウスもギルベルトもよく知っている。だからユリウスは鴨を撃ったし、料理人に彼女が好きなフルーツかビネガーを使ったソースを頼んでいるのだろう。




「とうさま!」




 ユリウスは戻ってきたギルベルトに気づいて手を振って駆け寄ってきた。

 ギルベルトたちが狩猟に出て行く時は、昨日の今日であるためおいて行かれるのが当然だと自分でも分かっていたらしく、すねたような顔をしていた。だが今、彼の赤みがかった紫色の瞳は生き生きしている。




「ユーリ、」




 ギルベルトは駆け寄ってきた息子をそのまま抱き上げて高く持ち上げた。




「おまえ、鴨を撃って、にプレゼントしたらしいな。」

「うん!二匹撃ったよ!」

「ずるいぜ、俺の役目なのに、」




 不満丸出しで言うと、ユリウスは楽しそうに笑ってギルベルトの首に抱きついた。



「でもとうさまはウサギをとってきたでしょ?ぼく、ウサギ好きだから、ぼくの!」

「そうだったな。じゃあ今回はユーリのためにとってきたってことにしとくか。」




 本当は鹿などの大きな獲物を捕りたかったが、今回は見あたらずウサギしかとれなかった。

 だが、ユリウスはウサギが好きなのでそれで良かっただろうし、ウサギを捕るためには馬で走りながら銃を撃たなければならない。今のユリウスは銃を撃つだけで必死で、馬まで操ることは出来ないだろう。




「結果オーライって奴だ。」




 ギルベルトは言って、ユリウスを足下へとおろす。




「二匹も捕ったのか。初めてにしては上出来だな。」




 フリードリヒもユリウスの頭を誉めるように撫でる。




「いえ、いっぱいはずしました。それもとまってたし。」




 川で泳いでいる鴨を撃ったのだから、止まっている的を撃つに近い。それでも外したから上手ではないとユリウスは主張した。




「それでも、ユーリはまだ5歳だろう?それも初めてだ。」




 一応使い方は教わっていたし、アルトナインハルト少佐にめがけて撃って当てたらしいが、狩猟は初めてだし、銃には不慣れだ。それで2匹も捕ったのだから、五歳にしては上出来だ。フリードリヒはユリウスを高く評価していた。というのも、明確に比べる場所があるからだ。




「それに比べて、アウグストのところのヴィルヘルムは…。」




 フリードリヒは腕組みをして息を吐く。

 批難を向けられ、ユリウスと比べられたのはアウグスト王太子の息子であるフリードリヒ・ヴィルヘルム王子だった。

 フリードリヒは妃と不仲で子供がいない。そのため王太子は年の離れた弟のアウグスト王子だった。彼の息子がフリードリヒ・ヴィルヘルム王子だ。将来の国王になるであろう存在で、ユリウスより6歳年上の11歳だが、芸術には通じているが軍事や政治などは全くで、狩猟などがうまいわけでもなかった。

 語学も特別得意ではない。

 5歳のユリウスが英仏独ラテン語をほぼ完璧に話せるのに対してフリードリヒ・ヴィルヘルム王子の方はおそらく英語とラテン語が随分危うかった。だが彼は既に11歳である。

 元々アウグスト王太子自体も凡庸だ。その息子もとなれば、フリードリヒは切に自らの死後のプロイセンの将来を案じたくなる。




「そうだな…」




 ギルベルトはちらりと川縁で女官たちと戯れているユリウスよりも年かさの少年を見やる。淡い色合いの茶の髪に青い瞳の男だが、少し太り気味で、女官たちを追いかけて遊んでいる。もう十分馬に乗れる年頃だが、動こうとはしていないし、軍人たちとコミュニケーションをとる気もなさそうだ。

 それに比べてユリウスは快活で、プロイセンの将校や王族、先ほどなど使用人にまで積極的に声をかけていた。母であるはフォンデンブロー公で忙しく、彼女の部屋は人の出入りが激しい。彼女が極力ユリウスを手元で育てたことが幸いして、彼は全く人見知りがなかった。




「彼らとユリウスを比べれば頭痛がするよ。」




 フリードリヒは軽くこめかみを押さえてそう言った。

 フォンデンブローの公太子であり、ギルベルトの息子で、フリードリヒにとってもよく見ていて近しい存在であるユリウスの才能を目の当たりにすると、自らの後継者に落胆するのは仕方のないことだとも言えて、ギルベルトも頷いてしまった。




「んー、よく、わかりません、けど、プロイセンは大きい国でしょ?フォンデンブローは小さいから、次はぼくがきをつけないと。」




 ユリウスは幼いながらも公太子として明確な自覚を持っている。それはやはりの側で彼女を見てきたから、次は自分だと考えられるのだろう。




「プロイセンも新興の国なのだがね。」




 フリードリヒはユリウスの答えに、彼の自覚を読み取る。

 彼はフォンデンブロー公国がプロイセンとオーストリアという二つの大きな国に囲まれ、上手に立ち回らねばいけないことを、既に理解しているのだ。そして次は自分がその難しい立場に立たねばならないことも、わかっている。

 王太子であるアウグストにも、当然子であるフリードリヒ・ヴィルヘルム王子にも、どちらにもユリウスほどの自覚があるとは考えにくい。なんだかんだ言って、彼らはただのお坊ちゃん育ちのようなものだと、フリードリヒはどこかで理解していた。

 それでも、プロイセンとて新興の国で、ローマ帝国の元々は一地方であり、神聖ローマ帝国初期からの公国であるフォンデンブロー公国とは違って、歴史も浅ければ諸外国との繋がりも薄い。なのに、後継者の自覚は違うのだ。




「フォンデンブローが羨ましいな。」




 フリードリヒは心からそう言った。その意味をギルベルトだけがよく知る。

 ギルベルトもフリードリヒもフォンデンブロー公国の化身に会ったことはない。前の公爵の話ではいなくなったと言っており、も全くあったことはないようだったが、おそらくいるはずだ。フォンデンブロー公国のどこかに。

 だが、この将来有望な公子を見て、どう思うだろうか。

 もしくは、既に見ているのだろうか。




「本当に、おまえが怖いくらいに愛しいよ。」




 ギルベルトはユリウスの頬に口づける。

 生き急いでいるのではないかと心配になるほどに、ユリウスは優秀だ。未だ幼児死亡率の高い時代なので、たまにギルベルトは本当に心配になる。この子の命は短いから、こうして短い間に親孝行をしているのではないかと、不安になる。彼を突然亡くして、自分は正気でいられるだろうかとすら思うのだ。

 けれどそんな心配とは裏腹に、ユリウスは元気に育っていた。




「ぼくもとうさまがだいすきだよー。」




 ユリウスは嬉しそうにギルベルトにしがみついて体を揺らして笑う。

 小さな体は、ギルベルトが抱くたびに重くなっている。日に日に逞しくなっていく息子に心強さを覚えながら、温もりに目を細めて笑った







  この手が欲する強さ で