の妊娠が発覚したのは、ちょうどアメリカでフランスとイギリスの戦争が始まってすぐだった。
「二人目か…」
ギルベルトは小さく息を吐いて、ベッドの上に座っているを見やる。
最初の子供を産んだ時、彼女はだいたい18歳くらいだった。今彼女は23歳で、出産するには体も成熟しているし、二度目と言うこともあって大丈夫だろうと医者も楽観的だった。ただ5年ぶりの出産と言うことになるので、やはりギルベルトは心配だ。
一度目は戸惑いばかりだったが、二度目でもあまり変わらない。相変わらず心配で居ても立ってもいられない気持ちになるし、嬉しくて、楽しみで仕方がない。
「やっと二人目か。まぁ大丈夫だとは思うが、体に気をつけるように。」
ギルベルトの屋敷を訪れているフリードリヒは、穏やかな声音でに声をかける。
「二人目ですから、大丈夫ですよ。」
は心配を見せるフリードリヒに、緊張もなく答えた。昔の彼女なら、緊張で言葉も出なかったかもしれない。一度目、泣きだしそうなほどに自分の体調の変化に怯えていた彼女はいない。
女の方が強いというのはこういうところなのかも知れない。
「体に気をつけろよ。しんどかったら、すぐに言うんだぜ。」
「また、それですね。」
は呆れた顔をしながらも、嬉しそうに目を細める。
一人目の時も、そう言えば似たようなことを言った記憶があって、ギルベルトも思わず笑ってしまった。変わっていない、と言うことだ。
「へぇ…。」
初めて自分が兄になると言うことを理解したユリウスは、まだ膨らみの見えないの腹をじっと見つめる。そしてわざわざから少し離れた椅子に座った。
「おや、どうした。弟妹は嫌か?」
フリードリヒが日頃は騒がしいユリウスの大人しい様子に不思議そうに首を傾げる。
「まさか!弟や妹がほしかったから、うれしいよ!」
ユリウスは間髪入れずに答えたが、に近づこうとはしない。なんだかんだ言っても甘えたで母親にべったりだったユリウスを思えばその行動はあまりにもおかしい。
「おい、近づくなって言ったんじゃねぇぜ。」
もうだっこはなし、重いものはに持たすなとギルベルトは初めて兄になるユリウスに注意した。ギルベルトが、が最初にユリウスを生んだ時にされた注意の受け売りな訳だが、別にに近づくなと言ったわけではない。
「だって…どうやってさわったらいいか、わからないよ。」
ユリウスは困ったようにギルベルトを見上げた。
子供は二人目のギルベルトよりも、おそらくユリウスの方が戸惑いは大きいだろう。それは初めてユリウスを孕んだを見た時のギルベルトの心地に似ているかも知れない。
「そう言うことなのか。」
フリードリヒも納得して、幼いユリウスの戸惑いに理解を示す。彼は彼なりにきちんと弟妹のことを考えているらしい。
「まぁけれどまだ、触ってもわかるような時期ではありませんからね。」
は肩を竦めて、優しく自分の腹を撫でる。まだ一ヶ月、二ヶ月程度だと言っていたし、にも少ししか自覚がないので、外からユリウスが触っても、きっと分からないだろう。
「いつ頃生まれるの?」
触れるのは怖いが、初めての弟妹への興味は計り知れない。ユリウスは目を輝かせて尋ねる。
「来年の六月らしいぞ。医者の見立てでは。」
ギルベルトはユリウスを抱き上げて、の隣に座る。
「楽しみだな。次は男か女か、ユーリはどちらが良い?」
「どっちでも良いよ。だって初めての弟妹だよ!」
うずうずとギルベルトの膝の上でユリウスは足を動かす。
「来年の6月ってあと8ヶ月?7ヶ月?あー、遠いよ。」
「そうですね。待ち遠しい。」
ユリウスの頭をそっと撫でては柔らかく微笑む。ギルベルトも母子の姿を見て、目を細めた。
なんて幸せなんだろうと、思う。
優しい妻、かわいい息子、そしてまた子供が生まれる。自分が1000年生きてきて、初めて味わう人としての幸せ。それは酷くかけがえのないもので、心が苦しくて胸がいっぱいになるほどの幸せで満たされている。
ギルベルトはこの場所を何よりもかけがえなく思っているし、守るためならば命をかけることが出来ると断言できる。それ程に愛おしい。
「家族が増えるのは、良いことだ。」
ギルベルトはユリウスを後ろからぎゅっと抱きしめる。
「あはは、父様、くるしいよ!」
ユリウスはばたばたと膝の上で足を動かして抗議した。屈託無く笑う息子を見て、ギルベルトも同じように笑う。
「おまえももう少し大人しくしろよ。これからはに心配かけたら、駄目だぜ。」
「はーい。耳がたこになるくらいまで聞きました−。」
「たこができてもやるのが、ユーリ、おまえだろう。」
フリードリヒがユリウスの耳を引っ張って軽くそう言うと、ユリウスはころころと笑った。
「かもしれない!でも善処します!」
生意気な反論に、ギルベルトは息子の耳を引っ張る。だが狩猟での一件以来、彼は頗る良い子だった。もちろん女官や傅育官をおちょくることはあるが、勝手な行動は随分と影を潜めた。きちんと狩猟の一件で学び取った部分もあったと言うことだろう。
特にこれからはの体調不良は直接腹にいる赤子の不良にもなり得る。慎重になってもらわねば困った。
「最近はユリウスもよい子になったしな。良い頃合いだろう。」
フリードリヒは落ち着いた様子で椅子の上で足を組み直した。
ユリウスも5歳過ぎる。手もかからなくなってくる年頃で、また、親離れも必要だ。新しく出来る子供は自然な形でユリウスに自立を促すし、新たな家族が出来ることによってユリウスの成長も促せるだろう。
「触っても良い?」
ユリウスはおずおずとに尋ねる。
「もちろんですけど、多分わかりませんよ。」
は息子に笑う。
母親の許可を得て、ユリウスは慎重な手つきでのお腹に触れる。ぺたっと小さな手が腹に当て、でも何も感じられなかったのだろう。するするとギルベルトの膝から下りて、の隣に座り、のお腹に耳を押しつけた。
「聞こえます?」
「うーん。多分。」
ユリウスは曖昧な答えを返す。
ギルベルトは苦笑した。まだの腹は膨らんでいないし、多分彼が感じることは少ないだろう。本人であるですらも分からないほどだ。ユリウスに分かるはずもないが、何か満足感を感じたのだろう。ユリウスは笑ってのお腹に額を押しつけた。
「うん。女の子だと思う。」
酷く確信を持った声音で、ユリウスは言う。
「おまえは次は女だと思うのか?」
ギルベルトが首を傾げて尋ねると、ユリウスは大きく頷いた。
「うん。この子は女の子だよ。絶対そう。」
ユリウスは変な自信を持って主張する。ギルベルトはちらりとを窺ったが、腹に子を宿している彼女にも、流石に性別までは分からない。
「女の子なのですか?」
不思議そうに首を傾げて、はユリウスを見た。
「本当だよ。信じてないでしょ?」
ユリウスはギルベルトにそっくりの顔で頬を膨らませる。ギルベルトは目をぱちくりさせて、頭をかいた。
「そうか…。」
そう答えるしかない。ギルベルトはうさんくさそうに息子の方を見ながら、肘をついた。
「次の子供は、おまえが名前を考えろよ。」
さらりとフリードリヒが言う。第一子のフリードリヒ・ユリウスの名前は、フリードリヒからもらったものだった。要するに、ギルベルトが考えたとは言い難い。もらった。
「えぇ、俺…?」
ギルベルトは戸惑いながら真面目に心中で考えた。だがいまいち良い名前が思いつかず、10分真剣に考え込んでも、候補すら思い浮かばなかった。
嗚呼なんて