狩猟は昼を過ぎると暑さを避けるために湖畔の木陰に移動した。

 水鳥もたくさんいるその場所で、鳥打を行う男性陣をよそに、女性陣は木陰でのんびりしていた。それは
も同じで、勇ましくも鳥打に興味を示す女性もいたが、は木陰でエリーザベト王妃の隣でのん
びりと男性たちの様子を見ていた。





「すごい、またバイルシュミット将軍が撃ち落としたわ。」






 女官のマリアンヌが手を叩く。がギルベルトのほうを向くと、カモか何かを仕留めたようだった。 相変
わらず銃を操る技術は優れているようだ。馬といい、本能に軍隊に入るために生れてきたような人だと思
う。




「本当に、お上手なんですね。」






 はのんびりと言う。






「あら、ご存じなかったの?ということは今日でバイルシュミット将軍の株はウナギ登りということね。」







 エリーザベト王妃がゆったりとに笑った。 

 王妃はを気にかけてか、本当によく声をかけてくれる。引っ込み思案のにとってそれはありが
たいことで、またがうつむいても根気強く聞いてくれる彼女は、とても話しやすい相手だった。

 木陰で皆で座りながら近くの花などを愛でていると、ひとりの壮年の男が王妃の近くに立った。は表
情を凍りつかせる。






「失礼を。」






 の父―アプブラウゼン侯爵は腕を前にしてエリーザベト王妃に頭を下げた。

 父への苦手意識は大きい。とくには自分がうとまれている理由も理解しているのでできればあわず
もめず、すませておきたい相手だった。その上この間の帰ってきて説明しろという手紙をギルベルトが無視
し、も帰りたくなかったのもあってスルーして怒りを買っているのでなおさらだ。






「娘を、少しお借りしたいのですが、」






 は父の言葉に肩を大きくふるわせる。ぽたりと今まで持っていた花をとり落してしまった。

 エリーザベト王妃はその様子を何気なく見て、小首を傾げた。






「おかししないとだめ?」

「・・・・娘と親子水入らずで話をしたいと思いまして、」

「あら、でしたらこちらにどうぞ。」






 反論したアプブラウゼン侯爵にエリーザベト王妃は自分の隣を示す。







「わたくしたちは何も解しませんわ。」






 ゆるりと微笑んだエリーザベト王妃の意図はすぐに分かった。

 要するに話すならばここで話せと言っているのだ。は自分をかばってくれた王妃をありがたく思うと
同時に、すごい形相でにらんでくる父に恐怖すら感じた。






「ぁ、の。」






 あまりの恐怖で声が震える。手を胸元で握りしめては俯いた。するとエリーザベト王妃は大げさに言
った。







「あら、体調がよろしくないのね。」

「え、ぁ、」






 別にそんなつもりではなかったは顔をあげてエリーザベト王妃を見上げる。しかし彼女はを安
心させるように微笑むと、遠くにいるギルベルトのほうを見た。






「バイルシュミット将軍!少しこちらへ!!」






 高らかに声が響き渡り、人々がこちらを向く。は目をまん丸にしたが、彼女に反論などできようはず
もない。

 ギルベルトを呼びつけたエリーザベト王妃はの肩をそっと抱いた。






さんが…・体調がお悪いらしいの。暑さにやられてしまったみたい。少しそこの木陰で休ませて差しあげ
てくださる?」

「了解、」






 ギルベルトは素直に王妃の言葉に従い、をそっと抱きあげた。木陰に運ぶ気らしい。は人前で
抱きあげられる恥ずかしさに俯く。






が体調が悪いようなので、少し失礼する。」






 アプブラウゼン侯爵にギルベルトは軽く頭を下げて、そのまま少し人から離れた木陰に移動する。







「あ、あの。」

「黙ってろ。」





 体調も悪くないはそれをギルベルトに訴えようとしたが彼もそんなことは理解しているようだった。


 王妃の一団から少し離れた場所に移動して、ギルベルトはを木陰におろした。人が少なく風の通りぬ
けの良い木陰はさわさわと木の葉のすれ合う音だけが響く。喧騒は少し遠かった。そこでやっと、はギ
ルベルトと王妃が、をアプブラウゼン侯爵から遠ざけてくれていたのだと知る。

 苦手意識も、うとまれているのもあからさまなものだ。王妃の耳に父が持参金も婚資も一切出さないと言っ
たのを知られているのだろう。





「ご、ごめんなさい、」






 は俯いてギルベルトに謝る。彼にも王妃にも迷惑をかけてしまった。

 せっかく鳥打を楽しんでいたのにと申し訳なく思っていると、ギルベルトの手がほおをなでた。くすぐった
さに身をよじれば、抱き寄せられた。






「おまえが謝る必要なんてないだろ。馬鹿が。」

「でも、しかた、」

「仕方なくなんてない。」






 ギルベルトは怒ったように言って体を離し、の肩を強くつかむ。






「娘なのに不当な扱いを受けて、悲しくないわけじゃないだろ!?」





 揺さぶられて、は俯く。

 悲しくないわけではない。でも、仕方がない。






「でもね、仕方がない、の、です。わた、し。」






 泣きそうになって唇をぐっと噛み締める。どう言ったらいいのだろうか。言葉がなかなか出てこない。人々
からは離れているので聞くのはギルベルトだけだろうが、これはひどい醜聞で、話してしまえば母にとって
の大きな不名誉となる。言ったら、国王にまで伝わってしまうかもしれない。

 何よりも、ギルベルトに嫌われてしまうかもしれない。





「なんなんだよ。」





 少し顔をあげれば、不機嫌そうにギルベルトがをにらむ。

 彼が自分を守ってくれているのだから、不当な扱いを受けている理由を話すべきなのはわかっている。ただ
なかなか勇気が出ない。






「・・・お父様にも、言い分が、あるのです、」






 はなんとかそう言葉を紡ぎだした。






「言い分って娘をひどく扱ってもいいって言い分か?」





 ギルベルトはのあいまいな反論を許さない。このまま逃げることは許してくれなさそうだ。どうすれ
ばいいんだろう。もうどうしようもない。






「し、仕方ない、ん、です。だって、わたしはお父様の子供ではないんですから、」






 はきつく目をつぶって、最後のほうは一気に言い切った。自分でも目じりに涙がたまっているのがわ
かる。






「は?」

「・・・・母、はイギリス人の大貴族と、浮気して、たんです、」






 ギルベルトの軽蔑する目が見たくなくて、は俯いたまま言う。

 醜聞となるから、アプブラウゼン侯爵はを認知したが、実際にはは彼の子供ではないのだ。だか
らこそ父はを責める理由がある。






「なんだよ、それ、」






 憤りを含んだギルベルトの声に、びくりとする。

 あぁ、やっぱり無理かなと思う。誰も浮気相手の子供なんて穢れた相手を婚約者としたいなんて思わないだ
ろう。姉のヒルダがを嫌うのだって当然なのだ。






「だったら関係ねぇじゃねぇか!!」






 がしりとギルベルトに肩を掴まれて揺さぶられる。






「え、え、ぁ、あの。」

「おまえの父親だと思って遠慮して損したぜ!まったく、そうと言ってくれれば俺だってフリッツだって気兼
ねせずにたたけたのに。」






 言われている意味がわからなくては首をかしげる。






「よかったーあのくそ野郎の娘じゃなくて!」






 ギルベルトは突然を抱きしめ、叫んだ。

 は状況についていけずに驚いたが、それでも見捨てられたわけではないということに気づき、ひどく
安心した。















 
苦しみの連鎖